吸血鬼の血統・前編
今回は、吸血鬼の血統についてお話いたします。
●二つの吸血鬼
吸血鬼病には二種類あった。
遺伝的な要因でなる吸血鬼病と、吸血鬼との接触で感染する吸血鬼病である。あった、というのは、今では感染型吸血鬼はほぼ存在しないからだ。
16世紀を最後に、人を故意に吸血鬼にする力を持った吸血鬼は、もはやこの世界にはいないとされる。今は、遺伝型の吸血鬼がぽつらぽつらと姿を現し、ゆるやかにこの世界に姿をとどめているのみである。
●『クラシカル』マケドニアの落とし子たち
ウストレル、ストリゴイ、モロイ、……吸血鬼に似たようなものを言い表す言葉は東欧に数多くあったが、被害は少なく、民間伝承レベルに留まっていた。
真に「吸血鬼」と呼ばれる者たちの恐怖は、『クラシカル』と呼ばれる者たちから始まった。
15世紀。たった一人の吸血鬼女王がイギリスに現れた。この変異体の吸血鬼は、『レディ・マケドニア』と呼ばれている。マケドニアはヒトからヒトへ『吸血鬼』を感染させる、唯一の感染型吸血鬼であり、吸血鬼の黄金時代、16世紀を築き上げた。
感染型吸血鬼とは、二重に血統を持つ吸血鬼である。
つまり、彼らには二種類の家柄がある。生来のもの。「誰から血を分けてもらったか」という、死んでからのものである。
クラシカルはレディ・マケドニアの下、二重血統を操り、血族結婚を繰り返す。調査によると、真に庶民の生まれだったようだが、マケドニアはイギリス貴族の血の正当を主張した。多くの狂気と吸血鬼を生み出しながら、絶えず一族の血を強めようとした。
試行錯誤を繰り返したが、女王であるマケドニア以外に、他者への感染力を持つ吸血鬼は発見されなかった。マケドニアの落とし子たちは孫を作ることができなかったというわけだ。
ただ一人、リサという女性がその力を持っていたとされているが、早くに没したという。
●クラシカルの傍系『ラットルート』
クラシカルの隆盛とともに、同時に、どこのものとも知れない、「生前の血統をもたない」野良吸血鬼たちが現れた。マケドニアは一族に迎え入れるべきものかどうか、生来の血統で判断していた。そのほかに、邪魔者を「黙らせる」目的でヒトを吸血鬼にすることがあったが、そのみそっかすが『ラットルート』というわけだ。
マケドニアの落とし子でありながら、たいした力を持たないとされた彼らは、連中からは卑下を込めて相対的に『ラットルート』と呼ばれていた。
彼らは誇りもなければ、一番しぶとく弱点も少ない。血が薄いものの中では、素性を隠して人と暮らしたものが多くいた。症状によるが混血が可能であり、生まれた子はほとんどの場合人だった(ヒトでない場合は、それ以上成長しないので死産である)。このラットルートは、現在の遺伝型吸血鬼の始祖であろうといわれている。
●クラシカルの最後
吸血鬼の遺伝子とは、この上ない致死遺伝子である。
吸血鬼になれば、子供を増やせない。レディ・マケドニアは生まれながらの吸血鬼であったというが、彼女の直系子孫は存在しようがない。
1579年、女王はきわめて長生きをしたが、床に臥せるようになった。吸血鬼化が上手くいかないようになり、仲間が増えなくなった。厳選に厳選を重ねた人材が、吸血鬼になれずに死んでいく。
1591年、マケドニアは館の火事にまかれて灰になった。
これにより、クラシカルの多くが殉死を選び、それ以上のものは身を隠すようになった。
クラシカルの大いなる過ちは、吸血鬼の血を濃くすることなんてできないということに気が付くべきだったことだ。
つまり、完全な『血の濃すぎる』吸血鬼として生まれればそれ以上年を取らぬ死んだ赤ん坊であり、感染させられた吸血鬼の血は、女王の血よりも濃くなるわけがないそれ以上数を増やすことはできない。
血が薄まっていくことはあったとしても、濃くなっていくことはない。マケドニア一族は結局、滅びていく定めの生き物だった。人に感染するものであろうとも、しないものであろうとも。
私の子孫の中には、燃えるような赤毛もたびたび生まれたけれど、どんどん私たちから遠ざかっている。ふとした表情に、懐かしきアビーを見出すこともあるけれど、一番似ていたのは孫の代だった。それからは、彼女は姿を現さない。
●吸血鬼の血液型
ところで、吸血鬼にも血液型というものがある。感染型の吸血鬼は、同じ血液型の吸血鬼にしか感染させることができなかった。適性のないものは血が固まって死んでしまう。それは、吸血鬼の拒絶反応というよりも、血液の凝集反応であった。
最新の研究で、『クラシカル』の血液型は、ほとんどの場合A型だったことが判明している。マケドニア女王の寵愛を受けることができる選ばれ詩クラシカルの才能とは、なんのことはない。「A型であること」。血液型が発見されたのは、1900年。オーストリアの化学者、カール・ラントシュタイナーによるものである。
O型の、万人に感染させうる吸血鬼が生まれれば、世の中は新たな恐怖に陥るかもしれない。
ただ、私は、おそらくそういうことはもうないのだと思う。
人類をすべて吸血鬼にしようと企んだ者は既にいた。
次回、『インジェクション』と、現代の吸血鬼について話そう。