プロローグ01転生
◆帆風夜疾視点◆
俺は眼を覚ました。なんだか身体がふわふわしていて暖かい。
(てか暗ぇし何も見えねぇ……)
何度も瞬きをして辺りの様子を確かめようとするが、真っ暗過ぎて周りが全然見えない。というか首を動かそうとしてもほとんど動かない。
(なんでだよっ?)
思い切って立ってみようとするが、それも失敗に終わった。まるで五体が不満足になってしまったかのようである……。
しばらく暗闇に身を任せていると、意識がハッキリして来て段々と記憶が蘇ってきた。
(嗚呼そうか……。確か俺、地震でアパートの下敷きになっちまったんだっけ?ってことは、ここは病院のベッドか?なんとか生きてたけど五体不満足のうえ、視力も奪われちまったってか?)
(は……はは、ははは……)
笑えない。笑えないのに勝手に笑ってしまう。しかもその笑いもなぜか声が出なかった。
(もう……生きてる意味ねぇじゃん)
俺は死ぬ決意をして息を止めてみた。……だが、
(あ、あれ……っ?)
数分ほど息を止めたはずなのに、身がよじれるよう息苦しさはいつまで経ってもやってこない。
(もしかして……)
試しに息を吐こうと口を動かしてみた。結果、口から息が出ている気配はなかった。
(やっぱり!でもなんでっ!?)
予想は当たっていた。驚くことに、俺は今の今まで無呼吸だったのだ。
しかし、なぜこうして生きていられるのか。苦しくないのかは、いくら頭を使って考えてもさっぱり分からなかった。
(マジでどうなってんだよっ?)
意識を取り戻してから何時間か過ぎた。正確な時間が分からない以上、どれくらいの時が経ったのか断定できない。もしかすれば丸一日程の時間だったのかもしれない。
ボーッとしていると、突如眼の前がぼんやりと明るくなり、俺は思わず顔を仰け反らせた。その光は若干赤色に見えなくもない。
(良かった!俺の眼は無事だったんだな!)
眼が見えるのならばまだ人生を楽しむ事も出来よう。例えばA○とか。いや、それはそれでかなり悶々とするだけか。手が使えればそれでも良かったろうに……。
やはり不便なことに変わりはない。だが、これでほんの少しの希望が胸の中に芽生え始めた。
(きっと俺には手術後の包帯が顔に巻かれているんだな。……ん?でも包帯に血が付いてるもんなのか?まぁんな事はどうでもいいや!)
深く考えるのをやめてから数分後、微かに女性らしき声が聞こえてきた。
「おはよう、ヤトちゃん。今日もお母さん張り切っちゃうぞ〜!」
(うん?なんだ、隣に子どもでも居んのか。どうせなら一人部屋が良かったな〜。ーーって、うおっ!?)
そう思った矢先、グラッとベッドが揺れて俺は声を上げた。いや、正確には声は出ていないのだが、声が出ていたらきっと周りの迷惑になっていた事だろう。
立ち上がった様な感覚がするが、足が地面に当たっているようには感じなかった。
どうやらこの姿勢のままどこかへ移動しているようである。
……少し想像してみた。ベッドに括り付けられた俺が、立ち上がった姿のまま、人がいるかもしれない廊下を数人でベッドを押しながら移動させられている様子を。
(いやいやいや!いくらなんでもさすがにシュールすぎるだろっ!俺は病院内で見世物にでもされてんのかっ!?)
断固拒否。ジタバタともがいていると、さっきの女性の声がまた微かに聞こえてきた。
「ふふふっ。なにしているのかなー?元気だね〜」
(ちょーー最悪。俺めっちゃくちゃ笑われてんじゃん!)
恐らく、大勢の人々に笑われながら病院内を移動。
そんな事を思っていると、突然ブルンブルン!と車のエンジンが掛かる音が聞こえて来た。ほんの僅かだが振動も伝わってくる。
(え……?えっ?まさかこのまんま車に乗っけられてんのかっ!?ちょ!そこはせめて寝かせろよっ!!てかどんだけでっけえ車なんだっ!?)
俺の心の中のツッコミは当然のごとく無視され、車が加速していく音が伝わって来る。
走り始めてから数秒後、なんとものどかな洋楽が聞こえてきて、全身からふっと力が抜けてしまった。
(もうあれだ、考えんのやめよ……)
しばしの間、現在起こっていることについて詮索する事をやめて、おのれの過去の生活を振り返って見る。
やがて車のエンジンが切られて音楽も止まり、完全に停車した事が理解出来た、俺の脳内回想が終わったのは結構長い時間が経ってからだった。恐らく30分程度。
その回想というのが、俺が中学生の頃、英語科で美人の担任教師からマンツーマンで説教を食らっていた時に、俯いて落ち込んだフリをしながら担任の組んだ御御足をガン見してニヤニヤしていた場面である。
(嗚呼、菊池先生の美肌はムチムチしてて神々しかったなぁ……!)
心の中で(ロリ巨乳最高!)とか叫んでいる間にも車から外に出されて、また立たされた状態でどこかへ移動を開始。
建物らしき所へ入ると周りから微かな声が聞こえて来た。
「お母さん、あの人どうしちゃったの?なんかすごいよ?」
「こら、あんまりジロジロ見るんじゃありませんっ。絵本でも読んでなさいっ」
「ハーイっ!」
嗚呼、無情……。
(やっぱりそういう扱いにされちまうんだな……。今の俺ってどんな格好してんだろ……)
段々惨めな気分になり、本気で泣きそうになった。だが、嗚咽すら上手く出て来ない。喉にケガを負ったのは、なかなかに致命的である。
すっかりヤんでから数十分後。普通の病院で良くあるような「ダイさ〜ん!」という呼び出しが聞こえると、例のあの女性の声が「はいっ」と反応した。またもグラリと身体が揺れる。
(おい!俺は重傷者だぞっ?いいな、赤子を抱くように……。そうそう!そぉ〜と、そぉ〜とだ!)
心の叫び声が通じたのか、すぐに揺れが静かになった。念は送ってみるものである。
ドヤ顔で納得していると、今度は男の声が聞こえてきた。
「おはようございますダイさん。今朝の調子はどうですか?」
「とても良い気分だわ。でも早く顔を見たくて、ついうずうずしちゃうのよね〜」
「はっはっはっ!それは困りましたな〜。あんまり急かしてしまうと未熟になってしまいますからね〜」
「ええそうね。あと一ヶ月、あと一ヶ月したらなのよね……!」
(なんの話してんだろ?てかダイって誰だ?叔母さんの苗字でもないしな……?)
「見た所、体調は良好といったところですな。まぁ念のためエコーでも撮っておきましょう。ダイさんも、息子さんの顔を見たいでしょう?」
「もちろんよっ、お願いするわ!」
ダイという女の声が喜んだ様子でそう言うと、立ったままの姿勢から仰向けに寝かさせられた。
(エコー?エコーって言やぁ確か赤ん坊だよなー。……ん?赤ん坊?ーーまさかっ!?)
「見てくださいダイさん!息子さんが何かビックリしたかの様な顔をしていますよ!」
「あらほんと!キュンキュンするわ〜!」
(マジで……?)
「あ、今度は右手を振って……わ、笑った!今笑いましたよダイさんっ!」
「ええ、ええ!今絶対に笑ったわよねっ!?」
(マジで……っ?)
「次はしかめっ面かな?」
「あらあら、ちょっとうるさくし過ぎちゃったかしら?」
「そうかもしれませんな。少し声を落としましょう」
「それにしてもなんだか楽しいわ!ヤトちゃんがこんなに成長しているだなんてっ!」
(ーーって!マジかよっ!?全部俺がやってみた事を言いやがった!?)
俺は確信した。いや、せざるをえなかった……。
「ヤトちゃ〜ん、お母さん待ってるから元気に出てきてね〜!」
(俺、死んでから赤ん坊に転生したみたいだわ……。そんで、なんか俺はヤト的な名前らしいわ……)
猫なで声のダイという女の声を聞いて、全てを理解した俺なのであった……。