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第4話 ボクは火の神、炎の化身

 魔法ってのは、この世界、フェルナース大陸に存在する様々な驚異や神秘の総称だ。その中にゃ、神々が持つ強大な力――天災を引き起こし、運命を操る力も含まれる。

 今、俺とサーラは、その一端を目の当たりにしてる。正真正銘の、神の力を。


「もう一撃、いってみようかな」


 また魔法を使うつもりのようで、メラルカが再び右手をゆっくりと持ち上げた。頭上に掲げられた腕の刺青が輝き、熱を発する。そして右手が打ち下ろされ――来た!


「おわっと!」


 火蜥蜴(サラマンダー)の舌さながら、長く伸びた炎がしゅるしゅると、宙に螺旋を描いて飛んでくる。今度はサーラが左へ、俺が右へ身をかわし――俺たちの背後で、またも轟音上げて吹き飛ぶ石の壁。

 あんな魔法の炎を、そう何度も撃たせてたまるかってんだ。三度目を撃たれる前に……突撃だぜ!


「うおりゃあぁあぁあぁッ!」


 石畳を蹴って走り出し、メラルカに駆け寄る。腰帯(ベルト)につるした剣を、一気に引き抜きながら。


「ふぅん……そうかい、神に剣を向けるんだ。褒めてあげるよ、その勇気はね」


 段平片手に迫ってくる俺を見ても、火の神は慌てる様子もなく、逃げる素振りも見せねえ。左手を腰にあてて、悠然とその場にたたずんでる。

 あの神様、俺の剣を丸腰で受けようってのか。

 だが、間合いまであと三歩ってところまで迫ったとき、メラルカの足元で――キュボッ! なんの前触れもなく、炎が燃え立った。そのまま神の脚に絡みつくと、見る間に腰、腹、胸を伝って、のど元、顔面へと駆け上がる。メラルカの体は一気に爪先から脳天まで燃え上がり、灼熱の長衣(ローブ)頭巾(フード)に包まれた。

 普通の人間がそんなことになりゃ、胸が五拍も鳴らねえうちに全身黒焦げになっちまうのは目に見えてる。けど、メラルカは神だ。全身に炎をまとわりつかせると、なんとそのまま俺に向かってきやがった。


「ちいッ!」


 先手必勝。奴に手を出される前に、剣を振るって斬りつける。外しようのねえ間合いだったが……どういうことだ、手応えがねえ。俺の剣は、神の肌を切り裂くことも肉に食い込むこともなく、メラルカの腕を擦り抜けた。

 その直後――来たぜ、神の反撃が!


「そぅら……!」

「おわっ!」

「そらっ!」


 メラルカがちょいと左手を一振りすりゃ、火の粉を振りまき燃え立つ掌が、俺を張り倒そうと飛んでくる。そいつを避けても今度は右手が伸びて、俺の肩をむんずとつかみ――(あち)いッ! 灼熱を帯びた神の手が、革の肩当てを焼き焦がす。

 ぶすぶすと嫌な音を立てて、黒い煙が立ち上る。革の焦げる臭いが鼻をつく。全身炎に包まれた男が目と鼻の先にいて、俺を仲間に引き込もうとするかのように、肩をしっかりつかんでやがる――!


「は、離れろよ――近づくんじゃねえって!」


 危険を知らせる音と臭い、そして目前の光景に対する言いようのねえ恐怖に衝き動かされ、俺はめちゃくちゃに剣を振り回した。だが、おかしなことに、俺の剣が何度メラルカの腕や腰を薙いでも、やっぱり全然手応えがねえ。肉を斬り、骨を断つはずの白刃が、どういうわけか神の体を擦り抜けちまう。まるで、透き通った体を持つ魔霊(レイス)と戦ってるような気分だ。


「ちくしょう……どうなってやがる!」

「馬鹿だね、わからないのかい?」


 闇雲に振り回した腕に、いくつも火傷を負って毒づく俺を見て、火の神が笑いかけてきた。頭をすっぽり覆って燃え立つ炎の覆面、その向こうに、にやついた神の素顔が透けて見える。


「考えてもみなよ。ボクは火の神、炎の化身。燃え盛る火炎を切り裂ける剣なんて、この大地の上にあるはずがないだろう?」

「……! なんてこった……」


 今のメラルカは、炎を身にまとってるんじゃなくて、炎そのものと化してやがる。だから奴のどこを狙っても、剣が擦り抜けちまうのか。

 こんな化け物を相手に、どうやって戦えってんだよ……!

 救いの手は、横合いから差し伸べられた。


「万物の創造者にして世界の支配者たる千の神々の一柱――〈大地を潤す女王〉、清らなる水の女神チャパシャ様。あたしに力をお貸しください……」


 不思議な響きの呪文に続いて、そんな祈りの言葉が聞こえてくる。その後、泉の底を照らす陽光みてえな、青い光が視界に差し込んだかと思うと――シュポン! 真横から軽やかな音を立てて、一抱えもある水の玉が飛んできた。

 そう――宙を飛ぶ水の玉、青みを帯びた透明な水球。それが金剛石(ダイヤモンド)さながら、きらめく飛沫を散らして、メラルカに迫る。


(パパ)様、避けて!」


 ラティさんが、悲鳴に近い叫び声を上げる。だが、振り向いたメラルカにゃ避ける術もなく――。

 直撃だった。飛ぶ矢に勝る速さで飛来した水球をまともにくらい、神は派手に吹っ飛んだ。周囲を囲む炎の壁を突き抜け、その向こうの石壁に背中から叩きつけられる。あまりに勢いが強かったもんだから、石壁にビシビシと亀裂が走った。


「ふう……まったく。相変わらず、世話焼かせるんだから」

「サーラ!」


 水の玉が飛んできた方を見りゃ、杖をまっすぐ突き出し、両足を軽く開いて立つ、魔女っ子の姿があった。構えを解くと、杖で肩をトントン叩きながらこっちを見やり、ぱちっと片目をつぶってみせる。


「剣が役に立たないときこそ、魔法の出番なんだから。これで、さっきの借りは返したわよ!」


 ここまで来る途中、あいつが荷馬車に轢かれそうになったときのことを言ってるらしい。


「……へっ」


 俺も笑って、右手の親指をぐっと立ててみせた。


「助かったぜ――ありがとな」


 こういうときは、まず礼を言わねえと。自分の不甲斐なさを恥じたりするのは、その後でもいいだろう。


「ちょいとあんた! よっくもあたいの(パパ)様を!」


 ラティさんがサーラをにらみ、きいっと怒りの声を張り上げた。その怒り様ときたら、さながら全身の毛を逆立てた猫のよう。今にも短靴(サンダル)履いた足で地面を蹴って、一息に跳びかかってきそうな勢いだ。

 だが、そんな彼女を、やんわりと引き止めた奴がいる。


「待ちなよ、ラティ」


 燃え盛る炎の向こうで、束の間動かずにいた火の神だ。


「今日のところは、これで引き上げよう」


 メラルカは崩れる石壁を背景(バック)にゆらりと身を起こし、肩や腕についた砂埃を払い落とすと、自分の娘さんに向かって、そう言った。


「えぇーっ?」


 親父さん――そう呼ぶには若すぎる外見だが――の口から出た意外な言葉に、ラティさんが目を丸くした。


「何言ってるのさ! あいつら、(パパ)様をひどい目に遭わせたんだよ? 絶対許せやしないんだから!」


 ビシ、ビシ、ビシ! こっちを無遠慮に何度も指差して、ふしゃぁーっと息巻くラティさん。


「ほら、(パパ)様! あんな奴ら、(パパ)様の炎で焼いて炭にしちゃいなよ、二人まとめてさ!」


 と、まるで人を薪みてえに言いやがる。きれいな顔して、おっかねえ女の子だぜ。


「大丈夫だよ、ラティ。ボクは平気さ、これくらいならね」


 炎の壁を通り抜け、憤懣やる方ねえ様子のラティさんに歩み寄ると、そう微笑みかけるメラルカ。娘さんの頭にぽんと優しく手を置き、艶やかな黒髪をわしゃわしゃとかき回す。途端にラティさんが、ふにゃぁーっと幸せそうな表情になった。


「あん、(パパ)様……」

「別に、このまま彼らと遊んであげてもいいんだけどね……ああ、どうやらあっちの助っ人が来たみたいだ。ほら、聞こえてくるだろう?」


 メラルカがそう言い切らねえうちに、石畳の上を駆ける、騒々しい足音が近づいてきた。


「メリック、サーラさん!」


 俺とサーラが通ってきた道とは反対の路地から、黒豹さながらの走りでやってきたのはデュラムだ。少々遅い到着だが、途中で何かあったんだろうか。

 駆けつけたデュラムは、炎の壁越しにメラルカの姿を認めて一瞬目をみはったが、さすがは沈着冷静な妖精(エルフ)、状況の呑み込みが早い。すぐに驚きの表情を消し去り、いつものすまし顔で槍を構えた。

 足を大きく開いて、左手を前へ突き出し、槍を握る右手は後ろへ引く。デュラムお得意の、槍投げの構えだ。

 魔物が嫌う白銀を、木の葉の形に打ち伸ばしてつくられた刃の切っ先は、まっすぐメラルカに向けられてる。


「途中で邪魔が入らないよう、あっちの道には足止め役を置いてあったんだけど……どうやら突破されてしまったようだね」


 片目をすがめて、軽く舌を打つメラルカ。


「この様子じゃ、キミたちに今すぐボクのしもべになってもらうのは無理なようだね。時間と場所を改めて、また誘わせてもらうことにするよ――気が向いたらさ」


 そんなことを言って、メラルカはラティさんに右手を差し出した。掌を上に向け、人差し指をくいくい曲げて、「おいで」の合図をしてみせる。


「帰るよ、ボクのラティ」


 ……あの愛しげな笑顔。俺たちに向ける、いかにも何かたくらんでそうな陰謀家の表情とはまるで別物だ。今までは剣呑で油断ならねえ感じしかしなかったが、あんな顔もできるんだな……。


「というわけで、さっきの件だけど、もう一度よく考えてもらえないかな。そのうち、返事を聞きにいくからさ」


 火の神が両手を軽く左右に払うと、それに応えるかのように、周囲の炎がふっと消え失せた。どうやら、本当に引き上げるつもりらしい。


「ああ、そうだ。せっかくだから一つ忠告しておこうかな。キミたち、できるだけ早くこの町を出た方がいいよ?」

「なに?」


 いきなり何言い出しやがるんだ、この神様。


「どうも危険が迫ってるみたいだからね。あと七日もすればこの町……火の海になってるかもしれないよ?」

「な……そりゃ一体、どういうことだよ!」

「そこまで教えてあげるほど、ボクは親切丁寧じゃないよ。たずねてばかりいないで、自分で調べて、じっくり考えてみたらどうだい?」


 メラルカはくるりと頭を回してこっちを見やり、自分のこめかみを指先で叩いた。


「首の上に載ってるその頭、中身が空っぽのはりぼてじゃないんだろう?」

「……っ!」


 口調も表情も、明らかにこっちを馬鹿にしたもんだった。また頭の中が、麺麭(パン)を焼くかまどみてえに熱くなりかけたが、


「落ち着きなさい、メリック。ほら、深呼吸して」


 と、サーラが俺の腕をつかんで、そっと後ろへ引いてくれたおかげで、どうにか抑えられた。


「……ああ。大丈夫だって、サーラ」


 俺は右手の親指、人差し指で眉間をつまみ、深々と息を吸い込んで――吐いた。それから、傍らでこっちを心配そうに見上げる魔女っ子と目を合わせ、


「前みてえに、一人で突っ走ったりしねえからさ」


 と、笑って伝える。それを聞いて、サーラの顔にほっと一安心って感じの表情が浮かんだ。


「……そう。ちょっとは大人になったのかしら、あなたも」

「へっ、まあな」


 照れ隠しに、人差し指で鼻の下をぬぐいながら、ちょいとばかり気取ってみせる。


「俺だって、同じ間違いを何度も繰り返すほど馬鹿じゃねえ。いつまでも子供(ガキ)扱いされちゃ、たまらねえからな」


 ……本当はサーラが引き止めてくれなきゃ、また馬鹿をやらかしてたかもしれねえんだが、それは魔女っ子にゃ内緒だ。


「ふぅん……仲がいいんだね、キミたちは」


 言葉を交わす俺とサーラを見て、メラルカがなぜだか不愉快そうにつぶやいた。その目が、まだ俺の腕をつかんでるサーラの手に向けられ、すっと細められる。


「妬けるじゃないか――このボクがだよ?」

「何言ってるのさ! (パパ)様には、あたいがいるじゃないの」


 親父さんの独り言を耳ざとく聞きつけたらしく、ラティさんがむぅーっとむくれた顔になる。


「おっと、そうだったねラティ」


 サーラに対抗するように、「(パパ)様」の腕をつかんでぐいぐい引っぱる娘さんを、メラルカはゆっくりと見やった。そのときにゃ、もう奴の顔に不快の翳りはなく、代わりに苦笑まじりの微笑みが浮かんでる。


「じゃあ、帰ろうか」

「帰ったらすぐ、ごほうびだからね、ご・ほ・う・び!」

「うんうん、わかってるよ、ボクのラティ」


 そんなことを話しながら、メラルカとラティさんはこっちに背を向け、立ち去ろうとする。

 ……ごほうびってのは、親子で一体何をするんだろうか?


「待て!」


 デュラムが声を張り上げ、左手を前へ、疾風の速さで繰り出した。秦皮(とねりこ)の柄を持つ槍が奴の手を離れ、風を切って一直線に宙を飛ぶ。大股二十歩の間合いを胸一拍分の時間で詰めると、メラルカの背中に見事命中し――擦り抜けた。俺の剣と同じく、するりと。

 燃え立つ炎の化身が、首をねじって妖精(エルフ)を見やり、にやりと歪んだ笑みを浮かべてみせる。次の瞬間、メラルカと、その傍らにいたラティさんの姿がすうっと薄れ、俺が一度瞬きした後にゃ、跡形もなく消え去ってた。息の一吹きでゆらめき消える、ろうそくの火みてえに。

 消え去る直前、ラティさんが振り返り、俺に向かってべえぇっと舌を突き出した――ように見えたのは、気のせいだろうか?


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