第34話 だが、断るぜ
神授の武器。それは神々の王、太陽神リュファトが火の神メラルカにつくらせ、地上の種族に授けたとされる魔法の武器だ。
その由来にまつわる、こんな神話がある。
はるか昔、今じゃ名前も忘れられた大悪魔が、どこからともなくフェルナース大陸にやってきて、神々に喧嘩を売った。激しい戦いの末、大悪魔は神々にぶっ倒されたが、その血肉から生まれた幾千もの魔物たちは、その後も地上に住む様々な種族――人間や妖精、小人や巨人を脅かすことになった。
そこでリュファトは――半年前、この神話を自ら俺に語ってくれたあの神様は、メラルカに命じ、魔物を滅ぼす力を持つ魔法の武器をつくらせた。一つや二つじゃなくて、百余りもだ。
神話じゃそれらは、神々の王自らの手で地上の種族に授けられたってことになってるんだが……俺は今、その神授の武器を手に入れようとしてる奴と、机を挟んで向き合ってる。東の大帝国からやってきた、神々の血を引く皇子様と。
「どうした、フランメリック。そんなに意外か? 俺が神授の武器を狙っていることが」
そいつは――サンドレオ帝国の〈獅子王子〉レオストロは、卓上の脚つき杯に二杯目の葡萄酒を注ぎながら、俺に笑いかけてくる。
外じゃ雲行きが怪しくなってきたようで、稲妻の響きが聞こえる。ごろごろ、ごろごろと。
負けず嫌いな雷神が、昼間に将棋の勝負で負けちまったことを悔しがって、雲の上を転げ回ってるんだろうか。
この様子じゃ、近いうちに水の女神が水晶の瓶を傾けて、一雨降らせるかもしれねえ。
それはさておき、レオストロ皇子は外の雲行きなんざ気にする様子もなく、話を続けてる。
「フェイナから聞いているぞ。お前は半年前、二人の仲間と共に、この国の南部に広がるシルヴァルトの森に入り、その奥深くにある〈樹海宮〉という遺跡を訪れた。そしてその地下で、神授の武器の一つである〈焼魔の杖〉を見た――違うか?」
「ああ……まあな」
正確にゃ、見ただけじゃなくて、その力を嫌ってほど見せつけられたんだけどさ。
「あんたもあれが欲しいのかよ?」
「いや。俺の狙いは、別の神授の武器だ」
と、あっさり否定する皇子様。
「この町には、〈焼魔の杖〉よりも強力な神授の武器が隠されている。それを見つけてこちらに引き渡せ――それが俺の、フェイナへの要求だ」
レオストロ皇子は席を立つと、寝台の傍らに置かれた大きな櫃を開けた。どうやら本日持ち込まれた、皇子様の荷物らしい。中から分厚い本を一冊取り出してきて、卓上に置く。
「……これは?」
古ぼけちゃいるが、優に百枚以上ありそうな羊皮紙を、金箔押しの扇葉紋様が飾る革表紙で綴じた豪華な本だ。皇子様が開いた頁を見てみりゃ、羽根筆で書きつけられた細かい文字が、一面にびっしり。あまりに細かすぎるもんで、ちょいと見ただけで「うわぁ!」って目を背けたくなるが、各頁の初めに日付が記されてるところを見ると、どうやら日記みてえだ。
「この町の、先代の太守が記したものだ」
「なんであんたがそんなもんを持ってるんだよ?」
ここはフォレストラ王国の町だ。その太守が書いた日記を、サンドレオ帝国の皇子様が持ってるなんて、妙だと思うんだが。
「フェイナから聞いていないのか? この町の先代太守は、住人たちから税を搾れるだけ搾り取り、それを自分の欲望を満たすため――古今東西の財宝を集めるために使っていた。そこでたまりかねた住人たちが反乱を起こし、おかげで太守は町を追われる羽目になったらしいぞ。ちなみに、その反乱の首領だったのが今の太守――あのナボンという鬼人だそうだ」
「……驚きの女神ラプサにかけて、なんてこった」
そんな話は初耳だぜ。反乱の頭目だった人が、今はこの町の太守になってるってのは、どういうことなんだろうな? 明日、時間があったら姫さんか、ナボン太守本人に聞いてみるか。
「町を追われた前太守は東へ逃れ、広大なサロハリアン砂漠を越えて、俺の国――サンドレオに身を寄せた。これはそのとき、俺が前太守から譲り受けたものだ」
一枚、また一枚と頁をめくりながら、淡々と語るレオストロ皇子。
「この日記には、先代太守がこの町に隠された神授の武器を長年密かに探し求め、隠し場所の見当をつけるにいたった経緯が記されている。反乱で町を追われたせいで、その場所を調べることまではできなかったようだがな」
「……?」
皇子様の話を聞きながら、俺はふと眉をひそめた。
今めくられた頁に、赤黒い飛沫の跡らしき染みがあったが、ありゃなんだ?
「……なあ、皇子様。その先代の太守ってのは今も、サンドレオにいるのか?」
嫌な予感がして、たずねてみると、
「いや? 今はもう、地上にはいないな」
と、案の定、不穏な答えが返ってきた。
「……まさか」
ぞくりと背筋が寒くなる。今見た赤黒い染みがなんなのか、見当がついたからだ。
あれは……血飛沫の跡じゃねえのか?
「気づいたか」
皇子様は頬杖ついて、悪びれる様子もなく、こう言ってのけた。こっちがぎょっとしちまうような、残酷な口調で。
「ああ、そうだ。俺がこの手で送ってやったよ――冥王の許へな」
ゴドロムが怒りに任せて、あの白熱の撥を打ち下ろしでもしたんだろうか。開け放されてた窓から雷光が差し込み、レオストロ皇子の浅黒い顔を、はっきりと照らし出す。
その瞬間に垣間見えた、皇子様の表情といったら……!
まるで常人にゃ見えねえもんでも見てるかのように、丸く、大きく見開かれた目。その真ん中で輝く、小さな黒曜石の瞳。引きつったほっぺたと、左右の端がきゅっとつり上がった唇。そして、口の隙間からのぞく真っ白な歯と、唇をなめる真っ赤な舌。人の命を大鎌で刈り取り、冥界へ運ぶ死神ってのは、仕事のとき、こんな残忍な笑みを浮かべてるんだろうか。
日中斬りかかられたときも、この皇子様の口調や表情には尋常じゃねえもんを感じたが……今はさらに危険な、狂気じみた感じがするぜ。
「……殺したのかよ」
自らの殺人について悪びれる様子もなく、それどころか凄絶な笑顔で語る皇子様に対して、俺は――うめくようにそう一言、口にするのがやっとだった。
今の話によれば、先代太守ってのは相当な悪人だったみてえだからな。身から出た錆、自業自得と言えばそれまでかもしれねえが……異国から逃げてきた奴を、手にかけるなんて。
「ひでえこと、しやがるぜ」
「生かしておく理由がどこにある? それよりお前、冒険者なら一つ、仕事を頼みたいんだが」
「仕事……?」
「この町に隠された神授の武器、お前が探してみるつもりはないか?」
こんなときに、いきなり何を言い出しやがる、この皇子様。
「今日のフェイナは『この町に神授の武器などないっ!』の一点張りだったからな。あの調子では、明日も話し合いを続けたところで、あいつがこちらの要求を受け入れるとは思えない。それでは俺もここへ来た目的を果たせないし、かと言って手ぶらで帰るわけにもいかない。ということは――この先は、わかるな?」
「そうなりゃ話し合いは決裂、和平の話はご破算。フォレストラとサンドレオは、また戦火を交えることになるわけか」
「そういうことだ。だが、そうなる前に、冒険者を雇って神授の武器を探させてみるのも一興かと思っていてな……」
レオストロ皇子が、また席を立った。今度はお宝が積まれた卓のそばを通って、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。
俺の前に来るか――と思いきや、傍らをすいっと素通りされた。背後に回り込まれ、左右の肩に手を置かれる。気味が悪いくらい優しく、そっと。
「……なんで、俺なんかに頼むんだよ? 冒険者なら、他にごまんといるじゃねえか」
後ろを振り返りたかったが、できなかった。
……べ、別に、この皇子様と目を合わせるのが恐いってわけじゃねえ! 太陽神リュファトにかけて、そんなことは絶対に、ねえ……。
ついさっき、稲妻が閃いたときに見ちまった、皇子様の目。普段の気だるげで、曇ったそれとはまるで違う、危険な光を宿した瞳。あれを思い出すと、手が、足が勝手に……ああ、ちくしょう!
両手をぎゅうっと握り締め、両足にも力を込めて、震えを押し隠した。
「なぜお前に頼むのか、だと? 神授の武器ほどの宝なら、当然、巧妙に隠されているはずだからな。並の冒険者じゃ、見つけるのは無理だろう。だが、神々の王に気に入られるほどの男なら、あるいは――と思ったまでだ」
ねっとりとした、愛撫するような手つきで俺の両肩に指を這わせつつ、〈獅子皇子〉はささやきかけてくる。まるで俺の耳から胸中に、恐怖を吹き込もうとするかのように。
「へっ……買いかぶりすぎだぜ、皇子様」
声がかすかに怯えの響きを帯びた。皇子様に気づかれたかもしれねえ。
「俺はそんな、大した冒険者じゃねえって」
「そう謙遜するな、フランメリック。それで……どうする? 神授の武器を見つけ出し、俺に引き渡してくれれば、充分な報酬を取らせるぞ。ほら、この宝は前金ということで、どうだ?」
「……」
諾か否か、返事を求められたが、俺はしばらくの間、口をつぐんで即答を避けた。
俺たちにとっちゃ、目の前の卓上に積まれたお宝だけでも一財産だ。これに加えて、さらに報酬をもらえるなんざ、破格の好条件だろう。
「……だが、断るぜ」
昨日、決めたばかりじゃねえか。姫さんの力になるんだって。
それを聞いて最初は反対してたデュラムも、最後は「貴様につき合ってやる」って、言ってくれた。あいつだけじゃなくて、サーラもだ。
それなのに、今日は掌返すようにこの皇子様の仕事を引き受けるなんて、そんなことはできねえ。
「断る、か……」
一瞬、肩に置かれた手に、ぐっと力がこもる。そのまま爪を立てられるんじゃねえかって身を硬くしたが、次の瞬間にはもう、〈獅子皇子〉の手は俺の肩を離れてた。
「まあ、いいだろう。夜が明ければ、お前の気も変わる」
「……?」
どういう意味なのか気になるせりふだったが、たずねることはできなかった。皇子様が戦士たちを呼んで、俺を部屋まで送るよう言いつけたからだ。
「では明日、朝餉の後にでも、また会おう」
二人の戦士に促されるまま、俺は皇子様の部屋を後にした。胸の中に、もやもやしたもんを抱えて。
妙な話を聞いたのは、そのときだった。
廊下へ出て、扉を閉めた直後――隣の部屋から飛び出してきた見張り役らしい戦士が、他の戦士たちに小声で話しかけるのが聞こえてきたんだ。
「おい聞いてくれ、まずいことになった。どうやらこの部屋に、賊が入ったらしい」
「なんだと? 一体いつのことだ?」
「さっき見張りをさぼって、こっそり一杯やっただろう? あのときの隙を狙われたようだ」
「荷物は、殿下の荷は無事か?」
「何か盗まれたものでもあれば、見張ってた俺たちの責任だ。また殿下の鞭を食らうのはご免だぞ」
「まったくだ、あの方は容赦ってものをご存じないからな。おお太陽神よ、護りたまえ!」
どうやら、あの皇子様の荷物が置かれた部屋に盗っ人が入ったらしい。
まあ、ちょいと引っかかる話だが、今はそれより、もっと気がかりなことがある。
「……夜が明ければ、気が変わるだって?」
そう。さっき皇子様が口にした、あのせりふ。やっぱり、気になって仕方ねえ。
明日の朝、一体何が起こるってんだよ……?




