表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/53

第1話 あれから半年

 俺はフランメリック、略してメリック。イグニッサって小国の生まれだが、わけあって国を飛び出し、フェルナース大陸を旅する冒険者になった。それから二人の仲間を得て、三年ほど旅をしてたんだが……半年前、お宝を求めて訪れたシルヴァルトの森で、思いがけねえことが二つも起こった。

 まず一つは、かつて俺の親父を殺め、俺が冒険者になるきっかけをつくった仇敵と遭遇したこと。そしてもう一つは、この世界を支配してる全知全能の種族――神々と出会ったこと。

 どっちも――特に二つ目は、他人(ひと)に話してもなかなか信じちゃもらえねえだろうが、決して嘘じゃねえ。

 親父の仇である魔法使いカリコー・ルカリコンは、シルヴァルトの森の奥深くにある〈樹海宮〉って遺跡で俺たちと戦い、激戦の末に倒された。

 神々の方はどうかと言えば――ある神様には何度も危ないところを救われたし、ある女神様には逆に、何度も命をつけ狙われる羽目になった。どちらも最後は俺たちと一緒に〈樹海宮〉を出て、いつかまた会うことを願って別れたんだが。

 あれから時を経ること、(はや)半年――俺は今でも、フェルナース大陸を旅する冒険者だ。




 フォレストラ王国東端の商業都市コンスルミラの大通りは、今日も大勢の人で賑わってる。左右に何軒もの家や店が立ち並ぶ石畳の道を、様々な種族、いろんな職業の人々が行き交う。

 たとえば、俺やサーラと同じ人間族の、冒険者や吟遊詩人(トルバドゥール)。太鼓腹を揺すって歩く小人(ドワーフ)族の鍛冶師や金属細工師。頭に二本の角を生やした鬼人(トロール)族の商人(あきんど)。背丈が人間の倍近くもあって、見るからに腕っぷしが強そうな巨人族の大工……。


「賑やかだな。一月前まで、すぐ隣の国と(いくさ)をやってたとは思えねえ」

「同感ね。これだけ人通りが多くちゃ、合流するのも一苦労だわ。デュラム君、どこにいるのかしら?」

「うーん、そうだな……」


 さっき後にしてきた装身具(アクセサリー)店と同じ、石造りの民家や麺麭(パン)屋、酒場や料理店。それらを横目に見ながら、大通りを北へ行くと広場に出る。昼は蛇使いや口から火を噴く大道芸人が見物客の拍手喝采を浴び、夜は屋台が明々と灯器(ランプ)ともして美味そうな匂いを漂わせる、人々の娯楽と憩いの場。


「……お、いたいた。ほら、あそこだ!」


 その真ん中にある、でっかい日時計の下に、あいつはいた。

 鎖骨にかかる銀髪と翠玉(エメラルド)の瞳、絵筆ですっと引いたような細い眉。引き締まった肉体にぴったり張りつく真っ黒な革鎧を着込み、白銀の籠手(ガントレット)と肩当て、脛当てをつけた美青年だ。尖った耳は、奴が数百年もの寿命を持つ妖精(エルフ)族であることを示してる。

 あいつはフィンデュラム……じゃなくてウィンデュラム、通称はデュラム。俺のもう一人の冒険仲間で、気位が高いと言われる妖精(エルフ)の例に漏れず、普段は高慢ちきなすまし屋だ。

 ……本当は仲間思いで、優しい一面もあったりするんだが。


「おいデュラム、こっちだこっち!」


 俺に気づくと、奴は一瞬ふっと口許をほころばせ、安堵の表情を浮かべたが、次の瞬間にはいつものすまし顔に戻って、颯爽とこっちへ歩いてきた。俺にとっちゃすっかりおなじみの、嫌味なせりふを吐きながら。


「ふん……迷子の子猫が、ようやく飼い主の許へ戻ってきたようだな」

「俺は迷子じゃねえし、子猫でもねえ……ってか、飼い主って誰のことだよ?」

「私だ」

「お前かよ!」

「決まっているだろう、他に誰がいる? それより貴様……今までどこへ行っていた? 私は飼い猫に、散歩を許した覚えはないぞ」


 ちぇっ、迷い猫の次は飼い猫かよ。デュラムの奴、どうあっても俺を猫扱いしてえらしい。

 それはさておき、どう答えたらいいもんかな?


「うーん、それはだな……」

「裏通りの装身具(アクセサリー)屋さんにいたわ。おかしな話でしょ? この子、今まで装身具(アクセサリー)なんて耳飾り(ピアス)一つつけたことないのに……きゃっ!」


 慌ててサーラの背後に回り込み、魔女っ子の小さな口をふさぐ俺。あれこれ詮索されて贈り物のことがばれちゃ、つまらねえからな。


「ひょっとふぇりっふ、ふぁにふるふぉよ!」


 両手をばたばたさせて暴れながら、何やらもごもごと抗議してくる魔女っ子。訳すと「ちょっとメリック、何するのよ!」だろうな。

 それより、今問題なのは、デュラムになんて答えるかだが。


「ちょ、ちょいと興味があったから、寄ってみただけだって! その……なんだ。たまには俺も、ああいう店をのぞいてみるかってさ!」

「大神リュファトにかけて、本当か?」

「……!」


 天空の都ソランスカイアに住み、フェルナースを支配してる神々の王、太陽神リュファト。その名を聞いて、懐かしい記憶が脳裏に浮かぶ。半年前にシルヴァルトの森で出会った、あの人の姿が。

 真昼の蒼穹を思わせる青い外套(マント)をはためかせ、波打つ金髪と黄玉(トパーズ)の瞳をきらめかせる、中年の偉丈夫。春の穏やかなお日様を思わせる温厚さと、夏のぎらつくお天道様みてえな猛々しさを合わせ持つ、不思議なおっさん。

 また会いてえな、あの人……いや、あの神様に。


「ほ、本当だって。太陽神(リュファト)にかけて、嘘じゃねえ」


 俺がそう言い切ると、デュラムは「そうか」と一言つぶやいて、それ以上は詮索しなかった。

 ふう、やれやれだぜ。あとはこの、まだもがもが言ってる魔女っ子を放してやれば――。


「――ぷはっ! もうメリック、いきなりあたしの口ふさぐなんて、一体どういうつもりよ?」

「たはは……悪い悪い、そう怒るなって」

「怒るわよ! えーい、これでもくらいなさい!」

「おわっ! おいサーラ、よせ、杖でポカスカ叩くなって!」

「セフィーヌ様にかけて、やられたらやり返す――倍返しなんだから!」


 太陽神(リュファト)の妻、月の女神セフィーヌ。これまた懐かしい神様の名を唱えつつ、魔女っ子は杖を振り上げ、ふくれっ面で迫ってくる。

 あちゃ……サーラの奴、ぷんすかぷんすか、おかんむりだぜ。おかげで俺は、弓持つ狩人に追い立てられる兎みてえに、日時計のまわりをぐるぐる逃げ回る羽目になった。


「待っちなさーい、こらーっ!」

「へっ。こういう場合、待てと言われて待つ奴がいるかよ!」


 そびえ立つ日時計の陰に身を隠し、顔だけひょこっと出して、サーラの出方をうかがう俺。あいつが左手に回れば右へ逃れ、右手に回り込めば左へ逃げる。

 ……なんだか俺たち、鬼人(トロール)ごっこに夢中な子供(ガキ)みてえだな。


「ふん……まったく。メリックもサーラさんも、くだらない馬鹿騒ぎに興じるものだ」


 とか言いつつ、俺たち二人のやり取りをすました顔して眺めてたデュラムが、不意に溜め息ついて、


「――ところでメリック、そろそろ出る頃ではないのか? 貴様の故郷へ向かう船が」


 と、俺に呼びかけてきた。


「「船……?」」


 俺とサーラは、ぴたりと動きを止めて声をそろえ、束の間、顔を見合わせる。


「……いっけね、そうだった!」


 気がつけば、日時計の影はちょうど正午を指してる。贈り物選びに夢中ですっかり忘れてたが、俺たちゃこれから船に乗るんだ。コンスルミラの港から船出して、紺碧のウェーゲ海を岸に沿って南へ下りゃ、十日ほどでイグニッサ王国の港町イアファに着く。そこから北東へ徒歩で七日も行けば、イグニッサの都フリンティス――俺の故郷に到着だ。

 ……帰ったら、親父の墓前に一束、花を供えてやりてえ。それから、兄貴と妹に、親父の仇が死んだってことを伝えるんだ。


「時間がないわ、急ぎましょ」


 と、ちょいと焦った顔して、サーラが急かす。


「ああ、そうだな!」


 この船を逃しちゃ、次の船が出るまで一週間も待たなくちゃならねえ。

 港まで、急いで行かねえとな……!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ