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英雄の処女たち Ⅰ ─運命の覇者─  作者: 遠野 葉月
第2章 告白
6/14

理由

 彼は、兄に連れられて宮殿の廊下を歩いていた。


 父親のいる《領王の間》が近付くにつれて、嫌でも足取りが重くなる。知らず知らずのうちに隣を歩く兄の服の裾をぐっと握っていた。


 それに気付いた兄が、規則的な足音をぴたりと止める。その声が、彼の耳朶を優しく打った。


「──大丈夫か」


 小さく首肯し、うん、と答える。その頭を軽く撫でた兄が、すぐそこまで迫っていた観音扉を一瞥して、その両側に立つ衛兵に言い放った。


「第一王子兼領王補佐政務官だ。父上の命で弟を連れてきた」


 話はすでに通されていたらしい。2人の衛兵は、拍子抜けするほどあっさりと扉を解放した。


 行こうか、と呟き、兄が足を踏み出す。


 静けさの満ちただだっ広い空間をひたすら進むと、2人は、父親が座る執務机の前に立った。色素の薄い灰色の双眸が、兄弟2人を冷たく睥睨する。


 兄が、おもむろに跪いて頭を垂れた。その勢いに引きずられ、兄の服の裾を掴んでいた彼もその場に膝をつく。


「────父上。ご命令通り、弟を連れて参りました」


 そう告げる兄の声もどことなく硬い。父の冷やかな声が、面を上げろ、と言った。


 父は、彼を一瞥すると、確かめるような調子で問うてきた。


「……お前は、明日成人するのだったな」


 はい、と頷く。たったそれだけのことなのに、なぜか声が掠れた。


 父が、机の上の書類を脇にどけて立ち上がる。


悪魔王(デヴィルア)、という言葉を知っているか」


「…………魔界2大陸全域と全ての悪魔民族を統べる王、でしょう」


 兄が淡々と答える。父は小さく頷き、彼のことを見据えて告げた。


 「そうだ。──シェラフ領国王室の第二王子は、成人したら悪魔王(デヴィルア)の座を継ぐことになっている」


「………………は?」


 素が出た。遅まきながら気付いて慌てて口をつぐむ。


 隣を見ると、兄も困惑の表情を浮かべていた。高等学院を主席で卒業した兄に理解できないのなら自分の処理能力を超えていて当然だと納得し、父に向けて問う。


「どういう……こと、ですか」


「100年前、シェラフが魔界軍に侵攻された際、悪魔王(デヴィルア)は占領中止と引き換えに1つの条件を提示した。────それが、代々の第二王子を、悪魔王(デヴィルア)の後継者として差し出すことだった。その協定はまだ生きている。……今は、私の弟が悪魔王(デヴィルア)を務めているはずだ」


 一通り説明されても、やはり彼はまだ唖然としていた。一足先に我に返った兄が、苦笑して言う。


「……父上、ご冗談を。これは優しい子です、悪魔王(デヴィルア)など、務まる訳がない」


 父親が、その目を冷然と見返した。


「────これが、冗談を言う人間の目に見えるか?」


 というか、彼らの父親は冗談を言わない。それを1番よく知っているだろう兄が黙り込む。


 がくり、と膝から力が抜けた。兄が彼の方を向き、背にそっと手を添える。


「…………にい、さん」


 膝立ちになった兄が、強く抱きしめてきた。


「大丈夫だ」


 力強く温かい声が耳許で囁く。その声に縋るように、彼もしっかりと抱きしめ返す。


「お前には、そんな重荷は絶対に背負わせない。悪魔王(デヴィルア)だなんてそんなこと、俺が絶対に許さない」


「────ねえ、兄さん」


 口を開く。絶望の中で悟った1つの真実を、なるべく無感情に兄に突きつける。


「……僕が悪魔王(デヴィルア)になるっていうのは、僕が生まれる前から決まってたってことだよね?」


 頭を撫でていた兄の手が、ぴたりと止まった。その体をそっと押し戻す──戸惑いの表情を浮かべる兄に微笑みかけ、ずっと胸にしまっていたものを訥々と吐く。


「ずっとね、なんで僕は兄さんみたいになれないんだろうって思ってた。兄さんはかっこよくて、頭も良くて、剣術も強くて、なのになんで僕はそうじゃないんだろうって。成績は下から数えた方が早いし、特技っていえるような剣術も兄さんには絶対勝てない。半分……ううん、4分の1でも兄さんの能力を分けてもらえたらよかったのに、って」


 そこで一旦言葉を切り、でも、と続ける。


「分けてもらえなかったんじゃなくて、分ける必要がなかったってことなんだよね。僕は兄さんの代わりにはなれないから……約束してたとしても、なりたい外交官になんてなれないんだから」


 小さく自嘲ともとれる笑みを浮かべ、彼は、立ち上がった。


 父親に向き直り、ゆっくりと歩を進める。腰に下げた砲剣の鞘に、そっと左の指を滑らせる。


 ────彼に剣術を教えたのは兄だ。だから兄はきっと、彼が何をしようとしているか判るはずだ。数多く教えられた構えの1つ、暗殺などに向くもの──それに気付いた兄が、はっと息を呑む。


「……やめろ」


 押し殺した声が、震えながら彼を制止する。が、それを無視して左手に力を込める。


「父さん──確かに僕は、兄さんと比べれば劣等生でしかないかもしれない。叔父さんを悪魔王(デヴィルア)の座から解放し、この国の安泰を守るための生贄でしかないかもしれない」


 生まれて初めて父親の顔をしっかりと見た気がする。細いと言うより薄い輪郭をしっかりと睨み、声に力を入れて宣言する。


「────でも、僕は、あなたの操り人形じゃない」


 左腕が疾走(はし)る。白銀に輝く砲剣の剣先が弧を描き────








「……………………僕は、生きます」








 1点の曇りもない刃に刈り取られた父親の首が、放物線を描いて宙を舞った。




     *




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