No.9
〜9〜
彼の背中はあったかい。
心の中の一大決心が鈍るくらいの心地よさ。
駅から彼の家まで少しあるので原付きに乗っていく。背中から腕を回し前でギュッと掴むとその手の上から彼はそっと自分の手を乗せてくる。
これはいつものこと。
昨日見たことなんか全然忘れちゃうくらいの幸せがアズサを襲い、背中に顔をくっつけて目を閉じる。 と昨日見た陽子さんと仲良く会話している姿が脳裏に浮かび現実に引きも出された。
握ってくれている手が突然無性に苛立ち顔に当たる風で髪が乱れるのを直す振りをしてその手を除ける。
山田君はまったく気づかなかったのか無反応。
はぁ〜。
アズサは後ろに流れる景色を見ながらこれから自分がいったいどうなってしまうのか不安の中にいた。
「ジュース飲む?」
山田君の家に着いたらいつも一番に会話する言葉はいつもこれ。
「うん…。」
いつもの返事。
でも気分が落ち込んでいるせいか暗い返事をしてしまう。
山田君はジュースを取りに行こうと部屋を出ようとした。でも立ち止まるとアズサの前まで戻ってきて同じ目線までしゃがむ。
「ねぇ。今日どうしたの?なんかあった?」
不安げな顔でアズサの頭をクシャクシャとした。
アズサは思い切って聞こうと口を開きかけたけど感情が先に高ぶってみるみるうちに視界がぼやけてきた。
「昨日…。」
一言口にするとますます視界が涙で塞がれる。グッと我慢したけれど隣に座りなおした山田君がアズサの肩を抱き寄せると、とうとう一粒涙がこぼれた。
「見ちゃったの。」
それだけ言うとアズサは手で顔を覆って静かに涙を流した。
山田君はまったく分からない様子でアズサの肩のあたりをさすってくれる。
そのまま5分…もしかしたらもっと長かったかもしれない。
いつのまにか外からは子供達の遊ぶ声が聞こえなくなっていた。
「陽子さんと一緒にいるの見たの。あのベンチで。山田君の隣で。」
やっと理解できたのか山田君はあ〜。と言うとクスッと声を漏らした。
アズサはそれを聞いてカッとなってしまった。
「なんで笑うの?からかってるの?二人で!!」
涙でくちゃくちゃの顔で山田君を睨むと怒り爆発!!もうとまらなかった。
「なんで?なんで二人であの公園にいたの?あのベンチに。隣に!あの場所は…山田君の隣は私の場所だと思ってたのにっ!」
そこまで言うとアズサは鞄を乱暴につかむと部屋から飛び出した。
「ちょっっ!待てよ」
山田君がアズサの手を掴んだ。
その手を振り払おうとするけどグッと掴まれた手は痛いくらいで振りほどけない。
「放して!二人でからかってたんでしょ?最近仲いいし二人だと楽しそうだし本当は陽子さんが好きなんでしょ?もういいから。ほっといてよ。」
そう言ってアズサは崩れ落ちた。思いっきり大きな声で泣いた。
山田君は強く掴んでいた手をそっと放すと今度はアズサを抱きしめた。
アズサはビクッと体を震わすと小さな声で囁くように言った。
「私だけ本気になって馬鹿みたいじゃん。」
「馬鹿じゃないよ。」
すぐに山田君の声が返ってきた。
そしてそのままアズサを立たせるともう一度部屋に連れて行った。
そして優しいキス。
アズサの大好きな山田君のキス。
少し体を離すとアズサの顔を覗き込み山田君は静かな声で話し出した。
「ごめんね。心配かけて。黙っててごめんね。本当の事話すよ。」
そう言って優しく頭を撫でてくれた。