No.19
〜19〜
その日のバイトはいつも以上に忙しく、アズサは1時間残って仕事をすることになった。
アズサの性格上、忙しいのを黙って見てられない。
休憩時間だろうがバイトが終わっていようが、気になると手を出さずにはいられないのだ。
助かる人もいればおせっかいだと言う人もいるし、いい子ぶりっ子だと嫌味を言われることもある。でも、あずさはやっぱり口を出してしまう。
でも、このバイト先では、このあずさの性格は大いに助かるようで、アズサは邪険にされたことがない。
「私もう少しやっていきます。」
そう言い出したアズサにバイトのマネージャーは喜びと困惑の混ざった表情をした。
「そうしてもらえると助かるんだけど…。でも今日花火やるんでしょ。」
そう言った視線の先には店の窓ガラス越しに集まる他のバイト仲間がいた。
「大丈夫です。1時間くらい遅れたって。それに主役は後から行くもんです。準備もしなくていいし。」
と自慢げにアズサは腰に手をあててみせた。
「いつから主役になったのさ。」
いつのまにか後ろに立っていた渉にアズサは頭をポンッと叩かれた。
「いいじゃない。遅れていったほうがなにかと楽だし。それにこんな忙しいのに遊びになんて行けないよ。」
アズサは渉にだけ聞こえる声で言うとクルッとマネージャーに向き直った。
「と、言うことで1時間延びます。」
「ごめんね。渉君。あずさ借りるね。」
すまなそうなマネージャーの態度に渉はしょうがないといった感じで手をヒラヒラ振ると外に集まっているバイト仲間のほうへ歩いていった。
1時間後。
アズサはなんとか落ち着いた店を後にみんなが待つ公園へと向かった。
「おおぉお〜い。」
原付きのエンジンをかけようと鍵を鍵穴に差し込もうとしたとき後ろからなんとも気力の抜けた声がした。
アズサが振り返ってみたけれど誰もいない。
気のせいか…と思い直しエンジンをかけるとまた声がする今度はかなり近くだった。
「おぉおい。ってか無視ですか?」
ヘルメットをコツンと叩かれて振り返ると渉が立っていた。
「あれ?何してるの?ワタルさん花火は…??」
アズサはてっきり始まっているはずの公園へ行っていると思っていてたので、居る筈のない渉の登場に目を丸くした。
「だって…。アズサいないんじゃ寂しいじゃん。だから待ってたの。」
クサイ台詞を何ともなしに言ってのける。
こっちが恥ずかしいじゃん。とアズサは顔をそむけた。
その顔お両手で持って渉は自分の方へ向かせると唇に触れる間際まで顔を近づけた。
「それに、みんなの前じゃキスもできないでしょ。」
チュッと軽くアズサに口付ける。
「優しいんだね。」
そう言うと、今度はアズサが渉に口付ける。
「今に始まったことじゃないから。」
今度は渉が。
「そうだね。ワタルさんは前から紳士だし、誰からも好かれるんだね。」
「何それ。ヤキモチ?」
お互いの会話の間にまるで息をするのと同じようにキスをする。
「そうかも。」
アズサはムチュゥ〜っと少し長めのキスをする。
「ヤキモチを焼いたのは俺のほうだよ。」
渉はアズサの頬から両手を離すとアズサを抱きしめた。
まだ、かぶったままだったヘルメットがゴツンと渉の頭に当たる。
「あ…ごめん。大丈夫?」
渉を気遣って、離れようとするが渉は抱きしめた腕に力を込める。
「俺…見たんだから。アイツと…アイツにちょっと色めいてだろ。」
顔は見えなかったけど、渉が切ない声で話しているのはわかる。渉が傷ついてる。
「アイツって?もしかして和泉君?」
不安な気持ちを抱えてアズサはソッと渉の腕を解く。
渉の顔を覗きこむと案の定、切なげな渉の顔があった。