ようやく訪れた青春?
◆帆風夜疾視点◆
時は過ぎ去り、俺は晴れて高校一年生にまで成長していた。尚、転生前の年齢19歳+現在の年齢15歳=34歳だという、中身はただのオッサン野郎である。
最初は懸念していた俺の異世界生活。しかし、この世界で15年の歳月が経った俺は、転生する前の生活となんら変わりない日常を過ごしてきた。
異世界に来たというのに、一体どの様な日常を送ってきたのかというと、答えは「引きこもり」である。
学校に行くのが嫌だ。買い物に行くのが嫌だ。遊びに行くのが嫌だ。外に出ることが嫌だ。とにかく人に出会うのが嫌だ!
勘違いして欲しくないので一応言っておくが、別に俺は人間不審だったり同級生に虐められて精神が病んでしまった訳でもない。ただ、外に出ると色々と面倒なことが起きるからである。
そう、あれは俺がまだ小学生だった時の話であるーー
◆帆風 夜疾 6歳◆
春、入学式を終えてから初めての授業の日。
時刻は午前8時22分。朝のホームルームが始まるまでにはまだ時間があった。
廊下まで漏れ聞こえていたクラスメイトの談笑を聞きながら、俺は扉を開けて教室に足を踏み入れる。
ーーと、皆が俺の姿を認めた瞬間。あたかも時が止まってしまったかの様にしんと静まりかえった。まるで動き方を忘れてしまったのか、この場の誰もが微動だにしない。
(おいおいおい……!)
試しに、近くにいた男の子に話しかけてみた。制服の名札には「鈴木」の名前が書かれている。
「おはよう鈴木くん調子はどう?」
「ーーひいぃっ!?ご、ごごっ、ごめなさいっ!!」
俺が話しかけた鈴木くんは、悪魔に遭遇してしまったかのようにその場で腰を抜かしてへたり込んでしまった。顔を真っ青にしてぶるぶると震えだす。
「だ、大丈夫?」
彼を立たせてやろうと手を伸ばすと、男子たちは一斉に息を呑み、女子たちは黄色い悲鳴を上げた。
そして当の鈴木くんは完全に気絶してしまい、力なく床に転がっている。
「………………」
(……いやーーおかしいだろ!誰か説明してくれよこの状況!)
なんとも張り詰めた緊張感が教室中を支配していた。とーーその時、担任の江角先生(合法ロリ)が教室の中に入ってきた。
「皆さんおはようございま……す!?」
倒れている鈴木くんを見るや否や、彼女は慌てて彼に駆け寄った。
「鈴木くん!鈴木くんっ!?しっかりして!嗚呼どうしよう……救急車呼!救急車呼ばなくちゃ!!」
(きゅ、救急車っ!?)
ただの気絶で救急車を呼ぼうなどと、なぜこれほど大事な事態になってしまったのかよく分からない。
ここはとにかく俺が冷静に先生を諭すべきであろう。
「先生?江角先生っ?」
「ーーっ!ほ、帆風くん!?」
ギョッと目を見開く江角先生。
(え、なに?俺、なんかした?)
そう思ったのも束の間、彼女はハッと我に返って鈴木くんを抱き上げた。
ここで先生の胸を羨ましそうに見ていたのは内緒である。
「先生は今から急いで病院へ行ってきます!皆さんは隣の山中先生の指示に従って下さいっ!!」
「ちょ、先せっ!?」
俺が呼び止めるのも聞かず、彼女は鈴木くんを抱きかかえたまま廊下を全力疾走。
(先生!廊下を走ってはいけませんよ!)
ではなく、これはかなりマズイのではなかろうか……?
江角先生が不在の中、初めての授業の日が自習の時間となってしまった。
給食を食べ終えた丁度その頃、校内放送で江角先生の声が校舎に流れた。
『1年1組 帆風 夜疾くん。1年1組 帆風夜疾くん。至急職員室前に来て下さい。繰り返しますーー』
(ええ〜っなんで俺ぇ?まさか鈴木くん、俺が何かしたとか嘘の証言したんじゃないだろうな……?)
とはいえ呼び出しは呼び出しだ。ここは素直に従うしかないだろう。
それに、なぜあの様な事になってしまったのかが分かるかもしれない。
ガタッとイスを引いて立ち上がると、なぜか周りのクラスメイトがビクッと身体をビクつかせた。
(もしかしてこれ、新手のイジメなんじゃないのかっ!?)
傷ついた心で教室を後にし、二階の職員室を目指して階段をゆっくりと登る。
階段を登りきって二階の廊下を歩いていると、職員室の前で壁にもたれ掛かって立っている江角先生を見つけた。
なにやら独り言を言っているのだろうか?口をパクパクさせているのが分かったのだが、一体なにを言っているのかは遠すぎて聴き取れなかった。
先生に近寄ると彼女も俺が来た事に気が付いた。そして背筋をビシッと正すと、ロボットの様な挙動でこちらを向く。
(っていうか……子どもに対してなんでそんなガチガチになるんだよ……)
「ほ、ほほほっ、帆風くん!あ、貴方にお、おおおっ、お話があります!」
「あ、はぁ……。別に構いませんけど……?」
(もしかしてこれから告白でもするのかな?江角先生、実はショタコンだったりして……なんつってな)
俺は談話室3の部屋に通されてソファーに座らされた。対面に座る先生が立ち上がって声を上げた。
「な、なな!なにか飲むものを用意しようかなっ?ほ、帆風くんはココア好きかなっ!?」
「あ、いえ。そういうのは結構ですので、早くお話の方をお願いします」
「そ、そうっ!?あ、あはは!そ、そうだよね〜早く終わらせて欲しいよね〜!?」
なんだか無理に話を合わせている様な感じがするのは気のせいだろうか?
冷や汗を垂らした先生は咳払いをすると、急に難しい表情をして口を開いた。
どうやらかなり大事な話の様であると、俺も真剣な顔になる。……なったのだがーー
「帆風くん……この度は本っ当に申し訳御座いありませんでしたっ!」
「え、えええっ?」
先生が謝罪の言葉を叫んだこともそうであったが、彼女が頭を下げた勢いで手前のテーブルに額を思いっきりぶつけた事にも驚いた。
さらに……。
「この通り、すべての非は私にあります!あと百回頭をぶつけてでも詫びろと仰るのなら喜んで従いましょう!ですからどうか!どうか鈴木くんのことを許してあげて下さいぃっ!!」
「は、はいいいいいっ!?」
思わず「それなら、生尻百叩きの刑じゃー!」と叫びそうになるのをすんでのところで抑える。
「一体どう言う意味ですかっ?どうして僕が彼を許さなくちゃいけないんですかっ?」
至極当たり前な疑問を口にすると、先生は頭を抱えて発狂した。
「そこはどうか!どうかご慈悲を〜っ!!」
(だ、ダメだ……なぜか完全に勘違いされている!)
「ストップ、ストップ!先生落ち着いてくださいーーてか貴方こそ病院へ行った方が良いのではっ!?」
テーブルに頭を抱え打ち付けすぎて、顔面血だらけの江角先生。せっかくの幼い綺麗な顔立ちが全て台無しである。
慌てて談話室を飛び出して、保健室から持って来た救急箱からガーゼと消毒液を取り出し治療を施す。
その頃には彼女も平静さを取り戻しており、変な敬語ではなく普通の口調で話すことが出来る様になっていた。
「ありがとう帆風くん……。先生さっきはどうかしちゃってたわ……」
「そ、そうです……い、いえいえ。僕は気にしていませんよ?まずは気持ちの整理をじっくりして下さい。あれくらい、人間なら誰でも一度はやってしまうものです」
「帆風くん……!貴方は心が広く優しいんですね。ありがとう……」
「あ、あははは……」
(やべ。可愛い顔してこの先生超怖えっ!)
それから数分間を適当な雑談で費やし、江角先生が完全に正常になったのを見計らって俺は彼女に問い掛けた。
「ところで先生、話を戻しますけれど……僕にお話しておきたい事というのは一体なんだったのでしょう?」
「はっ!そうよそうだったわね、忘れていたわ!」
パン!と掌を打って本題を思い出す先生。
(こいつ、本当に大丈夫なのか……?)
疑いは残りつつあるが、話を進めない限りいつまで経っても終わらない。俺は彼女が話し始めるのを黙って待つ。
先生は深く深呼吸をすると前屈みにバッと身を乗り出した。
(あっ、見えた……!)
「帆風くんお願いっ。鈴木くんを許してあげて!」
「ええと……そのことなんですが、僕にはどう言う意味なのかさっぱり分からないんです。僕は鈴木くんからなにも嫌なことはされていないんですけど……?」
俺が器用にDカップをチラ見しながら尋ねると、先生はさらに身を乗り出して「ええっ!?」と声を上げた。
(ウヒョッ!前言撤回!この女は最高だっ!!)
「ええっと……鈴木くんは帆風くんになにも粗相はしていない。そういうことなの……?」
「粗相って。ま、まあそうですね。なにもないです」
「じゃ、じゃあどうして鈴木くんに声を掛けたりしたの?」
「な、なんとなく……?」
「な・ん・と・な・く・!?」
なぜか言葉を切って絶句する先生。全く意味が分からず首をかしげる俺。
やがて先生は何かを納得した様に頷いた。
「あのね帆風くん」
「はい、なんでしょうか?」
「人をからかうのは、良くないことだと先生は思います」
「そうですね。僕も良くないと思います」
先生は「ふう〜……!」と溜息をついて背もたれにもたれかかった。
ここで(あ、胸が見えない!)と思ってしまうのはきっと俺だけではないだろう。
「帆風くん、分かってくれて嬉しいわ。イタズラもほどほどにしてね?今日はもう良いから、先に教室に戻って自習をしていてね」
「は、はい?」
(あの、それだと意味不なんすけど?俺、イタズラとかしてねーから!)
だがそれを言うと、また話がこじれてしまいそうだったので、俺は黙って談話室を後にするのだった。
その日、家に帰って母さんに今日あったこと事を話してみた。
そしたら母さんは笑って答えてくれた。
「夜疾ちゃん?お父さんとお母さんの事をこの島で知らない人は居ないのよ?むやみやたらに話しかけたら皆んな怖がっちゃうわよ〜」
(俺はこの世界が超強くなった……。タイフーン社め!過去に一体どんな脅しを皆んなにしてきたっていうんだ!強権政治反対!ダメ絶対!!)
ーーこのことがあってから俺は人と接するのが嫌になった。
そこにいるだけで恐れられる。それが一体どれだけ面倒なことであるか、こればかりは一度体験してみなければ分からないことであろう……。
因みに、俺は小学生・中学生生活の中で一度も給食当番、掃除当番、日直、委員会などの全ての雑用はさせてもらえなかった。
こうも徹底して優遇されてしまうと、逆に自由などなにも感じなくなる。
……という訳でこの春。俺は東京の高校へ通うことになったのである。ようやく訪れた自由と青春を、もう一度この手で謳歌してやるのだーー