表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/53

第16話 蜘蛛の仮面

「こ、こいつは……?」


 艶やかな黒髪に皺一つねえ顎、口許を見る限りまだ若い、俺よりちょいと年上くらいの男の顔。ただ、不気味なことに、上半分を鉛色の仮面が隠してやがる。

 その形は、頭を下に、(ヒップ)を上に向け、逆さづりになった蜘蛛のよう――いや、蜘蛛そのものだった。八方に伸ばした脚の爪を、男のこめかみや耳の裏、顎などに食い込ませ、額から鼻面にかけて、ぴったりと張りついてる。大小合わせて八つの目にはめ込まれてるのは、真っ赤な輝きを放つ紅玉(ルビー)だ。

 ……なるほどな。額のあたりがふくらんでたのは、あの仮面のせい。鼻の方へ寄ってるように見えた目は奴自身の瞳じゃなくて、仮面の目になってる紅玉(ルビー)――八つのうち、一際大きな真ん中の二つ――だったってわけか。

 薄気味悪い蜘蛛の仮面をつけた暗殺者(アサシン)は、なおも鉤爪を振りかざし、俺に襲いかかる気配を見せたが、ここで奴にとっちゃ、まずい事態が起きた。


「皆の者、何をしてるっ! 早く曲者を仕留めよっ! フランメリックと……ついでに妖精(エルフ)と魔女を助けるのだっ!」


 フォレストラ王国の戦士たちが、姫さんに急かされて、暗殺者(アサシン)を追い詰めようと包囲の輪を狭めてきたんだ。その中にゃ、片手で棘つき鎖つきの鉄球ぶん回す、ナボン太守の姿もある。


「冒険者殿ぉ、あとはナボンがお引き受けしますだぁ! お下がりなすっておくんなせぇ!」


 多勢に無勢、この場は不利。まわりを見て、そう悟ったらしい。仮面の暗殺者(アサシン)はじりじりと後ずさりながら、何やら呪文を唱える。そして――不意にぐにゃりと体の輪郭を歪ませ、色を周囲のそれに溶け込ませて、姿を消した。


「ちくしょう、また魔法かよ……!」


 半年前の冒険でも、カリコー・ルカリコンが魔法の外套(マント)で姿を隠し、俺を翻弄したもんだ。どうやら奴と同じような魔法を、あの暗殺者(アサシン)も使えるらしい。

 俺たちがその場に固まって驚く中、奴がいたあたりの空気がゆらゆらと揺れ、あわただしい足音と共に広間の出入り口へ向かう。

 揺らぐ空気が近づくと、一見誰も手をかけてねえ扉が開き、足音が遠ざかっていった。その後を点々と、床に滴る血が追う。

 それを見て、姫さんが配下の戦士たちに命令を飛ばす。


「奴は手負いだぞっ! 血の跡をたどって、追いかけるのだっ!」

「合点ですだぁ姫様ぁ! 皆の者ぉ、ナボンについて来るだぁ!」


 鬼人(トロール)の太守に促された戦士たちが、騒々しく広間を出ていく。後に残ったのは、俺たちと姫さん、それに、この騒ぎをずっと見物してた神々だけ……。


「なんとか、退けられたな……」


 俺は剣を鞘に納めると、手近な(テーブル)に手をついた。荒い息をつきながら、もう一方の手で額に浮いた玉の汗をぬぐう。

 デュラムもサーラも、深い傷は負ってねえようだが、今の激しい戦いで疲れたらしく、俺と似たり寄ったりな状態だ。

 それでもサーラは、俺のそばへ来て、魔法で左腕の怪我を手当てしてくれた。

 ……自分だって、くたくただろうに。


「いつもすまねえ、手間かけさせちまって……あたっ!」

「こういうときは、いちいち謝らないの!」


 俺がわびを口にすると、軽く握った拳で、こつんと額を小突かれた。


「困ったときはお互い様よ。あたしたち、仲間なんだから」


 片目をぱちっとつぶり、「ね?」って、屈託のねえ笑みを浮かべるサーラ。


「……へっ。そう、だな」


 その愛らしい笑顔につられて、俺もほっぺたを緩めちまう。

 けど、俺たちの様子をそばで見てた姫さんは――なぜだか急に、ご機嫌斜めになっちまったようで。


「……やはり仲がよいのだな、お前たちっ」


 ごごごごご。そんなおどろおどろしい響きが似合いそうな顔して、ぼそりとつぶやく。そのままこっちに背を向けて、大股でずんずん、広間の出入り口へ歩いていく。


「あ……おい? なあ、待ってくれよ、姫さん!」

「構うな、放っておいてくれっ!」


 俺が呼び止めるのも聞かず、そのまま出ていっちまう。


「……お、俺が悪いのかよ……?」


 よくわからねえが、どうもそういうことらしい。後で、謝りにいった方がいいんだろうか。

 デュラムがこめかみのあたりを指で揉みほぐしながら、


鬼人(トロール)並みに鈍感な奴め」


 とか言って、苦い顔してる。まだこの場に残ってた雷神(ゴドロム)も、


「おうおう、まっこと罪つくりな男よのう……」


 なんて言いつつ、意地悪な笑みを浮かべてるが……一体、どういうことなんだろうな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ