表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇探偵司馬衛司  作者: 有井静亮
ケースⅠ:『マンションの赤ずきん』
3/5

ケースⅠ:『マンションの赤ずきん』――第二話――



 三日前 六月十七日 午後一時ごろ――



 所長は天城マンションを眺めている。全十階のそのマンションは、三雲市民の関心を集めている。もっとも、悪い意味で、だが――。



 天城マンション連続不審死事件――

 それはちょうど一ヶ月前、五月十七日に始まった。十階に住んでいた住人が、包丁でのどを突いて自殺したのだ。当初、その死は単なる自殺だと判断された。しかし、その推理は瞬く間に覆されることとなる。

 最初の死から一週間後、五月二十四日のことだ。二人目の犠牲者が出た。のどを包丁で刺したことによる出血死。これもまた自殺と判断されたが――

「一週間おきに同じ死に方をする自殺者が、同じマンションから出たら、それはニュースになりますよ」

 所長に話しながら、店員は皮肉げに笑った。二十代後半ぐらいの若い男だが、かなり有能なのだろう。天城マンションの管理会社から、連続不審死事件の処理を任されているのだから、たいしたものである。

「たしか、被害者は今……」

「五人です。さすがに警察も本腰を入れまして。昨日まで警察がひっきりなしにやってきて、もう大変でしたよ」

「いいのですか。まるで他人事のようにおっしゃっていますが……」

「他人事ですよ。はっきり言って、自分じゃどうにもできません。ちょっと能力があるからって押しつけられたんですから。はっきり言っていい迷惑ですよ」

 店員の言葉は冷めていた。所長は内心不愉快に思っていたが、感情を顔には出さない。

「ああ、これが部屋の鍵です。お気をつけて」

 店員から鍵を受け取り、所長はうっすらと笑みを浮かべた。そして、店員に質問しようとしたのだが――

「佐々木さん、ちょっと」

 店の奥から女性店員の声がした。店員は返事をし、所長と向き合う。

「すみません。私も忙しいもので。のちほどよろしいですか?」

「……では、また後で来ます」

 所長はやむなく引っ込むことにした。



 エレベーターに入った瞬間、所長はぞっとした。一瞬で体全身に鳥肌が立つ。所長は息を呑み、周囲を見回した。顔に焦りを浮かべ、警戒心を露わにする。

 エレベーターは特段変わったところのない、いたって平凡な普通のエレベーターだった。唯一通常のエレベーターと違うのは、鏡がついていることだろうか。体全身が映る大きな鏡。それがエレベーターの後方と左右に備えられている。

「まさか……いや、ありえるか」

 鏡を見て、所長はじっと考え込む。怪訝な顔だ。鏡には曇り一つない。きらびやかに光を反射している。鏡は異様なまでに澄んでいた。

 エレベーターを出て、現場となった部屋に近づくにつれ、所長はますます悪寒を感じるようになった。扉や通路に禍々しい邪気を感じる。憎悪に満ちた毒々しい気配だ。

「いやなものだ」

 所長はまず現場となった部屋――赤ずきんが住んでいた部屋――に入る。五月十七日以降、この部屋に居住した者は、精神に異常をきたし、ほぼ一週間で自らを殺めるようになった。その原因がこの部屋のどこかにある。

 所長は慎重に室内を探索する。トイレや風呂を見てみるが、特に変わった点は見られない。キッチンやダイニングも異常なしだ。ニュースによれば、五人全員リビングで死んでいたらしい。異常があるならリビングか。

 リビングに足を踏み入れ、所長は後悔した。間違いなかった。リビングは異界と化していた。五人もの血と生命を吸い尽くしたリビングには、憎しみと悲しみ、そして喜びが混在していた。

「残留思念か? にしては存在濃度が濃すぎる……」

 独白しながら、所長は床を見た。何度も拭われたはずなのに、いまだに色濃く血痕が残っている。わずかだが、血の臭いもする。所長は顔をしかめた。

「間違いないな。悪霊がいる」

 そう呟いた瞬間、背後に「なにか」が現れた。それは風切り音とともに、所長に襲いかかる。迫り来る殺意に気付き、所長は恐怖した。とっさに身を床へと投げる。頭の少し上を刃がかすめた。

「やはりな!」

 視界の隅に「赤ずきん」が映る。所長はそのまま床を転がる。体勢を立て直し、玄関に突進した。そのまま部屋を飛び出す。後ろを振り返ることはなかった。



 三日前 六月十七日 午後五時ごろ――



「なるほどな。やっぱりそういうことだったのか」

 衛司は納得したようだ。所長が渡した資料を読み終え、丁寧に封筒に直している。

「しかし、ありえるのか?」

「ああ、ありえる。合わせ鏡だ」

 そう言い、所長は笑った。衛司は窓を見る。

 夕日が血のように赤く見えた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ