プロローグ03タイフーンファミリー
タイトル変更致しました。
◆帆風夜疾視点◆
ーー俺が赤ん坊に転生してから約三年後のある春の日のこと。
「夜疾ちゃ〜んっ」
「夜疾〜っ」
だだっ広いリビングでうつ伏せで絵本を読んでいると、両親に名前を呼ばれたので俺は顔を上げて返事をした。
「あーたんっ、とょーたんっ!」
おぼつかない足取りで彼らの元へトテトテと駆け寄ると、二人は分かりやすく顔をパアッと輝かせた。
筋肉オヤジである父親の寅雄が、エゲツないガタイで俺を締め上げる。
(ちょ、死ぬーー?)
「見たか叶!夜疾がちゃんと俺の声に反応したぞ!」
「何言っているのよ貴方。夜疾ちゃんは、あーたんが大好きだものね〜?」
「なにぃ?嘘をつけ!夜疾はとょーたんのモンだ!」
「あらそう?だったら力ずくで奪ってやるわ!」
「ふんっ、望むところだ!」
朝から「ワーワー」「ギャーギャー」と、壮絶な俺の取り合い合戦が繰り広げられようとしていた。
(コイツら、いつまで続ける気だ?親バカ通り越してただのバカだろ……てかいい加減離せ!あ、そろそろ息が……!)
俺の顔が徐々に青白く変化していく様子を見た母さんが、パニックに陥って強烈な右フックを親父の顎に叩き込んだ。
「ーーっ!?」
顎へ吸い込まれるような動きで放たれた右フックは、ベキッ!という嫌な音を立ててリビングに鳴り響かせた。
親父は悲鳴をあげるまでもなく一撃でフローリングに崩れ落ちる。
解放された俺が咳き込んでいると、母さんが慌てて抱き寄せて背中をさすってくれた。
さすが母は強しとはよく言ったものである。
(いや……俺はもう大丈夫だから。それよりあっちの死にかけてるヤツをなんとかしろよ……)
筋肉オヤジとはいえ、あれだけ脳を揺らされたのではひとたまりもなかったらしい。泡を吹いてすっかり伸びきっていた。
「あ、あーたん?と、とょーたんは……?」
「大丈夫、大丈夫。とょーたんはちょっとお寝んねしているだけだから放っておきましょう?さ、朝ご飯にしましょうね〜」
「う、うん……?」
有無を言わさず母さんに抱きかかえられ、子供用のイスに座らされる俺。
相変わらずの狂いっぷりで思わず身体が震えそうになる。
(これがタイフーンファミリーっていうやつなのか……)
タイフーンファミリーとは、俺の両親が経営している会社ーー民間軍事株式会社タイフーンの通称名のことである。
三年もこの世界で生活をしているだけあって、胎児の頃とは比べものにならない程、今ではかなりの情報が集まってきている。
まず一つ、この世界は俺が死ぬ前に生きていた世界と異なっているということだ。簡単に言えば歴史に違いがあったりする。
例えば、関ヶ原の合戦で勝ったのが石田三成で負けたのが徳川家康だったとか。太平洋戦争は集結しておらず、法的には事実上日本とアメリカ(生前の世界ではロシアだと言われていた)だけが未だ停戦状態にあるなどなど……。
歴史的な事を除けば後はあまり変わらない。自動運転の自動車が主流になっているなど、少し科学力が進歩しているくらいである。
ーー話をタイフーンファミリーの話に戻すが、民間軍事会社の役割といえば、要人警護や建物の警備、新兵訓練などが挙げられるが、タイフーンファミリーの場合は少し違う。
なんと、武力による武装勢力の排除が裏の主目的なのである。
自国が交戦状態に陥っている場合なら話は別であるが、わざわざ他国へ出向いて武装勢力に喧嘩を売りに行くなど、普通ならある事ではない。せめて個人の自衛的な反撃程度のものだろう。
タイフーンファミリーは独自の判断で紛争に介入し、あらゆる利益を求めて他国で暴れまわっているのである。
事実、中東や南太平洋にはタイフーンファミリーがぶんどった油田が存在している。恐らく他にも色々と手を出しているとみ受ける。
しかし、そんな一企業がそのような事をして問題にならないはずがない。と思うのが普通である。
だが、タイフーンファミリーの場合は誰からも容易に粛清されることはなかった。
その理由が「非公式 行政特区タイフーン」の存在なのである。
日本国民の九割以上といっても過言ではない事実なのであるが、太平洋の沖合には巨大な人工島があり、その全てがタイフーンファミリーの根城となっている。
非公式 行政特区タイフーン(以降、非公特区T)の住民は少なからずタイフーン社との関係がある。例えば俺がまだ胎児の頃に母親が行っていた病院など。
非公特区Tに住んでいる者全てを引っくるめてのタイフーンファミリーなのである。その人口の数は約八万人。こうなれば完全に一つの都市である。
さらに追い打ちをかけると、世界各国の軍事力ランキングでは日本の自衛隊と肩を並べる程の実力がある。最早、民間軍事会社の域を通り越して一つの国になりつつある。
そのような組織を相手に、大国も迂闊には手を出せないでいる。もし手を出して組織を壊滅させることができたとしても、自国にも多大な損害が生じることを考えると手をこまぬざるをえない。
(俺……どうやらとんでもねぇ世界に転生しちまったみたいだなぁ……)
我が家では定番の朝食になりつつある、魚肉ソーセージのフィルムをチビリチビリ剥きながら、既に憂鬱になり始める俺なのであった。
それを「うふふ」と笑顔で眺める母さん。
一見なんの変哲のない親子に見えてしまうが、この光景がなんとも怖いと思ってしまうのはきっと俺だけの事ではないはずだ……。