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第12話 神々は館の中庭で乱舞する

 獣のような野性味ある面構え、狩人みてえな格好をした青年――森の神ガレッセオが葦笛に口をつけ、軽快な調べを奏でる。

 それに合わせて、白銀の横笛を吹くのは青みがかった銀髪の妖精(エルフ)。デュラム以上に美しく、女性と見紛うような顔立ちの青年、風神ヒューリオスだ。

 二人の笛の音が響く中、みずみずしいほっぺたをした愛くるしい少女が、両手で抱えた水瓶の中身を神々の杯に注いで回ってる。

 少女の正体は水の女神チャパシャ。瓶の中身は、水で割った葡萄酒(ワイン)だろう。

 天上の権力者たちは、杯に注がれた酒を美味そうに飲み、大皿に盛られた砂糖菓子や果物に舌鼓を打ってる。笛の調べに合わせて、こんな歌を歌いながら。



「聞けよ聞け、命儚き地上の種族。

 過去を鎖のごとく引きずりて、今をみじめに生きる者どもよ。

 浮世の月日は飛ぶ矢にも似て、瞬きする間に過ぎ去らん。

 去りし昨日を悔いたとて、どうして意味があるものか?

 時は怒りも泣きもせず、ただ刻々と足早に、止まらず、戻らず進むのみ。

 されば、過去を悔やむことなかれ。

 時を戻すは神の業。妖精(エルフ)小人(ドワーフ)巨人(ジャイアント)、人間などには真似できぬ。

 なれば、汝ら地上の種族、ただ今日を生きよ、精一杯。

 黄金(こがね)の太陽、東より、昇りて西へ沈むまで、勤めに励み、疲れたら、

 風呂に浸かりて汗流し、皆で遊戯(ゲーム)にふけるべし。

 白銀(しろがね)の月、青黒き、夜空をめぐりて皓々と、広き大地を照らす中、

 (ダイス)を振りて駒進め、腹を抱えて大笑い。

 これぞ人生、命の旅路。生ある者が歩む道。

 いざや愉しめ、この瞬間――今というこの時を!」



 神々の中にゃ途中から、歌に合わせて踊り出す奴もいて、宴はますます盛り上がる。

 浅黒い肌した大女が地面に手をつき、脚を軽々宙へと跳ね上げた。一瞬逆立ちになったかと思えば、再び地面に足をついて、腕を頭上に振り上げる。一連の動作を瞬きする間にこなし、続けてそれをもう一度、間髪入れずにもう一回! 回転する車輪にはりつけになった人間さながら、めくるめく側転を繰り返し、広い中庭をぐるりと一周してみせる。胸が五つ鳴るまでの、ほんのわずかな時間で。

 あの人は……確か、大地の女神トゥポラだったはず。

 大地母神に負けじと、他の神々も後に続く。

 黒髭を蓄えた小人(ドワーフ)――軍神ウォーロが地面を一蹴りしただけで、館の屋根にも届く高さまで飛び上がり、背中をくるんと丸めて三回転。ずんぐりとした体の重さをまるで感じさせねえ、軽やかな宙返りだ。

 他にも、軽快に指を鳴らしつつ、目にも留まらねえ速さの足運び(ステップ)を披露する神。右足の爪先だけで立ち、轆轤みてえにキュルルルルッと、めまぐるしく回転する神。相方を豪快に宙へとぶん投げて、錐揉みしながら落ちてきたところを難なく受け止める神……。

 地上の種族に身をやつした神々は、大いに飲み、食べ、歌いながら、軽技めいた舞踏(ダンス)を舞い踊る。どの神も伸びやかで自由奔放、そして何より、生き生きとして楽しげだ。生きることを心底楽しんでる、そんな感じがする。

 一方、俺たちはどうしてるかと言えば、浮かれ騒ぐ神々にたじたじとなりながら、宴の片隅で身を寄せ合うばかりだ。以前と同じように。


「どうした小僧、貴様らも大いに飲んで、食らうがよい!」

「うわーっはっは! 地上の種族だからとて、遠慮はいらぬ。今日は無礼講ぞ!」


 といった具合に、神々はしきりに酒や菓子、果物を勧めてくるが、こんな状況で陽気に飲んだり食べたりなんざ、できるはずもねえ。

 それより神々にゃ、聞きてえことがたくさんあった。メラルカのことやラティさんのこと、それに神々自身のこともだ。こんなところへ何しに来たのか。メラルカ同様、何かたくらんでやがるのか。



 そして何より、あの人は――あのおっさんは、一緒じゃねえのかよ?



 俺にとって、他のどの神より思い出深い神様。その姿を求めて、周囲をきょろきょろ見回してると、


「……フランメリック」


 姫さんが、俺の傍らへ身を寄せてきた。


「この方々のことで、お前に頼みがあるのだっ」


 そうだった。姫さんの相談、まだ聞いてなかったぜ。


「明日、サンドレオ帝国の使節団がこの町へ来ることは、話しただろうっ?」

「ああ、宿からこの館へ来る途中で聞いたぜ。この国(フォレストラ)と正式な和平を結ぶために――とかって話だろ? ひょっとして姫さん、あんたもその和平を結ぶ場にいなくちゃならねえのか?」

「ひょっとしてもなにも、私がフォレストラの代表として、サンドレオの使者たちと話すことになっている。父上は病床の身で、ここまでお越しになれないからなっ」

「……大変なんだな」

「ああ。そこでだっ、フランメリック!」


 姫さんは、ここぞとばかりに身を乗り出してきた。


「う……」


 その勢いに気圧されて、思わず一歩退いちまう。女の子にじっと見つめられたり、いきなり顔を近づけられたるするのは、どうも苦手だぜ。

 そんなことを考えてる俺に姫さんは、


「私は……和平が結ばれるまでに、神々が何かよからぬことをなさるのではないかと気がかりなのだっ!」


 と、内心を打ち明けた。


「ああ、なるほどな……」


 神話や伝説で語られる通り、神々は気まぐれだ。地上に恵みの雨を降らせることもありゃ、災いの火を放つこともある。姫さんがフォレストラの代表として、せっかくサンドレオ帝国の使節団と握手しようとしてるときに、気まぐれ起こしてそれをぶち壊しちまう――なんてことは大いにありえる。


「だから、そうならないようにだな――」


 と、姫さん。


「明日一日、神々が和平の場に首を突っ込んだりなさらないよう、お前にこの方たちの相手をしてもらいたいのだっ!」

「え――えぇっ?」


 突拍子もねえ頼みごとをされ、とまどっちまう。そんな俺に、フォレストラ王国の王女様は重ねて頼み込んできた。


「何も、特別なことをする必要はないぞっ? 明日、この館で和平のための話し合いが行われている間、神々と一緒にいて、見張ってくれればいい。ただ万が一、この方々が何かよからぬ動きを見せるようなら、なんとかして止めてくれっ!」

「な……なんで俺に?」

「お前の強さは知っているからなっ。半年前に〈樹海宮〉の地下で私を倒し、裏切り者のカリコーが呼び寄せた魔物たちを相手に、たった一人で奮戦してみせた。まるで太古の伝承の世界から、するりと抜け出してきた英雄のように……!」

「……持ち上げすぎだぜ、そいつは」


 姫さんがそんなふうに褒めてくれるのは嬉しいが、俺を伝説の英雄たちと並べるのは大袈裟だろう。以前、姫さんに勝てたのも、カリコー・ルカリコンが召喚した魔物たちと戦えたのも、決して俺一人の力によるもんじゃねえ。

 あんなことができたのは――俺に力を貸してくれる奴、俺の心を支えてくれる奴が、そばにいたからだ。

 傍らに立つ、二人の仲間をちらりと見て、そんなことを考えた。

 デュラムの奴は、ここへ来てから心なしか不機嫌そうな様子で、俺と姫さんの話に尖った耳を傾けてる。サーラは……なんだかぼんやりした表情で、あさっての方向を見てるぜ。視線の先にあるのは、神々がまわりで遊びたわむれてる噴水のようだ。

 姫さんは、俺が二人を気にしてることに気づく様子もなく、熱っぽい口調で語り続けてる。


「持ち上げすぎだと? 双頭犬(オルトロス)人面鳥(ハルピュイア)はともかく、獅子鷲(グリフォン)獅子山羊(キマイラ)獅子女(スフィンクス)など、並大抵の冒険者が一度に相手にできるものではないぞっ!」


 どれも〈樹海宮〉で、俺が相手にした魔物だ。神話伝説の時代に大悪魔の血肉から生まれ、今なお地上の住人たちに忌み嫌われてる邪悪な種族。時にはその首に賞金がかけられ、そいつを目当てに俺たち冒険者が狩ることもある、異形の怪物たち。それらの名前を一つ一つ挙げて、姫さんは俺のことを賞賛してくれる。


「それだけではない。あのときお前は、神々の王から気に入られ、天界の王妃さえも退けた。そんなことは、まさに英雄の所業だ。だからこそ、これは他の誰でもなく、お前に頼みたいっ! 天上でも最高位とされるお二人の御心を動かしたお前なら、できるだろうっ?」


 姫さんは翡翠(ジェイド)の瞳で、まっすぐこっちを見つめてきた。その表情は、真剣そのもの。必死な気持ちが、ひしひしと伝わってくる。


「頼むっ! サンドレオとの和平が問題なく成立するよう、お前たちの力を貸してくれっ!」



 ……受けるべきか、断るべきか。それが問題だぜ。



 自分の気持ちを率直に言うなら、俺は……できることなら、姫さんの力になってやりてえ。この人のことは嫌いじゃねえし、こうしてまた会えたのも、何かの縁かもしれねえからな。

 けど一方で、あの破天荒な神々を俺たちに抑えることができるのかって不安も、当然ながらあるわけで。


「――賢者ならば、断るだろうな」


 俺の心を読んだかのように、口を挟んできたのはデュラムだった。


「火の神一人どうにもできない我々が、これだけの数の神々を抑えておくなど、できるはずがない。鬼人(トロール)並みに鈍い貴様でも、その程度のことはわかるだろう?」

「それは……」


 デュラムの鋭い指摘に対して、返す言葉が見つからねえ。

 知恵の女神クレネ、どうか教えてくれ。俺は……なんて答えりゃいい?

 神々の中で最も賢いとされる女神に祈りつつ、言葉を探してると――ぱさり。すぐそばで、何かが地面に落ちる音がした。


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