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はじめに――吸血鬼は実在する。吸血鬼が言うんだから、間違いない

●吸血鬼

 吸血鬼ヴァンパイア

 ひょっとすると、みなさんは吸血鬼をご存じだろうか。


 吸血鬼とは、人の血を啜る夜の住民。夜な夜なコウモリや霧などに姿を変え、民家を襲い、あるいは豪奢な館を構えて美女を侍らせ、饗宴を催し――。

 とまあ、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ伯爵』をはじめとして、フィクションの中での吸血鬼の活躍は枚挙にいとまがないが、それはあくまでもフィクションの中での話だ。

 実際の吸血鬼は、もちろんフィクションの吸血鬼とは違う。


”実際の吸血鬼”ということばに驚かれたみなさま。

 吸血鬼は、ほんとうにこの世に生きているのだ。


 もちろん、私は、「吸血鬼は死んでいるから、生きているとはいえない」だとか、「吸血鬼は存在する。フィクションの中に」だとか、そういう言葉遊びをしたいわけではない。

 およそ1世紀。この私の身体が心臓を止めてから、今なお動いているように、吸血鬼は実在する生き物である。


●それはまぼろしか

 21世紀に入ってなお、吸血鬼は未だに幻の存在だと思われている節がある。フィクションの吸血鬼と違って、ホンモノの吸血鬼の知名度はおそろしく低い。

 「あなたは吸血鬼を信じますか」という調査にイエスと答えたアメリカ人は、全体のわずか28パーセントに留まる。


 ホンモノの吸血鬼を知っている人たちはごくわずか。理由は、実にはっきりしている。

 吸血鬼がレンズに写らないからである。


 吸血鬼は鏡に映らない。それどころか、写真やビデオにも映らない。

 吸血鬼とテクノロジーというのは、どういうわけだか昔っから相性が悪い。センサーが吸血鬼を感知しないので、自動ドアはびくともしない。

 映像がどうという話とはちょっと違うが、電話もそうだ。電話越しにも、声を届けるのは難しい。声はかすれてしまってとても喋れたものじゃない。


 吸血鬼の存在を証明するのは、並大抵のことではない。よしんば、世界中の吸血鬼が徒党を組んでテレビ局を占拠したとしても、誰一人カメラに映らないんだから。


 心霊写真だって、なにかしら霊や死人やそれっぽいものが写っていてこそやっと心霊写真と呼べるようになる。何もない空間でガタガタ揺れている食器棚の映像を見せられたところで、一般の人々にはポルターガイスト現象と見分けがつかない。

 吸血鬼が映像に残らないのは惜しいものである。ほとほと、吸血鬼は発明と高画質には縁がない。プライバシーなんてものが叫ばれるようになるはるか昔から、吸血鬼のプライバシーは万全である。


 吸血鬼の存在を信じるには、実際に会うか、自称するものを信じるか。はたまた、信頼できる機関が発表する吸血鬼統計をエイプリルフールじゃない日に見るだとか、あるいは、フィクションの山に隠れたほんの僅かなほのめかしを信じるだとか(最後のは、変な宗教に騙されないように注意した方がいい)。


 つくづく、『月刊! イモータル』が本屋でフィクション・ファンタジーの棚に並んでいるのはどういうことか。ナショナルジオグラフィックがフィクションの棚に並んでいるのと同じくらいおかしいことじゃないのか。


 私のようなアナログ気質の吸血鬼にできることは、ポルターガイストよろしく、こうやって大人しく文章をつづることくらいである。



●ところで……。

 吸血鬼の存在を信じていただけたとしても、まだ問題がある。

 たとえこの世に吸血鬼が存在しているとしても、私が吸血鬼であると証明するのはぞっとするほど難しい。

 ひょっとすると私は、自分が吸血鬼だと信じている狂人なのかもしれない。どうか、ここが檻のある病院ではありませんように。


 実際に私の元に足をお運びいただければ、話は簡単なのであるが。手鏡でも向けてもらえればいい。もちろん、間違っても私に日光を当てろという意味ではない。鏡の中に、私の像が映らないのを確認してもらいたい。

 その気があるなら、ほんのちょっと『元気』を分けてくれてもいい。


 安心してほしい。実際の吸血鬼は意外とおとなしい。

 この現代社会の中で、おいそれと不法行為ができようはずもない。ちょっとでも怪しいそぶりをしようものなら、すぐさまヴァンパイア・ハンターが飛んでくる。

 なにかやらかせば、対アンデット食塩弾を装填したエコロジカルな拳銃と、『人間に対して暴力的で有害なアンデット対策国際条約』、通称<困ったときはぶっ放し>法がすぐさま我々を灰に還すことだろう。




 WVO(世界吸血鬼機構)の調査によると、現在のところ、吸血鬼はアメリカにおよそ30万人。あるいは体、あるいは匹。桶(coffin)なんて笑えない数え方もある。

 吸血鬼は死んでいるので、もちろん総人口には含まれていない。

 言うまでもなく、世界の主役は数十億の生者たちだ。

 我々はカーテンの裏に引っ込んで、大陸の隅っこでつつましやかに生きている。


 本稿は、2015年ごろから『月刊! イモータル』に連載したコラムを加筆修正してまとめたものである。

 本稿を通して、少しでも我々吸血鬼のことを知っていただければ幸いである。


 吸血鬼は実在する。

 吸血鬼が言うんだから、間違いない。

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