第13話 誰かこの脱ぎ魔女を止めてくれ
「……?」
音につられてそっちを見りゃ、サーラがいつもかぶってる、鍔広のとんがり帽子が落ちてるじゃねえか。そこからもう少し遠く目をやると、今度は魔女っ子が魔法を使うときに振る杖が転がってる。さらに少し先へ行ったところにゃ、あいつの青黒い外套が――。
「一体どこ行ったんだ、サーラ……って、えぇえぇえぇッ?」
地面に落ちてるもんをたどってみりゃ……なんと! サーラはさっき眺めてた噴水の方へと、ふらふら歩いてやがる。
身につけてるもんを、脱ぎ捨てながら。
「げっ……!」
そこでようやく、魔女っ子がそんなことをしてる理由に思い当たった。さっぱりした性格で世話焼き、時々意見が食い違う俺とデュラムの仲を取り持ってくれる、俺たち三人のまとめ役。そんないい女サーラだが、一つだけ大きな欠点というか、困った癖がある。大の水浴び好きで、水のあるところへ来ると、人目をはばからず服を脱ぎ出すんだ。
「……きれいな噴水♪ 水浴びにちょうどよさそう♪」
今もサーラは、そんなことをつぶやき、歩きながら着々と脱衣を進めてる。白銀の胸当てを上半身にくくりつけてる紐がしゅるりと解かれ――ああっ、また脱ぎやがった!
「サーラ、よせ! それ以上脱ぐんじゃねえ!」
そう叫ぶなり、俺は芝生を蹴って駆け出した。もちろん、魔女っ子の非常識な行いを、どうにかやめさせるためだ。
今やサーラは、膝から下を包む長革靴も脱ぎ捨てちまって、身につけてるのは水着みてえな革服一つ。あれを脱いだらもう、完全に生まれたままの姿だ。
太陽神リュファトにかけて、それだけは断固阻止しねえと!
途中、地面に落ちてた外套を拾い上げ、サーラに羽織らせようとする。
「ちょっと、メリック! 何するのよ、やめなさい!」
「そりゃこっちのせりふだって!」
ってか、今のはむしろ、服を脱がされそうになってるときに言うせりふだろう。こっちは服を着せようとしてるのに、なんで叱られなきゃならねえんだか。
「いい加減、人前で脱いでまで水浴びしようとするの、やめろって!」
ここは人前どころか神前だ。こんなところで服脱ぐなんざ、罰当たりだろう。
現に、ほら! サーラの破廉恥な振る舞いに対して神々は……。
「おうおう皆の者、あれを見よ!」
「むう? なんと、人間の魔女めが服を脱ぎおるぞ!」
「うぅむ、これはよい見物じゃ。宴の余興にはちょうどよかろうて」
「しかり! さあ脱げ脱げ、もっと脱げ。虚飾の衣など脱ぎ捨て、ありのままの姿を見せるがよい。おぬしの裸身、我ら神々が隅々まで、余すところなく観賞してくれようぞ!」
「ねえねえ、見てガルちゃん、あの魔女さん、脱いでるよ~♪ チャパシャも脱いだら、ガルちゃん喜ぶ~?」
「おうパシャ、お前もどんどん脱ぎなぁ! 俺様が手伝ってやるからよぉ、そらそらぁ!」
「やぁんガルちゃん、冗談だよ~!」
「はっはっはぁ、もう遅いぜぇ! やれ脱ぎなぁ、そら脱ぎなぁ!」
「あぁん、ポラちゃん助けて、チャパシャ脱がされちゃう~!」
「…………自業自得ね、あきらめなさいパシャ」
「いやぁん、ポラちゃんの薄情者~!」
……とかなんとか、おっしゃってやがるようで。どうやら、罰が当たることはなさそうだ。
とはいえ、このまま最後の一枚を脱がせるわけにゃいかねえ。俺がサーラの手首をがしっとつかみ、力ずくで脱衣を止めようとすりゃ、
「脱がせて! でないとあたし、あたし――!」
「おかしくなっちゃう!」とでも言うように、サーラは激しく身をくねらせ、首を振って抵抗した。頭の後ろで三つ編みにした金髪が、右へ左へぶんぶん振られ、俺の顔にビシバシ当たる。
元々、水浴びできそうなところへ来るとすぐ脱ぐ奴だと思っちゃいたが、ここ最近その頻度が高くなってる気がする。それに、以前は俺やデュラムに引き止められて、こんなに抵抗することもなかった。
ここまで来ると、ほとんど病気なんじゃねえかって、ちょいと心配しちまうんだが。
「お願い脱がせて! チャパシャ様にかけて、水浴びするの!」
俺の心配をよそに、サーラは自分の素肌を他人の視線から守る最後の砦を、自ら放棄しようと無我夢中だ。
魔女っ子の水着みてえな革服は、もう襟元が大きく開かれてて、小ぶりだがよく整った胸のふくらみが、今にもぷるんと飛び出してきそう。
「だあぁッ! おとなしく服着ろって、この脱ぎ魔女!」
「誰が脱ぎ魔女ですって!」
「お前以外に誰がいるってんだよ! ってかデュラム、お前も手伝えよ!」
全裸一歩手前の魔女っ子に見とれてやがったのか、さっきから呆然と突っ立ったままの妖精に、手助けを求める。
「――む? あ……ああ。待っていろ、今――」
「行かせはせぬぞ、そこな妖精」
我に返った様子でこっちへ駆け出そうとしたデュラムの前に、でっかい人影が一つ、傲然と立ちはだかった。
俺たちがここへ来たとき、最初に声をかけてきた禿頭の巨人――雷神ゴドロムだ。
「我らが楽しみを邪魔するでない。そこより一歩でも前に出てみよ。地を穿ち、天を切り裂く我が稲妻、その身に叩きつけてくれるわ……!」
奴の両手に握られた白熱の撥、稲妻がバリバチッと危険な音を立て、火花を飛び散らせる。
「……!」
雷神に足止めされて、デュラムはその場に釘づけだ。あの様子じゃ、助けは期待できねえ。どうしたもんか、この状況……。
と、そのとき。
「あらあら、はしたないですわね。年頃の娘がそんな格好をして」
突然、ほっそりとした腕が横合いから伸びてきて、白魚みてえな人差し指が、暴れるサーラの鼻先にぴたりと突きつけられた。
「お眠りなさい――ほんの一時」
指先が青白い光を放ち、それを見た藍玉の瞳が大きく見開かれる。
「あ……」
と思ったら次の瞬間にゃ、瞼がすうっと下りてきて、サーラの目を閉ざしちまった。喜劇の終わりを告げる、舞台の幕みてえに。
途端にサーラの全身から力が抜けて、上半身ががくんとのけ反る。
「おわっと……重ッ!」
俺がとっさに抱きかかえなけりゃ、サーラの奴、頭から地面に激突してただろう。
「ご心配なく、フランメリック様。眠りの魔法で、少しお休みいただいただけですわ」
白銀の弦を張った竪琴の調べを思わせる、玲瓏とした若い女の声が、その場に響く。
それを聞いた途端、俺の背筋にぞくりと、戦慄が走った。腕の中で安らかな寝息を立ててるサーラから目を離し、顔をゆっくりと上げる。
まず視界に入ってきたのは、夜の闇から紡ぎ出した魔法の糸で織り上げたかのような、漆黒の婦人服。裾から見上げていくと、象牙みてえに白く滑らかな肩と胸元が目に映った。その上にゃ細い首があり、これまたほっそりとした女の頭を載せてる。
その完璧な、恐ろしいまでの美しさと言ったら、大理石を刻んだ彫像さながらだ。絹の艶と滑らかさを持つ銀髪を背中に流し、生まれながらの高貴さを感じさせる細面にゃ冷たい微笑を浮かべてる。
その女の名前を思い出すまでに、大した時間はかからなかった。
「あんたは……リアルナさん?」
「……一体いつになったらセフィーヌと呼んでくださいますの、フランメリック様?」
「困った方ですわね」とでも言いたげに肩をすくめ、銀髪の美女は苦笑した。
……そう。この人は、リアルナさん。またの名を、セフィーヌ。
神々の王、太陽神リュファトの妻にして天界の王妃、夜を支配する月の女神だ。