No.5
〜5〜
あの日。
はじめてキスをした日からバイト先でどう接したらいいか迷っていた。
だって、山田君の顔を見たらあのキスを思い出してしまうから…。
アズサはできるだけ普通に接しようと思ったけどつい視線を逸らしたりいつものように会話に加われないことが多くなった。
それを逆に周りからは怪しまれたりもした。
「最近あずささんと山田さんってあんまり漫才しなくなりましたね。」
いつも同じ時間帯にバイトに入っている子がアズサに言ってきた。
あずさは私は漫才しかっ!!と突っ込むのを我慢して無理に笑顔を作った。
「そんなことないよ。仲良しだよぉ〜」
「そうかなぁ。なんだか避けられてる気がするんだけどなぁ〜。」
突然後ろから声がしてビックリして振り返るとそこには彼が立っていた。
「あ…おはよう…。」
アズサは突然の登場に戸惑いながら挨拶をした。
「あずささん。なんかつれないんだよねぇ〜。いつもみたいに仲良くしようよ。」
そういって山田君は肩を組んできた。
その行動にあずさは一瞬戸惑ったけど周りの目もあったのでさりげなく肩にのった彼の手の甲をつまむとつよくつねった。
「いつからそんなになれなれしくなったの?」
山田君はいててっとすぐさま手を引っ込めるとあずさの耳元で囁いた。
「だって彼氏じゃん。」
アズサが顔が真っ赤になったのが自分でもすぐわかった。
けれど周りのみんなからはやっぱり二人はいいコンビだね。と冷やかされ山田君の言った言葉は聞こえなかったみたい。
当の山田君は「どうも、どうも。」と周りの笑いに答えている。
アズサはその場をさりげなく去ると裏へ回り早くなる心臓の鼓動に手を添え深呼吸をした。
あ〜ビックリしたぁ。
いつもならあんなの普通にかわせるのに…。
こんなにドキドキしなかったのに。
それからしばらくは彼の突拍子もない行動に時々戸惑いながらもバイト先ではできるだけ明るく普通に過ごせる様になった。
ただ、バイトの後の公園での二人の時間はアズサにとっては素直にいられる時間になり、バイト先での山田君への対応が嘘のように素直に彼の行動に従っていた。
「アズサさんさぁ。俺そろそろ我慢できなきよ。」
「え?」
アズサにはなんの事だかわからなかった。
「バイト先ではあんなに姉さん風吹かせて俺に強く当たってるのに二人っきりになるとすげぇ素直に甘えてくれるんだもん。かわいくて我慢できない。」
そう言うと彼はアズサの首に顔をうづめ首筋にキスをした。
「もうばれてもいいんじゃない?ってか誰も付き合ってるって言ったって驚かないくらいバレてると思うんだけど?」
顔をうづめたまま彼はアズサに囁くように言った。
確かにバイト先では休憩時間が一緒になることもあるし、学校帰りと言うことで同じ時間にバイトに入る二人は一緒に来ることが増えた。
もちろん、ここに来るまでに一度待ち合わせをしてからきているのだから当然といえば当然。
そんなふたりが付き合ってます。
と言ったところで誰も疑わないだろうし、むしろやっぱり。と言われるのがオチだろう。
でも、アズサはみんなから冷やかされる事を想像すると恥ずかしくてやっぱり不安になる。
「じゃぁ、夏休みに入ったら…。」
アズサはなんとか時間を稼ごうとあと一ヵ月後にせまる夏休みに目をつけ彼に言った。
山田君はえ〜。とまだ不満がある声ではあるけど渋々といった感じで了解してくれた。
なんとか納得してくれた山田君にアズサはホッとした。
そして初めてアズサのほうから彼にキスをした。
それはおでこにするキスだったけれど山田君はビックリし、でもうれしそうにアズサを抱きしめた。
アズサの曖昧な態度で夏休みまでの一ヶ月の間、自分がこんなにも不安の中に置かれることは考えてもいなかった。