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世界で誰も泣かなかった日

作者: the134340th

こんにちは。先月から、毎月月に一作は、SSを上げようと思っていて、それが今月の一作になります。

良ければ最後まで読んで行ってください。恥ずかしいものを書いたという自覚はあるのですが、それなりに、意味のある3000文字が書けたのではないかと、思っています。ほとんど、ノーフィクションです。

 世界で誰も泣かなかった日

          the134340thホシ


 彼女のことを、僕は今でも夢に見る。

 まるで瞼の裏に縫い付けてあるみたいに、心のカメラで、パシャリと撮ったみたいに、はっきりひかるが僕の心の中に、息をしている。

 それでも夢に見るひかるは、何も変わってないみたいで、少し、安心した僕がいた。

 きっと僕も、あの頃から何も変わってないんだろうな。

 僕らきっと、無理に赤い糸を小指に結んでしまったんだ。

 それでも解けてしまうなんて、なんて残酷な世界なんだろう。

 だから今はせめて、聖書みたいな綺麗な言葉を浴びて、綺麗な心と体になって、でも僕が繰り返す零す聖書の一言すら、汚く濁ってしまうんだろうな。

 僕はまたひかるのことを思い出しては、戻ってこいって願うんだ。

今からまたひかるに会いに眠りに就くから、もう一度出てくるんだよ。

    ◆        ◆

 僕は夢の中で思い出す。

 頬を赤らめながら「付き合って下さい」と言って、どれぐらいの日々が通り過ぎて行っただろう。

 それはもう今は、無いようなものだ。

 きっと僕たちは、子供過ぎて何も見えてなかったのだ。

 本質的なことだってそうだし、未来や理想、目指しているところだってそう。

 でも同時にどこにだって行ける気がした。

 強がって夢ばかり語る僕と、ひたすら肯くひかる。

「じゃあそこに行こうよ」

 そう言ってひかるは僕の手を引っ張って、どこにでも連れて行ってくれた。

 その時のひかるの、黒く染まった腰まで真っすぐに落ちたひかるの髪が、綺麗に左右に揺れるをの、今でも僕は夢に見る。

 僕はそんなひかるのことが、大好きだった。

 まるで心の中から、離れなくなったみたいに。

    ◆        ◆

 三年前から変わらないものがある。それは今の僕の生活と、携帯に残されたたくさんの写真。そして、ひかるに対する思い。

 夢から覚めた僕は、何を読もうか迷って本棚を荒らした。その時、ある一つの小説を見つけてしまった。

 以前ひかるに貸していた煤けた小説だ。僕はこの小説で実際にあった最後のやり取りを、思い出した。

 僕たちは人通りが少ない駅を選んで、待ち合わせをしていた。その方が立ち話でも、ゆっくり出来ると思ったから。

 一冊の小説を貸していて、それを返してもらう予定だ。

 本当は口実に過ぎないけれど。

 それは安く古びた古本屋で買ったものだから、実際のところ、返してもらわなくてもいいのだが、最後に一目、彼女のことを見たかったから。

 何事にも投げ出さない子だってわかってたから、絶対に来ると思っていた。

 それは三年間付き合ってきて、ようやくわかり、それが最初で最後、この場所で役に立つとは、思わなかったけれど。

 待ち合わせの時間から、少し遅れてひかるは改札を出てきたようだ。

 ひかるは白いワンピースに、一枚トレンチコートを着ている。まだ肌寒いもんな。

 僕は季節に合わない厚着の恰好で、こういうところが、ひかるにファッションがなってない、言われてしまうんだろうか。

「久しぶり」

 何しろ喧嘩してからというもの、一ヶ月は会っていなかった。

 会うのは本当に久しぶりだ。それが少し嬉しくて、笑みが零れる。

「向こうへ行こうか。ベンチがあるし」

 歩き出そうとした時、彼女の第一声が聞こえた。

「ねえ、ゆーくん」

 ひかるは僕の袖を引っ張った。彼女の声からでもわかる。とても落ち込んでいて、不安げで、暗く陰ていることが。

「どうしたの?」

 僕はひかるに声を掛ける。

「……なんでもない」

「そっか、じゃあ向こうへ行こう」

 僕はひかるの表情を見ることが怖くて、はっきり見ることができなかった。

 僕は彼女の言いたいことが、なんとなくわかった気がした。

 僕たちは座って、ひかるはバックに手を差し伸べ、小説を取り出す。

「これ、ありがとう」

 哀しげに、ひかるは言った。まだひかるは、振り切れてないようだ。

 僕たちが座ったベンチには、いつもとは違う、空白の間が少しだけ出来ている。当然か。

「読んだ?」

 ひかるはかぶりを振った。

「まだ」

「そっか」

 実はこの小説、まだ僕も読んでいない。古びた古本屋での小説だったから、お金のない僕には、それは都合がよかったのだけれど、それを月に何度か大量に買ってきては、全てを読み切れなかったから、彼女と半分こして、一冊を読み切るたびに、小説の感想を言い合っていた。

 でもひかるは、この小説を読んでないという。

 それがどういう意味なのか、僕はすぐに察し、僕たちはそこで、息を詰まらせた。

 僕たちの間には、目の端の雲が、東から西に移るまで流れるぐらいの沈黙が漂い、最終的には、ひかるの方から、切り出した。

「ねえ、ゆーくん」

 ひかるは相変わらず表情が暗い。いつもは天真爛漫なのに。

 そんな彼女に、僕は惹かれたのに。

「私実は、他に好きな人ができたの」

 そんな言葉、僕は聞きたくなかった。

 その一言が、どれだけ勇気のある一言だったのか、今の僕でも、想像が湧かない。

「うん、知ってる」

 このことは、メールでやり取りをしていた。だから、ひかるがこのことを、直接言いたいがために、ここまで来てくれたのだろう。

 それに他の人がひかるのことを、僕以上に愛せないってことだって、ひかるもわかっているんだ。

 僕はひかると結ばれる運命なのだと思った。でも、現実は違った。僕は、夢でも見てたんだろうか。

 でもきっと僕たちは、別れてしまっても、お互いの幸せを願っているだろう。

 僕は怒りなんて沸いてこなかった。むしろ、すごく悲しい。腹が立ったんじゃない。その時だって僕は、ひかるの幸せを願っていた。それがたまたま僕じゃなかっただけだ。

 それに後ろめたいのはきっと彼女の方なのだ。

 だから責めてもよくない。

 僕はどんな言葉を言おうか、凄く迷った。

 どう返せばいいのか、思い返す今だってわからない。

 僕は次第に、心の中を整理させて、惨めに、心と言葉が裏腹に、零しだす。

「じゃあ一回さよならをしないとだね」

 僕は強がりだ。

「僕は大きい男になるから」

 大学にも行ってなくて。

「クジラの餌って知ってる? プランクトンしか食べないらしいよ」

 僕はきっとバカで。

「だから僕もプランクトン食って、大きい男になって」

 要領も悪くて。

「ひかるを後悔させようかなって」

 特に毎日するべきこともなくて。

「僕は毎日暇だからさ」

 涙落ちる前に、

「いつでも戻って来ていいからね」

 行かなきゃ。

「今までごめんね」

 そして、

「ありがとう」

 どうせなら教えてよ。「さよなら」と一緒に、君の嫌いになり方を。

 約束の破り方を、他の誰かの愛し方を。

 僕は言葉を繰り返す。明日も明後日も、その先も、きっともう言えないと思うから。何度だって繰り返すよ。

 ありがとう。

 ひかるは僕の元から去って行く。「行かないで」と言いかけたけれど、とてもじゃないけれど、言えなかった。

 僕はとても悲しかったのに、涙が出なかった。

 いつもは泣き虫なひかるも、泣かなかった。でも後ろから見る、彼女の姿は、小刻みに震えていた。

 だから今日は、世界で誰も、泣かなかったんだと思う。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

また読んでくださると、嬉しいです。

よければコメントもしていってください。

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