第8話 ナボン太守の館
俺たちと姫さんの一行は、コンスルミラの大通りを北へ、脇道それずにまっすぐ進む。
やがて町の真ん中、日時計がある広場を抜けたところで、姫さんが右手を指差した。
「――着いたぞっ! あれが今、私が滞在しているナボン太守の館だっ!」
周囲の家や店と同じ石造りだが、ずっとでかくて豪壮な館だ。
「立派なお屋敷ね。主はどんな人なのかしら?」
「ナボンのことか? 頭の回転は鈍いが、強くて勇敢な男だぞ。一月前にサンドレオと休戦が成立するまでは、あの帝国の軍勢が度々ここまで攻め込んできたものだが、その都度あいつの武勇のおかげで、どうにか撃退できている」
「強くて勇敢、ね。ところで……中がずいぶん賑やかみたいだけど?」
サーラがとんがり帽子の広い鍔を持ち上げ、その下から太守の居館をあおぎ見た。
館の中からは、何やら陽気な歌声、笑い声が聞こえてくる。まだ昼にもなってねえってのに、どんちゃん騒ぎでもしてるんだろうか。
「あれはナボンじゃない。少し前からこの館に滞在している、客人たちだ」
「なんだ、先客がいるのかよ?」
「ああ。お前も以前会ったことのある方々だぞっ、フランメリック」
「へ? 俺も……?」
「実はな、その客人たちことで、お前に相談というか、頼みがあるのだ」
頼みってなんだよ――そうたずねようとしたが、できなかった。俺たちが館の門前に着いたところで、迎えが出てきたからだ。
「姫様あぁあぁ~!」
門を押し開けるなり、どすんどすんと出てきたのは、ずんぐりした体に緑の肌を持ち、頭に短い角を二本生やした大男だった。熊の毛皮でつくった簡素な服を身にまとい、太鼓腹に革の腰帯を締めてる。
大男は路上に姫さんの姿を認めるなり、牡牛の咆哮にも似た野太い声を張り上げた。
「どこ行ってましただあぁ~! いきなり飛び出していかれるからぁ、ナボン心配してましたぞおぉ~!」
「……鬼人だと?」
驚いたのか、デュラムが一歩、後ずさった。
そう。その大男は、人間じゃなくて鬼人だった。腕っ節が強く、力仕事が得意な反面、頭が弱くて難しいことを考えるのが苦手な種族だ。
「あの人が、ナボン太守?」
意外な種族が現れて、サーラも目を丸くしてる。
「そうだ。ああナボン、心配をかけたようだな。見ての通り、今戻ったぞ。客人を連れてきたから、もてなしの準備を頼む」
「きゃ、客人~? んんんん~?」
鬼人こと、ナボン太守のでっかい眼が、ぎろりとこっちをにらんだ。ぎょろり、ぎょろりとよく回る、黒い瞳が俺たちを順に観察する。
まずはデュラム、次にサーラ、そして俺……。
この太守様、今にも「お前たち気に入らん!」とか言って、暴れ出すんじゃねえか。見られてる間、そんな予感がして冷や汗もんだったが、
「ぶ――ぶわあはははははあぁ!」
突然、ナボン太守が破顔一笑、豪快に太鼓腹をゆすって笑い出した。
い、いきなりなんだよ? そう思ってたら、相手は両手を目一杯広げ、大口開けて曰く、
「姫さまの客人、ナボンの客人! ナボンもてなすぅ~! もてなすぞおぉ~!」
とのこと。そのまま俺たちに背を向けると、ずしんずしんと地響き立てて、館の中へ入っていく。いかにもご機嫌って感じで「もてなすぅ♪ もてなすぅ~♪」とか歌いながら。
「よかったな、フランメリック。ナボンに気に入られたようだぞっ!」
鬼人の後ろ姿を見送りながら、姫さんがぽんと俺の肩を叩いた。
「……お、驚いたぜ。鬼人が、町の太守なんざやってるなんてさ」
妖精や小人など、様々な種族が共存するフェルナース大陸だが、最も数が多くて幅を利かせてるのは、やっぱり人間だ。鬼人が町の統治を任されてるなんて、珍しい。
それを姫さんに言ってみると、フォレストラの王女様は苦笑まじりに同意した。
「そうだな。この国でも人間以外の種族が治めている町は、ここの他には二つか三つくらいだ。それはそうと……さあ入るぞ、フランメリック。大したもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれっ!」
入り口で立ち話もなんだからってことなのか、姫さんは多くを語らず、さっさと館へ入っていく。
「あ、おい姫さん……ちょっと!」
先客もいるみてえだし、そのうえ明日にゃ、サンドレオの使節団がこの町へやってくるって話じゃねえか。そんなときに、邪魔しちまっていいのかよ?
そんなためらいもあったが、こうなっちゃ仕方ねえ。俺たちも、後に続くことにしよう。
デュラムやサーラと肩を並べ、俺は足を踏み入れた。
この町を治める、ナボン太守の館に。