第1話 あれから半年
俺はフランメリック、略してメリック。イグニッサって小国の生まれだが、わけあって国を飛び出し、フェルナース大陸を旅する冒険者になった。それから二人の仲間を得て、三年ほど旅をしてたんだが……半年前、お宝を求めて訪れたシルヴァルトの森で、思いがけねえことが二つも起こった。
まず一つは、かつて俺の親父を殺め、俺が冒険者になるきっかけをつくった仇敵と遭遇したこと。そしてもう一つは、この世界を支配してる全知全能の種族――神々と出会ったこと。
どっちも――特に二つ目は、他人に話してもなかなか信じちゃもらえねえだろうが、決して嘘じゃねえ。
親父の仇である魔法使いカリコー・ルカリコンは、シルヴァルトの森の奥深くにある〈樹海宮〉って遺跡で俺たちと戦い、激戦の末に倒された。
神々の方はどうかと言えば――ある神様には何度も危ないところを救われたし、ある女神様には逆に、何度も命をつけ狙われる羽目になった。どちらも最後は俺たちと一緒に〈樹海宮〉を出て、いつかまた会うことを願って別れたんだが。
あれから時を経ること、早半年――俺は今でも、フェルナース大陸を旅する冒険者だ。
フォレストラ王国東端の商業都市コンスルミラの大通りは、今日も大勢の人で賑わってる。左右に何軒もの家や店が立ち並ぶ石畳の道を、様々な種族、いろんな職業の人々が行き交う。
たとえば、俺やサーラと同じ人間族の、冒険者や吟遊詩人。太鼓腹を揺すって歩く小人族の鍛冶師や金属細工師。頭に二本の角を生やした鬼人族の商人。背丈が人間の倍近くもあって、見るからに腕っぷしが強そうな巨人族の大工……。
「賑やかだな。一月前まで、すぐ隣の国と戦をやってたとは思えねえ」
「同感ね。これだけ人通りが多くちゃ、合流するのも一苦労だわ。デュラム君、どこにいるのかしら?」
「うーん、そうだな……」
さっき後にしてきた装身具店と同じ、石造りの民家や麺麭屋、酒場や料理店。それらを横目に見ながら、大通りを北へ行くと広場に出る。昼は蛇使いや口から火を噴く大道芸人が見物客の拍手喝采を浴び、夜は屋台が明々と灯器ともして美味そうな匂いを漂わせる、人々の娯楽と憩いの場。
「……お、いたいた。ほら、あそこだ!」
その真ん中にある、でっかい日時計の下に、あいつはいた。
鎖骨にかかる銀髪と翠玉の瞳、絵筆ですっと引いたような細い眉。引き締まった肉体にぴったり張りつく真っ黒な革鎧を着込み、白銀の籠手と肩当て、脛当てをつけた美青年だ。尖った耳は、奴が数百年もの寿命を持つ妖精族であることを示してる。
あいつはフィンデュラム……じゃなくてウィンデュラム、通称はデュラム。俺のもう一人の冒険仲間で、気位が高いと言われる妖精の例に漏れず、普段は高慢ちきなすまし屋だ。
……本当は仲間思いで、優しい一面もあったりするんだが。
「おいデュラム、こっちだこっち!」
俺に気づくと、奴は一瞬ふっと口許をほころばせ、安堵の表情を浮かべたが、次の瞬間にはいつものすまし顔に戻って、颯爽とこっちへ歩いてきた。俺にとっちゃすっかりおなじみの、嫌味なせりふを吐きながら。
「ふん……迷子の子猫が、ようやく飼い主の許へ戻ってきたようだな」
「俺は迷子じゃねえし、子猫でもねえ……ってか、飼い主って誰のことだよ?」
「私だ」
「お前かよ!」
「決まっているだろう、他に誰がいる? それより貴様……今までどこへ行っていた? 私は飼い猫に、散歩を許した覚えはないぞ」
ちぇっ、迷い猫の次は飼い猫かよ。デュラムの奴、どうあっても俺を猫扱いしてえらしい。
それはさておき、どう答えたらいいもんかな?
「うーん、それはだな……」
「裏通りの装身具屋さんにいたわ。おかしな話でしょ? この子、今まで装身具なんて耳飾り一つつけたことないのに……きゃっ!」
慌ててサーラの背後に回り込み、魔女っ子の小さな口をふさぐ俺。あれこれ詮索されて贈り物のことがばれちゃ、つまらねえからな。
「ひょっとふぇりっふ、ふぁにふるふぉよ!」
両手をばたばたさせて暴れながら、何やらもごもごと抗議してくる魔女っ子。訳すと「ちょっとメリック、何するのよ!」だろうな。
それより、今問題なのは、デュラムになんて答えるかだが。
「ちょ、ちょいと興味があったから、寄ってみただけだって! その……なんだ。たまには俺も、ああいう店をのぞいてみるかってさ!」
「大神リュファトにかけて、本当か?」
「……!」
天空の都ソランスカイアに住み、フェルナースを支配してる神々の王、太陽神リュファト。その名を聞いて、懐かしい記憶が脳裏に浮かぶ。半年前にシルヴァルトの森で出会った、あの人の姿が。
真昼の蒼穹を思わせる青い外套をはためかせ、波打つ金髪と黄玉の瞳をきらめかせる、中年の偉丈夫。春の穏やかなお日様を思わせる温厚さと、夏のぎらつくお天道様みてえな猛々しさを合わせ持つ、不思議なおっさん。
また会いてえな、あの人……いや、あの神様に。
「ほ、本当だって。太陽神にかけて、嘘じゃねえ」
俺がそう言い切ると、デュラムは「そうか」と一言つぶやいて、それ以上は詮索しなかった。
ふう、やれやれだぜ。あとはこの、まだもがもが言ってる魔女っ子を放してやれば――。
「――ぷはっ! もうメリック、いきなりあたしの口ふさぐなんて、一体どういうつもりよ?」
「たはは……悪い悪い、そう怒るなって」
「怒るわよ! えーい、これでもくらいなさい!」
「おわっ! おいサーラ、よせ、杖でポカスカ叩くなって!」
「セフィーヌ様にかけて、やられたらやり返す――倍返しなんだから!」
太陽神の妻、月の女神セフィーヌ。これまた懐かしい神様の名を唱えつつ、魔女っ子は杖を振り上げ、ふくれっ面で迫ってくる。
あちゃ……サーラの奴、ぷんすかぷんすか、おかんむりだぜ。おかげで俺は、弓持つ狩人に追い立てられる兎みてえに、日時計のまわりをぐるぐる逃げ回る羽目になった。
「待っちなさーい、こらーっ!」
「へっ。こういう場合、待てと言われて待つ奴がいるかよ!」
そびえ立つ日時計の陰に身を隠し、顔だけひょこっと出して、サーラの出方をうかがう俺。あいつが左手に回れば右へ逃れ、右手に回り込めば左へ逃げる。
……なんだか俺たち、鬼人ごっこに夢中な子供みてえだな。
「ふん……まったく。メリックもサーラさんも、くだらない馬鹿騒ぎに興じるものだ」
とか言いつつ、俺たち二人のやり取りをすました顔して眺めてたデュラムが、不意に溜め息ついて、
「――ところでメリック、そろそろ出る頃ではないのか? 貴様の故郷へ向かう船が」
と、俺に呼びかけてきた。
「「船……?」」
俺とサーラは、ぴたりと動きを止めて声をそろえ、束の間、顔を見合わせる。
「……いっけね、そうだった!」
気がつけば、日時計の影はちょうど正午を指してる。贈り物選びに夢中ですっかり忘れてたが、俺たちゃこれから船に乗るんだ。コンスルミラの港から船出して、紺碧のウェーゲ海を岸に沿って南へ下りゃ、十日ほどでイグニッサ王国の港町イアファに着く。そこから北東へ徒歩で七日も行けば、イグニッサの都フリンティス――俺の故郷に到着だ。
……帰ったら、親父の墓前に一束、花を供えてやりてえ。それから、兄貴と妹に、親父の仇が死んだってことを伝えるんだ。
「時間がないわ、急ぎましょ」
と、ちょいと焦った顔して、サーラが急かす。
「ああ、そうだな!」
この船を逃しちゃ、次の船が出るまで一週間も待たなくちゃならねえ。
港まで、急いで行かねえとな……!