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英雄の処女たち Ⅰ ─運命の覇者─  作者: 遠野 葉月
第3章 旅立ち
9/14

始まり

 午後6時すぎ、シェラフ領国の領土内で最東端の小都市イェレネート──シェラフに籍を置く商業組合(ギルド)の本部が数多く存在する街。その男ばかりの光景に不似合いな人間が4人、大通りを歩いている──成人したてのような銀髪白皙の青年が1人、まだ高等学院生であろう少女が3人。


 レイ、ナサ、アリー、ルビアンスは、賑やかな通りを連れ立って歩いていた。レイは《創造(ガイア)》の魔法で作った新しい服に身を包み、申し訳程度に口許をマフラーで覆っている。服が白地に黒と深い青、髪型が高い位置で結んだポニーテールなので、見ようによってはジパングの騎士のように見えなくもない。


 レイは、白いマフラーを少し下げると、やや躊躇いがちに口を開いた。


「…………ねえ、ナサ。本当に良かったの?あんな風に家を飛び出しちゃって──学院も、思いつきで退学するみたいな、」


 未成年で医師免許試験に合格したのだから、相当な秀才なのだろう。アンズロードに国定奨学生制度があるかどうかは判らないが、もしあればそれにも指定されていたに違いない。────彼女には、そんな日常を捨ててまで悪魔王(デヴィルア)討伐という危険に身を晒す理由も、意味もないはずだ。


 ナサが、小さく肩を竦める。


「言ったでしょ、私にはもう、学院に通う意味はないって。……今までずっと、親の言うことには逆らわない優等生だったし、国の期待を背負って生きてきた。────そんなの、もういい加減疲れてきてて、自分の生き方くらい自分で決めたいって思ってた時に、レイと会って、アリーが悪魔王(デヴィルア)倒しに行こうって言って、…………その時に思ったんだよ。きっとこれは、私が自分で人生を変えることができる最後のチャンスなんだ、って」


 そっか、とだけ呟いて、再びマフラーを口許まで引き上げる。そして、他の3人には見えないように、微かに自嘲の笑みを浮かべた。


 少し離れたところにいたルビアンスが距離を詰めてきて、レイの肩をつんつんと突っつく。


「…………ねえ地元民」


「多分シェラフセントラルよりノークエンからの方がイェレネートには近いと思うな……」


 レイが小さな声で反論するが、聞こえなかったのか聞かなかったのか、ルビアンスはそれを無視して続けた。


「宿。できれば1人10シリンくらいで泊まれるめっちゃ安いとこ、ないの?」


 当面の彼らの資金は、レイが逃げ出す時に宮殿の金庫から奪ってきた6000シリンと、ナサたち3人の小遣いや奨学金を寄せ集めた1000シリン、合計7000シリンだ。しかしレイが奪ってきた分はできるだけ使わずに返したいということもあるので、いつまで続くか判らない旅を1000シリンでやりくりしなければならない。


 とは言うものの、


「でもなあ……僕、イェレネートには2回くらいきたことあるけど10シリンで泊まれる宿泊まったことないし」


 王族だとこうなる。庶民3人の冷やかな視線を一身に受け、レイが身を縮めた。さすがにそのままだと居心地も悪いので、なんとか答えを捻り出そうとする。


「…………えと、ここから北にちょっと行ったら、10シリンはさすがにないけど20シリンくらいの宿があった、かも」


「頼りないなー」


 ぼそりと呟くアリー。そんな彼女に向けて懇願する。


「そんなに罵倒しないで精神的につらい」


 中身のない会話をただ繰り広げるレイに、ナサはできる限り小さな声で問うた。


「────ねえ、とりあえずここまで……シェラフに入るとこまではきた訳だけど、領王陛下と謁見できるアテはあるの」


 レイの口から、う、と頼りない声が漏れる。


「ん、宮殿に行って衛兵に頼む……あっダメだ捕まる」


 要するに策などないらしい。さっきはアリーを咎めたが、やはり馬鹿なのかもしれないとナサも思った。


 レイがさっき指差した方向に進んでいく。大通りをそれて脇に入ると路地のような空間で、舗装もやや質素になっていた。


 すれ違う人々とぶつからないように避けながら歩く。その中でルビアンスが、ふと伸び上がって声を上げた。


「あ、ねえ、あそことかは?1人部屋20シリン、2人部屋・3人部屋30シリン、だって」


「3人部屋に3人で泊まれば1人10シリンね」


 安いからといって、一見して小汚いとかそういう印象は感じられない。そこで良いか、という意見の一致を経てその宿の扉を開く。


「わ」


 先陣を切って中に入ったレイが、思わず目を眇めて身を竦めた。


 冬だというのに凄い熱気、というか人いきれである。受付カウンターのすぐ隣に広がる食堂で、行商人らしき人々が食事を取ったり酒を飲んだりしていた。宿といえば静かなものだと思っていたらしいレイが若干びびっている。


 ナサが奥のカウンターまで足早に近付いていき、座っていた中年の女性に声をかける。


「あの、……1人部屋1つと3人部屋1つ、お願いします」


「はいよ。────何泊だい」


 ナサは、すぐ背後まで追い付いていたレイを振り返った。


「…………何泊?」


「1泊じゃない?」


 1泊で、とナサが伝えると、女性は、50シリン、前払いだよ、と言った。彼女に従って10シリン銀貨を5枚渡し、2階の宿泊エリアに向かおうとしたところで、背後から声がかかる。


「──おい、あんたら、どっかのギルドレギオンの派遣パーティーかい」


 ぴくりと肩を震わせ、レイが振り向いた。


 声をかけてきたのは、数人でテーブルを囲みジョッキを傾ける男たちのうちの1人だった。行商人たちに紛れて判らなかったが、アーマープレートを装備し砲剣を腰に帯びた彼らは、確かにどこかのギルドレギオンのメンバーのようである。赤銅色の髪から判断すると、アンズロードの南に位置するアントレア領国の領民だろうか。


「あ……はい、そんなとこです」


 実際にはそんなとこでも何でもないのだが、他の3人も訂正するのが面倒なので黙っている。すると、声をかけてきた男が問うてきた。


「じゃああれか、シェラフの新領王陛下の即位記念の闘技大会に参加しにきたクチか」


「えっ」


 1番食いついたのはアリーだった。彼女を押しのけ、レイが詳しく訊こうとする。


「今回も……やるんですか、記念闘技大会」


 なんだ知らなかったのか、と男が笑う。


「陛下の意向だそうだ。受付が明日の午後4時までで、競技開始が明後日の午前10時。……そうだ、興味があるのなら、1枚余分にあるからやるよ、申込書」


「────あの、それならぜひ」


 レイが小さく頭を下げる。コイツお辞儀なんてできたんだ、とでも言いたげに、ルビアンスが彼を見た。



     *



 とりあえず、レイの部屋に全員集まることにした。


 目の前のテーブルに、紙が1枚置かれている──さっきもらった新領王即位記念闘技大会「水晶旗争奪剣技」の申込書だ。


「…………ねえレイ、こんなのもらってどうするの」


 テーブルに肘を突いたルビアンスが問う。レイは、ずっと口許を隠していたマフラーを外しながら、やや弱い語調で答えた。


「これで優勝すれば、領王に謁見して褒賞を賜る権利が与えられる。……少なくとも今まではずっとそうだったみたいだし、即位したばかりの領王が権力を誇示する場でもあるわけだから、兄さんが自ら望んだのなら今回もそう、だと思う」


 ふうん、とアリーが申込書をつまんで眺める。確かにアリーは全ヴァーラン統一闘技大会年齢・性別無差別級のベスト4だし、ナサ・アリー・ルビアンスの3人で即席ギルドレギオンを組んで全アンズロード統一団体闘技大会学生の部で優勝したこともある。可能性がないことはない、のかもしれないが、今回は学生しかいないわけでもないし各領国のレアル・ギルドレギオンも参加してくるだろう。何より──レイがどれだけ強いのか、または弱いのかは完全に未知数だ。


「…………一応参考として訊いておきたいんだけど、君たちの闘技大会の個人成績って」


 レイから訊いてきた。ナサ、ルビアンス、アリーの順でそれに答える。


「私、全アンズロード統一闘技大会未成人級準優勝」


「全アンズロード統一闘技大会U-15級ベスト16」


「…………全ヴァーラン統一闘技大会年齢・性別無差別級ベスト4」


 ついでにこの3人で全アンズロード統一団体闘技大会学生の部優勝、と付け足す。そして、揃ってレイを見、ナサが代表して問うた。


「じゃあ、そーゆうレイはどうなの?」


 レイが、ふいっと視線を外した。……物凄く気まずそうだ、そのポニーテールをくいっと引っ張ったルビアンスが、脅しとも取れる声音で言う。


「シェラフセントラル統一初戦敗退でも驚かないから言いなさいな」


 う、あ、えっと、と口ごもっていたが覚悟を決めたらしく、腰の剣帯から外した砲剣を正面に抱いたレイは、ぽそぽそと白状した。


「…………全ヴァーラン統一闘技大会種族無差別級ベスト16」


 ──────種族無差別級。


 闘技大会の階級は、人族のみが参加するものであれば年齢・性別無差別級が最高である。しかし、さらにその上にもう1階級用意されているのも事実だ──神族・妖精族も参加することのできる種族無差別級、存在自体はナサも知っていたものの、わざわざ神にボコボコにされにいくようなアホが実際にいるとは──そしてベスト16まで勝ち進んでくるバカがいるとは思っていなかった。


 そのパターンはさすがに想定していなかったようで、アリーも唖然としている。年齢・性別無差別級の上位者の中にいなかったということで、自分よりも下に見ていたのかもしれない。


「…………ちなみに、誰に勝って誰に負けたの?」


 アリーが訊く。レイは、首を傾げて4ヶ月前の記憶を掘り起こしているようだった。


「えと…………、光妖精(シルフ)土妖精(ノーム)聖妖精(レルフ)、蒼空神アルノス、時空神クロノス、裁神アヌビスに勝って、戦闘神バティールに負けた……のかな」


「コイツ怖い」


 ルビアンスがレイからじりじりと距離を取り、椅子ごとナサの方に寄ってくる。レイが若干傷付いたような顔をした。


 誰かが仕切らないと話が進まないので、仕方なく自分がその役目を引き受けることにし、ナサは口火を切った。


「じゃあ、みんなそれなりに戦えるって判ったことだし、この大会に参加して、領王陛下との謁見を目指す──ってことで、いい?」


 異論はないらしい。それを確認して申込書を取り上げる。


「あ……やっぱこれ、参加ってギルドレギオン単位なんだ」


「…………この4人で作る?」


 実際、ギルドレギオンを作るというのはそこまで難しいことではない。越境盟約団体条項の第3条には「構成人数が3人以上で、創造神ガイア及び戦闘神バティールへの宣誓を行った、営利または領土防衛を第1目的としない団体をギルドレギオンと定める」とだけある。


「ガイア・イズ・ウェッジ──オー・パピルス」


 レイが小さく呟くと、その手中に20㎝四方程度の羊皮紙が現れた。彼が、ナサを見て言う。


「…………ねえナサ、ギルドレギオン創立宣言の魔方陣、描ける?」


 ナサは、紙を寄越せとでも言いたげに、レイに向けて手を伸ばした。羊皮紙を受け取り、部屋に1本だけ備え付けのペンを取り上げる。


 ナサが魔方陣を完成させるまでの間、やることのない3人が顔を突き合わせて話し合いを開始した。


「────ねえ、ギルドリーダーどうするの」


 ナサに代えて話し合いを仕切っているのはルビアンスだ。レイが、え?と顔を上げる。


「…………ナサがやるんじゃないの?」


 アリーがテーブルに身を乗り出した。力を込めた右手をレイの額の辺りまで持ってくる。


「────てい」


 デコピンだった。そうされることを予想していなかったレイが小さく呻く。


「アンタね、ナサにどれだけ世話になってると思ってんのよ」


「………………ごめんなさい」


 これでは話が全く進まない。アリーちゃんその話は今ちょっとおいとこう、そう言ってルビアンスが議題を戻す。


「もうめんどくさいから多数決でいい?──はい、まずお姉ちゃんがいい人」


 手を挙げたのはレイだけだった。


「レイがいい人ー」


 アリーとルビアンスが手を挙げる。少し離れたところからも声が飛んだ。


「レイに1票」


「はい、3対1、賛成多数でレイに可決されました」


 ひどい、と言ってレイがテーブルに突っ伏す。魔方陣を完成させたナサが、その頭に羊皮紙を落とした。


「…………ほれ魔方陣。サブリーダーは私がやるから」


「うう……ありがと」


 魔方陣を描いた羊皮紙をテーブルに広げ、その円の中心辺りに掌を合わせる。


「────シェラフ領国王室第二皇太子ジャック・レイ=シェールが名において誓う」


 彼が、淡々と言葉を紡ぐ。あれアンズロードのやり方と違う、とアリーが呟いた。


「Creator numine Gaia, Deus proelium bataille, Propitius esto, quod hic colligentes...praestitibus Maiae Guardile, In Pearl flumen ab omnibus hostibus defendat.」


 ────ごう、と、光の柱が立ち上った。


 3人が小さく目を細める中、レイだけが虚空を見詰めて固まっている。光がだんだん弱くなり、柱だったものが極細の線となり、


 レイの手の甲に、吸い込まれるようにして消えた。


 レイが、荒い息を吐いてテーブルに頭を落とす。その頬にそっと触れたナサは小さい声で、大丈夫、と問うた。


「ん、…………多分、大丈夫」


 彼が体を起こし、そのまま椅子の背凭れに全体重を預ける。同じ経験をしたことのあるナサは、それを若干の憐れみと共に眺めていた。ギルドレギオンの創立宣言は、リーダーは思っている以上に体力を消耗する──そして、それを知っているからリーダーをやりたくなかった、というのもある。


「…………ギルドレギオンの名前、決めといて。それまでに僕も復活するから」


 次は、レイ以外の3人が顔を突き合わせる番だった。何か案ある人、そうナサが呼びかけるが、誰も手を挙げようとしない。


 3人の間に沈黙が降りる。そのまま時が過ぎていき、何も決まらないうちにお開きになるかと思い始めた頃、横から伸びてきた手が申込書とペンを奪った。


 ルビアンスだった。2人が呆然と見守る中で、申込書の1番最初にある「参加団体名」の欄を殴り書きで埋める。


 書き上げたそれを、彼女が誇らしげに掲げた──ナサとアリーが肩を寄せて覗き込む。


 ────2人とも何も言わなかったが、多分その顔は引きつっていただろう。




ギルドレギオン名:《勝利の女神(ヴィクトリア・ディ)


構成人数:4人


ギルドリーダー:ジャック・レイ=シェール

サブリーダー:ナサ=アンズロック

その他構成人員:アリー=グリーン

        ルビアンス=アンズロック


使用申請魔法:《創造(ガイア)

       《破壊(カタスティ)

       《神聖(フィオーレ)

       《戦闘(バティール)

       《光炎(フレア)

       《超能力(エスパー)


使用申請武器:偽聖剣カリヴァン

       光剣ド・ルーメン

       紅焔剣フレア

       光槍ルクス

       銀弓アルジェント



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