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第3話 踊り子さんの父様は

 表通りの明るさ、賑わいとは裏腹に、裏路地は薄暗く、静かだった。

 入ってしばらくの間こそ、荷袋背負った驢馬を引く小人(ドワーフ)や、今にも中身がこぼれそうな水瓶を運ぶ小鬼(ゴブリン)たちと擦れ違った。けど今じゃ、俺とサーラの他に人影は皆無(ゼロ)。進めば進むほど、市場(バザール)の喧騒から遠ざかっていくようだ。

 何度か折れ曲がりはしたが、分かれ道はねえ。このまま全力で走れば、そのうち踊り子さんの背中が見えてくるはずだ。

 もっとも、あの泥棒猫が、左右の民家に逃げ込んだりしてなけりゃ――だが。

 狭い裏路地をしばらく行くと、急に視界が開けた。さっきサーラが言ってたように、大通りに出たのかと思ったが、どうやら違うみてえだ。

 周囲を崩れかけの石壁に囲まれた、ちょっとした広場って感じの場所。あちこちに石の円柱が転がってるから、元は神殿だったのが荒れ果てて、そのまま放置されてるのかもしれねえ。左右を民家に挟まれ薄暗かったここまでの道と違って、日の光が差し込んでるから、そこそこ明るい。

 そんな広場の真ん中に――。



「ふふん、やっと来たかい」



 どういうつもりなのか、あの踊り子さんがいた。


「遅いよあんたたち、待ちくたびれたよ。あのきれいな妖精(エルフ)の兄さんは一緒じゃないのかい? ああいうの、結構あたいの好みなんだけどね……まあ、いいさ」

「あたしたちを、待ってたの?」

「そういうことさ」

「なんでまた、そんなことを?」

(パパ)様に頼まれたんだよ。そこの坊やとお仲間に話があるから、ここまで連れてきてくれってね」

(パパ)様……?」

「そう。ねえ、そうだろ――(パパ)様!」


 踊り子さんが、誰にともなくそう呼びかけた途端、俺たちのまわりで――ヒュボッ! 火の粉を振りまき、炎の柱が噴き上がった。それも一度に、何十本も!


「囲まれたわ!」


 逃げようとしたときにゃ、手遅れだった。無数の火柱が次から次へと、そびえ立っては手をつなぎ、輪になって俺たちを取り囲む。


「これは……!」

「あはははっ! どうだい、すごいだろ? あたいの(パパ)様って、こんな芸当ができるんだよ」

「まさか、あなたのお父さんって……!」

「――察しがいいようだね、そこの彼女は」


 不意に、若い男の声がした。踊り子さんの背後にそそり立つ、炎の向こうから。

 声の主は平然と、炎の壁を通り抜けてきた。熱い火の舌になめられたって火傷一つ負うことなく、悠然と歩いてくる。


「あんたは……!」


 まだ幼さが残る顔立ちだが、そのわりに大人びた表情をした少年。癖のある髪は炎のように赤く、肌は灰を擦り込んだかのように白い。俺と同じ紅玉(ルビー)の瞳はぎらぎらと輝き、今にも火を噴き出しそうだ。引き締まった体の腰から上はむき出しで、左右の腕には火炎を思わせる炭色の刺青が彫り込まれてた。腰には鍛冶屋が仕事のときに使う丈の長い革の前掛けをつけ、ずっしりと重たげな鉄の靴を履いてる。

 あいつは、まさか。


「火の神……メラルカかよ」

「ご名答」


 にやりと口の端をつり上げ、パチパチパチ。軽く拍手してみせる半裸の少年。


「半年前に一度会ってるはずだけど……ボクのこと、覚えててくれたかな?」

「忘れるはずないじゃない」


 と、吐き捨てるように、サーラが言い放つ。

 俺も同感だ。地上の種族が神と遭遇するなんざ、そうあることじゃねえんだからさ。いくら俺が忘れっぽい奴でも、あのときのことを忘れろってのは無理な相談だぜ。

 あれは半年前――お宝求めて足を踏み入れたシルヴァルトの森で、俺は親父の仇である魔法使いカリコー・ルカリコンと戦った。当時、奴の後ろ盾になってたのが、今俺たちの前にいる火の神メラルカだ。

 カリコー・ルカリコンはメラルカの命により、かつて神々が地上の種族に与えた魔法の武器を集めてたらしい。シルヴァルトの森の奥深くにある〈樹海宮〉って遺跡でも、それら神授の武器の一つ〈焼魔の杖(メラルテイン)〉を手に入れ、その力を使って俺たちを苦しめた。だが、俺たちの粘り強い抵抗や、思いも寄らねえ神々の介入……ってか乱入もあって、形勢は逆転。最後はお宝を守ってた(ドラゴン)を目覚めさせちまい、その牙にかかって冥界の川を渡る羽目になった。

 あのとき、魔法使いに助けを求められた火の神(メラルカ)は、敗北の色が濃くなったカリコー・ルカリコンを見捨てて行方をくらませたんだが……それが今、再び俺たちの前に現れるなんざ、驚きだぜ。


「改めて名乗らせてもらおうかな――ボクはメラルカ。この世界――フェルナース大陸を支配してる神々の一人さ。それでこっちは……おっと!」


 横合いから勢いよく抱きついてきた踊り子さんを、火の神が両腕で抱きとめる。


「あたいはラティルケ、メラルカ(パパ)様の娘さ!」


(パパ)様」ことメラルカの胸板に、すりすりほっぺたを擦りつけながら、踊り子さんは名乗った。それから火の神と目を合わせ、甘えた黄色い声を上げる。


「ねえ(パパ)様! あたい、(パパ)様に言われたこと、ちゃんとできただろ?」

「……ああ、ラティ。ボクの言いつけ通り、フランメリックとその仲間を連れてきたようだね。確か仲間はもう一人いたはずだけど、まあいいさ」

「あたい、うーんとがんばったんだから。(パパ)様ほめて、ほめて!」

「うん、偉いよラティ――さすがはボクの娘だ、ご苦労様」

「ふふん……あたいとの約束、忘れてないだろうね?」

「もちろん。今夜のごほうび、楽しみにしてなよ……ところでラティ。ボクはこれから、あの二人と大事な話をしなくちゃならないんだ。しばらく待っててくれるかな?」

「ええーっ! 待つって、どれくらいさ?」

「なに、すぐに済むよ……キミの胸が百鳴る頃には、話がついてるさ」

「百ーっ? 長いよ(パパ)様、なーがーいーっ!」


 そんなやり取りを続ける神と、その娘さん。それを見てるうちに、ふと疑問が浮かんできた。


「神の娘ってことは……あの人も神様なのか?」

「さあ? メラルカ様に娘がいるなんて、神話じゃ聞いたことないわね……」


 と、サーラが首を傾げる。


「じゃあ、メラルカが地上の種族との間にもうけた隠し子とか?」


 だとすりゃ伝説の英雄たちみてえに、神と地上の種族の血を半々に引く半神ってことになるが。


「ああ――そこの二人、待たせたね」


 ごねる娘さんをそっと押しのけ、メラルカがこっちへ向き直った。


「実は、キミたちに話があるんだよ。特にそっちのキミ――フランメリックにね」

「俺に? あんたが?」

「そうさ、フランメリック――ああ、長いからフランって呼ばせてもらおうかな」

「ご免だぜ、そんな呼び方」


 俺はちょいと口を尖らせ、そっけなく応じてみせた。半年前に出会ったある神様とは「おっさん」「メリッ君」なんて呼び合った俺だが、今目の前にいる火の神にゃ、どうにもいい感情を持てねえ。

 第一……フランなんて略し方、まるで女の子みてえじゃねえか。


「それで、俺たちに一体、なんの用だよ?」

「なに、難しい話じゃない。働かないかって、そういう勧誘さ」

「なんだって?」

「あのとき、キミたちがルカリコンを倒してしまったおかげで、今のボクにはしもべが不足してるんだ。ボクのために神授の武器を集めてくれる、忠実なしもべがね」

「だから俺たちに、カリコー・ルカリコンの代わりをしろってのか」

「ま、そういうことになるね。ああ――もちろん、ただとは言わないさ。キミたちが満足するだけの報酬は用意させてもらうよ。たとえばほら、こんなものとかね」


 メラルカの掌から、きらきら光るもんがあふれ出し、やがて地面にこぼれ落ちる。


「……! あれは……?」

神々(ボクら)にとっては大した価値もないものだけど……キミたち地上の種族は好きなんだろう? こういうピカピカするものが」


 チャリン、チャリン。この音、それにあの輝きは――金貨だ。フォレストラ王国や隣のサンドレオ帝国、その他フェルナース大陸に存在する様々な国の金貨が、落ちて石畳にぶつかる度に、硬く澄んだ金属(かね)の響きを立ててる。

 足元に転がってきた一枚をサーラがつまみ上げ、陽射しにかざして、ためつすがめつした。


「――本物だわ」

「もちろん。後で木の葉に変わったりはしないさ」


 と、メラルカが肩の高さまで持ち上げた両手を上に向け、肩をすくめてみせる。


「どうだい? こんなものでよければ、いくらでもあげるよ。悪い話じゃないだろう?」

「……なんで、俺たちなんだ?」


 地面にちらばる金貨に気を取られねえよう、メラルカの瞳をじっと見すえたまま、俺はたずねた。


「金をもらって働く冒険者なら、他にごまんといるじゃねえか」

「それはもちろん、ボクがキミたちの力を買ってるからさ、フラン」


 はぐらかされるかと思ったが、意外にも神はあっさりと答えを返してきた。


「キミたちは、ボクがつくった神授の武器の一つ――〈焼魔の杖(メラルテイン)〉を持つルカリコンに勝った。それだけの実力を持ってるなら、きっとボクの役に立ってくれるだろうって、そう考えたまでのことさ」

「買いかぶりすぎだぜ。デュラムやサーラはともかく、俺はただの剣術馬鹿だ。あんたが思ってるような、大した冒険者じゃねえよ」


 そう言ったのは謙遜でもなんでもなく、事実を述べたまでだ。

 あのときの俺たちにゃ、味方についてくれる神々がいた。それに、カリコー・ルカリコンが手にした〈焼魔の杖(メラルテイン)〉も、その力を完全にゃ発揮できてなかったからな。あれは到底、俺たちだけの力で勝てたなんて言えるもんじゃねえ。

 その旨を話してみたものの、火の神(メラルカ)のどうでもよさそうな表情を見ると、果たしてまともに聞いてくれてるのか、それさえ怪しいぜ。


「キミたちの自分自身に対する評価なんて関係ないんだよ。今肝心なのは、ボクがキミたちを高く買ってるってことさ」


 と、メラルカ。それから火の神は、


「それよりなんて答えるか、よく考えることだね。返答によっては、このボクを――神を敵に回すことになるんだから」


 凄味のある笑顔で、一言一言ゆっくりと、そう言った。


「……っ!」


 思わず息を呑んで、後ずさる。メラルカのつくり笑いにぞっと寒気を覚えたからってこともあるが、それだけじゃねえ。奴の背後にそそり立つ炎の壁、その一面に顔、顔、顔――凄絶な笑みを浮かべる無数の顔が、一瞬ぶわっと浮かび上がったように見えたからだ。

 メラルカに仕える炎たちが、主と一緒になって笑いでもしたんだろうか。


「どうしたんだい、フラン?」


 偽りの笑みを浮かべたまま、メラルカがたずねてきた。


「ボクの背後に、何か見えたのかな……?」

「……っ!」


 この野郎、見透かしてやがる。

 奥歯を噛み締め、口の中に溜まった唾をごくんと飲み下した。

 メラルカは、そんな俺を眺めて悦に入ってるようだったが、やがて腕を組んで顎を上げ、


「――で、どうなんだい? さっきの話、答えは(イエス)(ノー)か、聞かせてもらおうじゃないか」


 と、返事を催促してきやがった。


「……」


 口をつぐんで黙ってはみせたものの、俺の中じゃ、答えはもう決まってた。もちろん、(ノー)だ。こんな気味の悪い神様の言いなりになるつもりなんざ、さらさらねえ。

 それに奴は、俺の親父を殺したカリコー・ルカリコンの黒幕だ。半年前、初めて俺たちの前に現れたときも、あの魔法使いに命じて神授の武器を集めさせ、他の神々に内緒で何かをたくらんでるようだった。そんな奴の下で働くなんざ、まっぴらだ。

 けど……デュラムやサーラの意思は、どうだろう?

 俺はメラルカに気づかれねえよう、そっとサーラの方に目を向けた。一瞬見えたのは、魔女っ子の緊張した、強張った表情。

 それを見た瞬間、熱くなってた俺の頭が、すうっと冷えた。

 ……そうだ。俺一人の勝手な判断で、サーラやこの場にいねえデュラムを危険にさらすわけにゃいかねえ。どうするべきか、三人で話し合うのが賢明だろう。

 そう考えた俺は、慎重に言葉を選び、返答までの猶予を求めようとして……さっと前に進み出たサーラに、先を越されることになった。



「おあいにく様。答えは(ノー)よ、メラルカ様」



「……へ?」


 思わず、間抜けな声が出ちまった。

 サーラの奴、今なんて言った? 俺にゃ「(ノー)」って聞こえたんだが……。


「よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらえるかな?」


 と、メラルカ。今、奴の眉がぴくっと引きつって見えたのは、気のせいじゃねえだろう。


「神様のくせに耳が遠いのね。いいえ結構、お断り――そう言ったのよ、メラルカ様」

「だあああああっ、ちょっと待てよサーラ!」


 俺は大声を上げ、慌ててサーラに詰め寄った。


「いきなり何言ってるんだよ、お前!」

「何って、決まってるじゃない。断ったのよ」


 さっきの硬い面持ちはどこへやら、「それがどうかしたの?」とでも言いたげな、涼しい顔してこっちを見返すサーラ。


「嫌なものは嫌って、はっきり断るべきでしょ? それともメリック、あなたまさかこの話、引き受けようなんて考えてたんじゃないでしょうね?」

「そんなわけねえだろ。俺だってできるなら、すぐにでも(ノー)って言いてえよ! けどさ……」


 自分の顔に、居酒屋の安い麦酒(ビール)でもあおったみてえな、苦々しい表情が浮かぶのを感じる。


「相手は神様なんだぜ? ここはなんとか二、三日――せめて一晩は返答を待ってもらって、その間にどうすりゃ引き受けずに済むか、三人で慎重に考えるべきじゃねえのか?」


 いつもの魔女っ子なら、間違いなくそうするだろう。けど、今のサーラは俺の前でぴしっと人差し指を立てて、こう言った。


「多分メラルカ様は、そんな猶予をくれるお人好しじゃないわよ。見てわからない?」


 それは……確かに、俺もそう思う。


「じゃ、じゃあどうするんだよ? さっきの話を蹴って、神を敵に回すのか?」

「……メリック。あなた〈樹海宮〉から脱出した後、神様たちの前で宣言したわよね? 神様があたしたちの敵になるなら、そのときは――って。自分で言っておいて、覚えてないの?」

「あ……」


 それを聞いて思い出したのは、半年前に出会った神々の一人――黒い貴婦人服(ドレス)に身を包み、流れる銀髪と青玉(サファイア)の瞳、それに命刈り取る大鎌を持った女神の言葉。



 ――主人も含めて、神々(わたくしたち)は皆、気まぐれですもの。

 ――今度あなたとお会いしたときは、まるで掌を返したように、あなたを潰しにかかるかも……?



 そう言って冷笑する女神様に対して、俺はなんて答えた? 確か……こうだったはず。



 ――そうなったら、受けて立つぜ。相手にとって不足はねえ。


 

 ……そうだ、俺はあのとき決めたんだ。もし、神が俺たちの敵になるなら、そのときは迷わねえ。デュラムやサーラと力を合わせて、真っ向から立ち向かうまでだって。


「けどサーラ、お前はいいのかよ? 神と戦うことになってもさ」


 確認の意味を込めて、魔女っ子に問う。


「〈樹海宮〉のときみてえに、味方してくれる神々がいるわけじゃねえんだ。俺たちだけの力で神に勝つなんざ、できるかどうか。最悪、冥界に命を落っことすとか、後悔するような結果になるかもしれねえんだぜ?」


 その可能性は、大いにあるだろう。

 けど、俺がそう言っても、サーラの青い泉みてえな瞳にゃ、動揺のさざ波一つ立たなかった。


「あら、冒険者が冒険を避けてどうするのよ?」


 ぱちっと片目をつぶり、人差し指をチッチッと振ってみせる魔女っ子。


「冒険のない人生なんて、空っぽの宝箱みたいなものよ。デュラム君だって、きっと同じことを言うわ」

「そりゃまあ、そうだろうな」


 あいつは基本、サーラにゃ反対しねえからな。それなら……俺も腹をくくったぜ。


「すまねえメラルカ様。せっかくだが俺たちゃ、あんたの許で働くつもりはねえ」


 左手を腰に当て、右足でじれったそうに石畳をカツカツ打ち鳴らしてる炎の王に向かって、俺はきっぱりと言い放った。


「だからあんたの話、初めからなかったことにしてもらえると、ありがてえんだが」


 なるべく無礼な断り方にならねえよう、俺なりに気を遣って話したつもりだ。これで向こうが退いてくれねえなら、そのときは……。

 腰の剣へそっと手を伸ばし、柄をカチャリとつかむ。

 だが、俺の言葉にメラルカが反応するより早く、口を開いた奴がいた。


「待ちなよ坊や! 何さそれ? あんた、自分の立場わかって言ってるのかい?」


 メラルカの娘さんだ。ラティルケって名前らしいが、あの人の「(パパ)様」にならい、俺も短くラティさんって呼ばせてもらおう。

 ラティさんは俺がメラルカの話を断ったのがよっぽど許せねえらしく、ぎろりと目を剥いてこっちをにらんでくる。


(パパ)様があんたら下等な地上の種族を使ってやるって言ってくれてるんだよ? ここは歓喜の涙流して、むせび泣くところだろ! 『おお偉大なる神よ、俺たちごときをしもべにしてくださるとは感激にございますぅ!』ってさ。なのに、あんた……!」

「ラティ、下がってなよ」

(パパ)様? けど、あいつ……!」

「いいからほら、ボクの後ろへ」


 メラルカに促され、ラティさんはいかにも渋々って感じで引き下がった――が、やっぱり俺のことが気にくわねえらしく、


「はん! なにさ、あの坊や。ちょいと見た目がいいからって、調子に乗ってんじゃないの? あたいの(パパ)様に逆らうなんて何様のつもりさ。いぃーっだ!」


 と、右の目尻に人差し指を当てて下へ引っ張り、舌をべえっと突き出してみせる。

 大人びた見た目に反して、中身はずいぶん子供(ガキ)っぽい人だぜ。


「……話がそれたけどキミたち、本当に答えはそれでいいのかい?」


「いーっだ!」を続けるラティさんをかばうように、メラルカが前へ進み出た。そして、嵐の前の静けさみてえな、不気味なまでに落ち着いた口調でたずねてくる。


「ボクがその気になれば、キミたちなんて即刻、火焙りにすることだってできるんだよ?」

「やれるもんなら、やってみろってんだ……!」


 そう息巻いて、剣を鞘から引き抜く俺。その隣で、サーラも勇ましく杖を構えた。


「幸いここなら、あたしたちの他に人気(ひとけ)もないし。他人(ひと)に被害が及ぶ心配もないでしょうね」

「ふぅん、そうかい」


 人間二人に反抗の意志を示されたってのに、メラルカは大した怒りも表さなかった。ただ、その右手がすうっと、おもむろに持ち上がり、


「じゃあ、力ずくでもなってもらおうかな――ボクのしもべにね!」


 その一声に続いて、驚異、あるいは神秘としか言いようのねえことが起こった。神の両腕に彫られた、炎を思わせる黒い刺青が、見る間に赤みを帯びて、煌々と輝き出したんだ。

 ただ輝いてるだけじゃねえ。陽炎がゆらゆら立ち上ってるところを見ると、相当な熱を発してるようだ。

 そんな不思議な――っていうより不気味な刺青に覆われた右腕が、不意に電光石火の速さで打ち下ろされた。


「――? うおっ!」


 次の瞬間、神の右手から放たれたのは、人間一人を楽々呑み込めそうな紅蓮の渦。灼熱の炎が蛇さながらにとぐろを巻いて、一息にこっちとの距離を詰める。

 猛火の渦に先立ち、両手で顔面をかばわずにゃいられねえ、熱気の波が襲ってきた。その後一拍遅れて、めくるめく真紅の螺旋が押し寄せてくる――!


「メリック、あなたはあっちへ!」

「お、おう!」


 俺は左へ、サーラは右へ。素早く二手に分かれて、渦巻く火炎を避けた。

 俺たちを捕らえ損ねた炎の蛇は、周囲を取り巻く火柱の輪を擦り抜け、その向こうにあった石の壁にぶち当たる。元々崩れかけだった石壁は、轟音立てて吹っ飛んだ。

 無数の石塊が飛び散り、地面に落ちて、俺の足元まで転がってくる。その中にゃ、真っ赤に焼けてどろどろと、溶岩みてえに溶け出してるもんまであった。

 俺の背筋に、ぞっと悪寒が走る。


「なんて力だよ……!」

 普通のかまどや炉で起こされた火じゃ、石を焦がすことはできても、溶かすなんざ無理だ。今のはやっぱり、神の力で生み出された、魔法の炎なのか。


「気をつけて、メリック!」


 サーラの声が、警戒の響きを帯びる。


「〈樹海宮〉で見た〈焼魔の杖(メラルテイン)〉の力と同じ……いえ、それ以上だわ」

「当然じゃないか、お嬢さん」


 左手を腰に当てて、火の神がくつくつと笑う。


「〈焼魔の杖(メラルテイン)〉をつくったのは、このボクなんだよ? 創造主が自らの手でつくったものより弱い力しか持たないなんて、ありえないだろう?」

「……っ!」


 メラルカの余裕綽々な態度にいら立ち、唇を噛む。

 本当に、勝てるのか。こんなとんでもねえ魔法を使う化け物、もとい神様に。


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