編集者より
『月刊! イモータル』で連載したエッセイを再び世に出すかどうか、なんどもルークさんと話し合った。何度か色よい返事をもらったものの、次に会う頃にはやっぱりやめたいと言われる。
ふざけた文章からは想像もつかないが、ルークさんは割と繊細なところがある。
本業の『真の吸血鬼が送る、本格ミステリー!』が想像以上に売れなかったのを気に病んでいるらしい。
そんな宣言と撤回の日々が続いて、そろそろはっきりと決めてもらおうかと思っていたときだ。
何度目かの「やっぱり、やめよう」を聞いて、ぼくがこの原稿を持ち帰っているとき。いっそ、この原稿をガスコンロで燃やして、なかったことにしようか、なんて思っていると、そういう時に限って、ルークさんから電話がかかってくる。
無言の電話だ。
ルークさんは吸血鬼だから、電話で声は聞こえない。
なんとなく「やはり、考え直したいのだが……」とルークさんが言っている気がして、こちらから自宅に出向くことになった。夜になっても起き出しては来ず、ルークさんは棺桶の中で眠りを迎えていた。吸血鬼が深く眠ると、次に目覚めるのはいつになるか分からない。果たして、生きていると言えるのかどうか。
とりあえず、1年ほど待ってから、ルークさんが大嫌いだった役所に出向いて、『一時的アンデット失踪届』を提出した。この手続きもまたくせもので、吸血鬼は心臓が止まっているわけだから、例えば、寝たふりなんかしていたら、ぼくらにはさっぱりわからない。
役所の人たちは、テープやチョークでルークさんが動いていないかどうか念入りに確かめていった。少し期待したが、いたずらというわけではないようだ。
『一時的アンデット失踪届』はきちんと受理され、ルークさんは彼の子孫の家で眠っている。
さて、そういうわけで、ぼくの手元にはこの原稿が残った。
いちおうルークさんは消滅してはいないから、この原稿の処分にはたいそう困った。
ルーク・デッドマンさんがルーク・クラークさんだったころの、愛すべき直系子孫であるひ孫のヴィッケル君。彼は広大なクラーク農園の時期当主でもある。
ヴィッケルくんにお伺いを立てたら、一筆。「ユーリくんにお任せする」と書かれた遺言状をもらった。あまり連絡をとっていないと聞いていたので、正直びっくりした。
無論、役所嫌いのルークさんのことであるから、遺言状の形式なんて知ったこっちゃない。そもそも吸血鬼は死者であるから、この遺言状が有効であるはずもない。
数か月間、かさばった原稿をどうしようかと思っていたが、いろいろ考えて、やっぱり世の中に出してみることにした。最後の稿を除いて、一度は『月刊! イモータル』に載っていたものだし、とくに『吸血鬼とヴァンパイア・ハンター』の項は、ルークさんも嫌がるだろうが、気の迷いだろうがなんだろうが知ったことではない。
死人に口なし、というではないか。
ルークさんなら、きっと、「楽しんでいただければ幸いである」、なんて言うことだろう。ひょっとするとまた起き上がって、庶民派吸血鬼の生活を聞かせてくれるかもしれない。
ところで、ジェネシスさんは、ルークさんが言うほどおっかない人でもない。ぼくからしてみれば、『月刊! イモータル』みたいな雑誌に、ジェネシスさんが『偶然にもその回だけ』目を止めるなんて不可能だ。
それになにより、ぼくにいろいろな手続きを教えてくれたのは、ほかでもないジェネシスさんでしたよ。
というわけで、ルークさんはそこそこ愛されているわけですが、ご自分でお気づきでしょうかね。マスコットという意味かもしれませんが。
とにかく、次回はもうちょっと自分の周りに自覚的になられることを、若輩者の身から申し上げております。ルークさんが目を覚ます頃に、ぼくが生きてるか分かりませんし、数年後には編集長の座についてるはずですし、そうでなくってもとびきりうまくやってると思う。
私信になりますが、原稿料は、曰く「死んでいるせいで開設するのに死ぬほど苦労した」という、いつもの口座に振り込んでおきます。
すべての吸血鬼たちが、太陽か月とともにありますように。