少女─02
李の広場から5分ほど歩くと、アンズロードとその隣国・シェラフの中立域に入る。──中立域とは、隣り合う領国どうしで主張する国境に食い違いがあった場合に2国共同で管理する、領土の重複部分のことだ。しかしこの区域は定期的に手入れなどがなされているわけでもなく、鬱蒼とした針葉樹林が一面に広がっている。
太陽の光が地面に届くことがないため、ここアンズロード-シェラフ中立域は冬になると常に氷点下となる。いつからあるのか判らない霜柱を踏むと、ガラスにひびが入るような音を立てて砕けた。
そんな気候にも関わらず、半歩前を歩く幼馴染が着るのは半袖のセーラー服──つくづくナサの周りには、まともなファッションセンスの持ち主はいないらしい。
「……アリー、あんたその格好で寒くないの?」
「別に。──戦う時は身軽な方がいい」
ぶっきらぼうというか素っ気ない返答だが、さっきの遅刻に怒っているとかそういうことではなく、これがアリーの自然体だった。全ヴァーラン統一闘技大会の年齢・性別無差別級でベスト4に入るほどの戦闘の名手である彼女は、無駄と無謀を1番に嫌う。
「でもさ、……登校中に試合したりなんてありえないし」
そういう意味じゃなくて、とアリーが肩を竦める。
「正当防衛っていう実戦の話」
ぴっと伸ばされた人差し指が、数ある木々の中の1本を示す。そこには、防水魔法をかけられた羊皮紙が、画鋲で幹に打ち付けられていた。
1行目には大きく「越境指名手配」とある。
越境指名手配
罪状:国家反逆罪(領王殺害)
外見的特徴:身長 6フィート1インチ
体重 140ポンド
髪色 白銀
眼色 漆黒
肌色 白
服装 《暗黒の光明》の軍服
武器 偽聖剣カリヴァン
使用魔法:《創造》及び《破壊》
目撃した者は、直ちにシェラフ領国レアル・ギルドレギオン《暗黒の光明》に届け出る可。
新シェラフ領王 ジャック・ルイ=シェール
「…………領王、殺害」
ナサは、そう呟く自分の声が掠れていることを自覚した。
領王の殺害は、人間の法規で裁ける最も重い罪だ。もし犯せば、本人だけでなく家族までも死刑に処せられることになる。それだけの危険を冒すほど、シェラフの政治は乱れてはいなかったはずだ。
「お、お姉ちゃん」
ルビアンスが、震える手でナサの制服の裾を握る。その手を押さえ、ナサはやや硬い声で言い返した。
「シェラフセントラルからシェラフの外に出るなら、こっちにくるよりも西側のアントレアに逃げる方が近いわ。だから……多分、大丈夫だと思う」
その言葉に縋るかのように、かくかくと頷くルビアンス。そして、掠れる声を張り上げて2人を促す。
「ねえ、だったら早く行こうよ。あたしはともかく、お姉ちゃんとアリーちゃんはあと1年ちょいで卒業なんだから、遅れたらまずいでしょ?」
そうね、とアリーが小さく首肯した。再び彼女が先陣を切って歩き出す。2人がそれを追って足を踏み出した途端、アリーの足がぴたりと止まった。
「アリー……どうし、」
たの、と続けることはできなかった。
「────危ない!」
彼女にしては珍しく口調を強めて叫び、────直後、ナサの視界が反転する。
地面に引き倒されたナサが見たのは、数本の木々を巻き込んで荒れ狂う、巨大な炎だった。
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