吸血鬼とヴァンパイア・ハンター・前編
【前回までのあらすじ】
よもや、ジェネシスさんが『月刊! イモータル』の読者だとは、まさか思ってもおりませんでした。偶然にも、立ち読みをしていたところ、たまたま原稿をお読みになったということです。電話口でそう語っておりました。
もちろん、無力なヴァンパイアであるこの私が、電話越しにお返事することなどとうていできませんが、先方は、どうしてだか私が言ったことが分かったようです。
私がジェネシスさんに語ったとされるいくつかの単語はまったくもって誤解であるというほかありませんが、それはある意味で、長年の付き合いのなせるわざというものです。
誠に勝手ではありますが、今回は予定を変えて、ヴァンパイア・ハンターについて。とくに、『ヴァンパイア・ハンター協会』について述べようと思います。
●ヴァンパイア・ハンター協会
ヴァンパイア・ハンター協会は、NPO(非営利組織)である。原則的に、フィクションの中以外のすべてのヴァンパイア・ハンターはヴァンパイア・ハンター協会に属している。
以下に、ヴァンパイア・ハンター協会のホームページから文章を引用する。
”我々全米ヴァンパイア・ハンター協会は、福祉活動の一環として、『ヴァンパイア登録』をしたヴァンパイアに、国が定めるところの基準をもって、専門の知識を持った付添人を紹介しております。
付添人は、吸血鬼に関する資格を持った、身元のしっかりした人物です。
我々、協会は、所属するすべての人員が吸血鬼の『専門家』であります。
市民の皆様、ご安心ください。我々はヴァンパイアの社会復帰をお手伝いしているとともに、すべてのヴァンパイアの動向を把握しております。
ご家族やご友人がアンデットになったことでお悩みの方は、ぜひとも我々にご連絡ください。
連絡がない場合でも、どのみちお宅へ伺うこととなります。”
(『全米ヴァンパイア・ハンター協会』のホームページより引用)
上記の文には、なんというか、まあ。吸血鬼から見れば少しだけ「市民目線」のきらいがあるが、ヴァンパイア・ハンター協会の活動とは、要するに以上のようなものである。
一度死んだヴァンパイアをまた殺すのをモットーにしていた時期があったかと思えば、だいぶマシといえるのではないだろうか。
彼らは高い戦闘能力を持った吸血鬼の『専門家』で、彼らの活動の目的は、『吸血鬼を社会から孤立させないこと』である。
覚えてらっしゃる方がいるかと思うが、吸血鬼登録のためには、彼らと面談をする必要があることを述べたと思う(『吸血鬼と役所手続き 後編を参照』)。
話し相手がいるというのは、たぶん、良いものだ。
●ヴァンパイア・ハンター教会がヴァンパイア・ハンター協会になるまで
狩るものと狩られるもの。
かつては深刻な争いを繰り広げていた吸血鬼とヴァンパイア・ハンターであったが、今やその様相はほとんどなりを潜めていると言っても良いだろう。
『吸血鬼の職業』でもほんの少し触れたが、吸血鬼だってヴァンパイア・ハンターになれる。
こういった共生関係を築き上げるまでには、長い時間を要したものだ。
16世紀、ヴァンパイアの全盛期。
かつて、ヴァンパイア・ハンター協会は、『ヴァンパイア・ハンター教会(※1)』と呼称されていた。『教会』は、異端審問官を務める裁判所から派生した組織である。
吸血鬼である私にとっても、昔、昔の話。「良き人格」を持った吸血鬼でさえ、どんな吸血鬼も、例外なく燃やされた時期があった。ただし、どんな人間も燃やせば灰になるので、吸血鬼の数は多く見積もられ過ぎていたに違いない。
16世紀ごろ、それまで吸血鬼になるのは『不審死を遂げたもの、道徳に背いたもの』とされていたが(それでも結構ひどい)、吸血鬼になるのは、もともと悪しき魂を持つ者であると主張されはじめた。この考えは19世紀ごろまで根強く続くが、19世紀の吸血鬼テロ集団『インジェクション』の活動によって、世論は真っ二つに割れた。
『インジェクション』についてはまた別の機会に述べるが、こいつらは吸血鬼から血液を抜き取り、別の人間に注射するというやり方で吸血鬼を増やそうとしたテロ組織である。しかも、彼らは人間の集団であった。
実際のところ、注射器での吸血鬼の感染率はそれほどでもなかったが、明日、自分が吸血鬼になるかもしれないという恐怖が、吸血鬼になった後のセーフティー・ネットを発展させたのである。
真っ二つに割れた教会の一派が、のちの『ヴァンパイア・ハンター協会』の礎となった。出自から、主にカトリック系の組織であるが、宗教色はだいぶ薄れて今に至る。
『ヴァンパイア撲滅』を掲げたヴァンパイア・ハンター教会の方は、20世紀ごろまで猛威を振るっていたが、指導者であるオリヴィア・レイが吸血鬼に感染したことで、事実上崩壊した。
いい気味だと言うには、インジェクションの所業はあまりにもむごたらしいものだ。まだ9歳の少女が、今も9歳のまま、アメリカのどこかで眠りについている。
ヴァンパイア・ハンター協会は、ヴァンパイアに力の制御を教えてくれる。ヴァンパイアが何か悪さをするならば、それはヴァンパイアという種族のせいではなく、個人の責任であるというのが彼らの立場である。
ありがたいことであるとともに、つまりは個々人のだらしなさを暴かれるようで心が痛い。
なんだか、きわめてまじめなお話になってしまった。困ったものだ。これをジェネシスさんのせいにすれば、またとやかく言われそうである。
次回は(※まだ命があれば)現代のヴァンパイアハンターや、ヴァンパイア・ハンターとの個人的な親交についてお話いたします。
(※1)……私はアメリカ人ですから、Church(教会)とAssociation(協会)との混同はしません。