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吸血鬼と吸血鬼

吸血鬼と吸血鬼


【読者の皆さんへ】

 麻酔でなかなか目が覚めませんでした。

 生きております。証言は拒否。


 傑作を書く予定でしたが、残念ながら、今回は我々の同胞についてお話しします。


●吸血鬼と吸血鬼

 牙を折られた吸血鬼は、基本的には人間に対して無害な存在である。人の慈悲に縋って生きている我々は、むしろ、血の遠い同族に対して嫌悪感を抱く傾向にある。

 この特性は、特に男性の吸血鬼に顕著な傾向のようである。

 吸血鬼は、おおむね10m以上居住を離して生きていくことを推奨されている。やっかいなのが集合住宅である。

 まことに勝手ながら、吸血鬼は吸血鬼が嫌いだ。嫌いというよりは、苦手と表現するべきだろうか。


●吸血鬼の憩いの場

 私の行きつけに、とある24時間営業のカフェがある。

 その店は、カフェにしてはにぎやかで、深夜であっても客がまったくいないというところは見たことがない。客層は幅広く、老いから若きを広くカバーしている。先月は泣いている赤ん坊を背負った客がいたから、まさにゆりかごから墓場まで。いや、先週などは妊婦さんがいたから、私を合わせて、ゆりかごの前から死んだ後までだ。


 このおしゃれなカフェは、小さい店構えの割りにはメニューも豊富で、全国に広まった定型的なやり方で、肉の挟まったサンドイッチらしきものや、フレンチポテト、コーラやシェイクなどを提供している。非常に心躍る高級なカフェであるが、一説にはファストフードと呼ぶ。

 我々にとってなによりもありがたいのは、24時間営業ということである。


 あくる日のことだ。

 友人の結婚式に招待されていたはずの私は、思い切り待ちぼうけを食らい(後で日取りが違ったと分かった)、やむなくこの店で日差しを避けることとなった。店に入ると涼やかな入店音が鳴って、カウンターの中にいる女性が監視カメラのある方をちらりと見たのがわかった。騒がれるかと少し身構えたが、店員はちょっと眉を上げただけで、「いらっしゃいませ」と言っただけである。


 さて、この店で出会ったのが、ダニカというとても美しい女性である。ダニカの見かけは、私よりも10ほど上だろうか。中身の方は、もちろん私の方が歳を食っているに違いない。

 深夜だったこともあり、客が少なく、ダニカはよい話し相手になってくれた。それですっかり、私はこの店に足しげく通うことになったのだった。


 好きだとか嫌いだとか、相手を好ましく思ったり、憎らしく思う気持ちは生前となんら変わらない。


 ダニカは若くに夫を亡くし、この店を切り盛りしているというのである。折を見て私が吸血鬼であるということを打ち明けたが、予想通り彼女はさして嫌な顔もせず、また自分の話をしはじめるのだった。

 おかげで、私は10年来の友人と同じくらいの情報を得た(口を挟むすきがなさ過ぎて、ダニカはまだ私の名前を知らない)。


 すっかりその店を気に入った私は、珍しく昼にその店に行った。サングラスや遮光マントでなんとかして真昼を避ければ、職務質問に声をかけられるほかは融通がききもするのだ。

 すると、もう一人。明らかに身なりの怪しい男がやってきたのだ。

 その男は明らかに挙動不審で、同じようにサングラスとマントといったいでたちだった。まだそう歳をとってはいないはずなのに、ヒッピーと部屋の隅のホコリを混ぜ合わせたような時代遅れな恰好をしていた。

 同族というのはなんとなくわかる。この暑い中でコートを着ているのだから一目瞭然である。前述したように、吸血鬼は吸血鬼が嫌いである。


 ところで、同族というのはおぞましいアンデットであるというばかりではなかった。

 その男は、きょろきょろと誰かを探しているようなそぶりをしていた。私は、さてはダニカを探しているのだろうとピンと来た。なぜなら、私もダニカのシフトに合わせてその店にやってきていたからである。


 私は、飲み終わったジュースの紙コップを握りつぶすと、再びカウンターへと趣き、いつもは買わないお高いハンバーガー・セットを再び注文した。ゆっくりと席に着くと、そ知らぬ顔で今度はコーヒーをすする。男はますます頭に血を登らせて、カッとなって膝をゆすり始めた。


 吸血鬼に明るくない皆さまに解説すると、吸血鬼は電話には不向きなら、電話越しに物音を立てることができる。吸血鬼の中には、やけっぱち半分でモールス信号を覚えているものも多いのである。ただし、モールス信号が普及した1830年代後半ごろからの生まれに限ることが多いが。

 つまり、この男は貧乏ゆすりを刻んで私に罵詈雑言を浴びせていたのである。


 どんなやりとりがあったのか、品性のために詳しく記すわけにはいかない。

 あいつの行く手に茜と山査子の棘があるように!


 私も机のふちをとんとんと叩き始めた。しばらく水面下でのののりしあいが続いたが、音はぴたりとやんだ。

 ダニカが現れたからである。

「あら、お二人とも、ゆっくりしてらしてね」

 ダニカは人差し指を唇に当てると、男にコーヒーを足した。男はでれでれと頬を緩めた。しかし、ダニカは私の好物のポテトをそっと袋に足した。

「サービスしておくわ」

 そしてウィンク。


 ダニカが去ってから、私と男の口喧嘩は熾烈を極めた。


 私たちはできうる限りゆっくりと食べ物を平らげながら、外交的にありとあらゆる威嚇行動をとっていた。髪を撫でつけるふりをして鏡を取り出し(吸血鬼に鏡が必要なものか!)日光を反射してこちらに当てようとする。

 ならば、と、私は、これ見よがしにフォークとナイフで十字を作る。私は信心深くないために効果がなかったが、男には効いたようだった。肉の焼けるにおいが余分にしたような気がする。

 私の向かいの大学生が席を立ち、男の隣の席の客が場所を変えた。私の隣をちらりと見た新しい客が、持ち帰りに変更していた。


 しかしながら、こうして店に通うこと数か月。我々の争いは不意に終わった。


「紹介するわね、ラッキー。これ、うちのよ」

 ダニカの夫を紹介されたときの、その時の我々の顔といったら!

 男は尻尾をはやした毛むくじゃらで、私たちよりもずいぶん若かった。ダニカはうっとりした目を向け、男を腕を組む。そういえば、人狼も一応はアンデットのくくりとして、死亡手続きをとるのだったか。

 同胞を見ると、男もまたなんとも言えない顔をさらしていた。

 我々は未亡人の解釈に頭を悩ませながらも、自己紹介の代わりに遠吠えを見せる男の鼻先を見て震えあがっていた。


 次号、余力が残っていれば、「吸血鬼の土曜日」にて、吸血鬼の憂鬱について語ろうと思います。

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