第6話 その格好はやめてくれって言ったのに
「さてと。問題はこれから、どうするかってことよね」
朝飯が終わって、ほどなく。俺たちは食後の茶を飲みながら、今後のことについて話し合いを始めた。
「あの神様、また俺たちを誘いにくるって言ってたよな?」
「ええ。『気が向いたら』なんて言ってたから、すぐにってわけじゃなさそうだけど」
「今度も戦うことになりゃ、そのときはどうするか……」
昨日メラルカと戦ったときの、自分の不甲斐なさを思い出す。
昨日の俺は、あの神様に対して手も足も出なかった。奴が繰り出す炎の渦は避けるしかなかったし、思い切って斬りかかってみても、俺の剣は奴の体をすいすいと擦り抜けちまう始末だ。
もし、あの神様がまた現れて、今度は本腰上げて襲ってきたら……どうする?
「メラルカには貴様の剣だけでなく、私の槍も通じなかったからな。おそらく、弓であれ戦斧であれ、他の武器でも結果は同じだろう」
「ああ。サーラの魔法は、いくらか通じるみてえだったけどな」
「あんなの、神様にとっては蚊に刺されたようなものよ。大して効いてなかったわ。それに、あのときはメラルカ様の不意を突いて当てられたけど、同じ手は二度も通じないでしょうね」
「うーん、次に会うときまでに、何か打つ手を考えねえとな……」
「警戒しなければならない相手は、メラルカだけではない」
と、デュラムの奴が、別の話を持ち出してきた。
「あの神の眷属も、充分脅威だ」
「眷属って、ラティさんのことか? あの人、そんなに危険にゃ見えなかったぜ?」
身軽で逃げ足は速かったし、気も強そうだったが、俺たちがメラルカと戦ってる間、あの人は一切手出ししてこなかった。こんなことを言っちゃ本人に無礼かもしれねえが、手よりは口の方が達者で、戦いは得意じゃねえって感じだったけどな……。
「私が言っているのは、あの女のことではない」
「それってデュラム君、昨日あなたの前に現れたっていう、黒ずくめの男のこと?」
「……! そう言えばデュラム、お前そんなこと言ってたな」
これは昨日、火の神が去った後で、このすまし屋の妖精から聞いた話だが……俺やサーラと別れてラティさんの行く手に回り込もうとしてたとき、デュラムは何者かに襲われ、傷を負わされたらしい。本人曰く、襲ってきた奴は黒い装束に身を包んでて、多分人間の男だってことくらいしかわからなかったそうだが。
「メラルカ様は『途中で邪魔が入らないよう、あっちの道には足止め役を置いてあった』とか言ってたわね。それって、そいつのことなのかしら?」
「おそらくは。神の眷族だけあって、恐ろしく手強い相手でした。どうにか退けることはできましたが、下手をすれば私がやられていたでしょう」
「お前がそこまで苦戦したなんて、本当かよ?」
「認めたくはないが、森の神ガレッセオと風神ヒューリオスにかけて、事実だ」
俺から微妙に目をそらしてそう語る、デュラムの右手が左腕へと伸びた。そこにゃ亜麻布の包帯が幾重にも巻かれ、うっすら血が滲んでる。昨夜、こいつが怪我してることに気づいた俺が荷袋から引っ張り出してきて、魔女っ子が巻いてやったもんだ。
その下に、サーラの魔法でも一度じゃ治しきれなかったひどい傷――猛禽の鉤爪に引っかかれたような深い切り傷があることを、俺は知ってる。他にも、似たような傷がいくつか妖精の胸や脚にあって、手当てがしてあるってことも。
デュラムは冒険者としちゃ、かなりの手練だ。こいつにあんな痛手を負わせる以上、相手は相当手強い奴だってことになる。襲われたデュラムはもちろん、俺とサーラも用心しなくちゃならねえだろうな。
……そいつがまた襲ってこないなんて、誰にも言い切れねえんだから。
腕組みして、そんなことを考えてると、
「失礼するぞ、ご主人!」
バン! と勢いよく出入り口の扉が押し開けられ、いくつもの人影が食堂に踏み込んできた。
「なんだ?」
突然のことに目を丸くして、思わず腰を浮かしちまう俺。入ってきたのは鎧兜、鎖かたびらに身を固めた戦士たちだった。その数、およそ十人余り。金属の補強が入った革靴で床を踏み鳴らし、驚く客たちを押しのけるようにして、店内のあちらへ、こちらへと散開する。
無駄のねえ、きびきびした動き。何かを探してるような、素早く抜け目のねえ目配り。
「あれは……冒険者じゃねえな」
「ええ。この国の――フォレストラ王国の戦士たちだわ」
「やっぱりか。こんな宿屋で、何探してるんだろうな?」
サーラとそんなひそひそ話をしてた俺だったが、その後ほどなく、他人事じゃねえってことがわかった。戦士たちの一人が俺たちに目を留め、こんな声を上げたんだ。
「人間と妖精の男、それに魔女の冒険者……! いたぞ、あの三人だ!」
戦士たちの視線が一斉にこっちへ向けられ、俺はぎょっとした。
「お、俺たちかよ? 探してたのは」
身の危険を感じて剣の柄に手をかけたものの、そのまま鞘を払っていいもんかどうか、迷っちまう。相手を本当に敵と見なしていいもんか、連中の目的がなんなのか、見当がつきかねたからだ。
俺が剣を抜くのをためらってる間にも、フォレストラ王国の戦士たちはどしどし押し寄せ、俺たち三人を取り囲む。奴らが手にした剣、槍、斧――それらの刃が、窓から差し込む朝日を浴びて、ぎらりと光った。
「ちょ、ちょっと待てよ! 話せばわかるって、多分!」
右手を開いたまま突き出し、「待った」の合図をしてみせる。
「俺たちゃ別に、おたずね者とか、そんなんじゃねえぜ?」
無言のまま、包囲を解こうとしねえ戦士たち。俺が再度身の潔白を訴えようとすりゃ、デュラムが壁に立てかけてあった槍を引っつかむなり、石突きで床をダンッと一打ちした。
高らかな音が店内に響き渡り、何事かってざわめいてた他の客たちが、一瞬で静まり返る。胆がすわってそうな戦士たちも、さすがに一歩、退いた。
「下がっていろ、メリック――森の神ガレッセオ、風神ヒューリオスにかけて!」
「デュラム? けどよ……!」
こんなときに、仲間の後ろに隠れてるなんてできるかってんだ――そう言おうとした、そのとき。
「何をしているお前たち、武器を下ろせっ!」
聞き覚えのある声が、戦士たちの背後で上がった。一体誰かとそちらを見やれば、開け放たれた戸口に一つ、人影があるじゃねえか。
「こんなこともあろうかと、様子を見にきて正解だった! お前たち、この者らを見つけたら手荒な真似はせず、丁重にナボンの館へ案内するよう命じたはずだぞ――道を開けろっ!」
最後の一声を聞くなり、戦士たちがさっと左右二手に分かれ、戸口から俺たちの許へいたる一本道をつくった。
声の主はその道を通り、颯爽とこっちへ歩いてくる。
以前と同じ、きわどすぎる格好で。
「久しぶりだな異国人っ! いや、フランメラルドの息子フランメリック!」
「あ、あんたは……?」
俺の目に映ったのは、水着と見紛う革鎧で最低限、隠すべきところだけを隠した露出過剰な美少女だった。うなじのあたりで適当に切った緑の髪を揺らし、ぴんと跳ね上がった眉の下で翡翠の瞳を輝かせてる。狼の毛皮でつくった外套を羽織り、弓と矢筒を背負ったこの人は……まさか、あのときの。
「……ひ、姫さん?」
「覚えていたかっ、フランメリック!」
愛と美の女神もうらやむ、きれいな顔をぱっと輝かせ、その女の子――フォレストラ王国の王女様は歓声を上げる。そのままいそいそとこっちへきたかと思えば……おわっ! いきなり俺の首に両腕を回して、力一杯抱きついてきやがった。
「また会えたな、私は嬉しいぞっ!」
「い? いぃいっ……!」
またもや突然のことに、俺は目を見開いて硬直しちまう。なにしろ、革鎧越しでも充分豊かだってわかる女の子の胸が、俺の胸板にむぎゅうっと押しつけられてるんだ。この状況で何も感じるなって言われても、そりゃ無理ってもんだぜ。
俺も一応……男だからな。
こほん! それより、このきわどい格好の美少女はウルフェイナ、俺は「姫さん」って呼んでる。半年前、俺たちがシルヴァルトの森で出会ったフォレストラ王国の王女様だ。当初は俺たちと敵対して〈樹海宮〉で一戦交えたりもしたが、後には手を組んでカリコー・ルカリコンと戦い、最後は再会を誓って別れた。
こんなところで、また会えるなんて。これも、神々が定めた運命ってやつなんだろうか。