プロローグ 贈り物
やれやれ、やっと見つけたよ。間違いない、彼だね。
半年前にボクのしもべ――魔法使いカリコー・ルカリコンを倒した、赤い瞳の冒険者。
名前は確か、フラン……そう、フランメリックだ。
仲間の二人はウィンデュラムとマイムサーラ、だったかな?
ボクとしたことが、見つけるのにずいぶん手間取ってしまったよ、まったく。
ルカリコンを失った今のボクには、新しいしもべが必要なんだ。
神授の武器を取り戻すために、ボクの手足となって働いてくれるしもべがね……。
さてと。さしあたって問題なのは、どうやって彼らに、ボクの許まで来てもらうかってことだけど。
そうだね……うん。よし、決めた。
不安もあるけど、あの娘に頼むことにしよう。
◆
「――のう、お若いの。お前さん、イグニッサからおいでなすった冒険者かの?」
そう言って俺のそばへ来たのは、旅の途中ふらりと立ち寄った装身具店の主人だった。
見たところ、歳は六十過ぎってところか。背中を丸めた小柄なじいさんだ。杖をつき、深い皺が幾筋も刻まれた顔に愛想のいい笑みを浮かべて、売り物の指輪や首飾りを見てた俺の傍らに立つ。
「ああ、そうさ。けど、なんでわかったんだよ、じいさん?」
手にした商品から目を離して、俺がそう問い返せば、
「なに、あの国の人間は、顔を見れば大抵そうだとわかるんじゃよ」
と、片目をつぶって自信ありげに言い切る。
「お前さん、炭のように黒い髪、炎のように赤い瞳をしておるじゃろう? そういう髪と瞳を持つ者は、どういうわけかイグニッサ王国に多いと聞く。それにほれ、お前さんのその格好」
丁寧に刈りそろえた顎鬚を一なでし、得々と話を続ける店主のじいさん。
「腹がむき出しになる革鎧に、くたびれた脚衣。持ち物と言えば、腰帯につり下げた剣一本と革財布、それに背負った荷袋一つだけ。鉄の鎧も兜も身につけず、そんな身軽な格好で旅する剣士と言えば、命知らずで見栄っ張りな冒険者くらいのもんじゃよ」
「ああ、なるほど。違いねえな」
と、思わず納得の声を上げちまう俺。
……そう、俺の職業は冒険者。人間や妖精、小人など、様々な種族が共存するこの世界――フェルナース大陸を旅しながら、賞金首の魔物を退治したり、遺跡でお宝を探したりして路銀を稼いでる。この職に就いてから、かれこれ三年と半年くらいになる。
「ほっほ。ところでお若いの、うちの品はどうじゃね?」
二度、三度と顎鬚なでて笑った後で、じいさんは商売の話に入った。
「このコンスルミラはフォレストラ王国東端の商都、東方諸国に向けて開かれた窓口。神々がつくりしこの世界――フェルナース大陸の東西から運ばれてきた、様々な品が集まる交易の町じゃ。長らく東のサンドレオ帝国と小競り合いが続いて、仕入れに支障が出ておったのじゃが、一月前に休戦が決まったおかげで、またいろいろと異国の産物が入ってくるようになったわい。そんなわけで、この店で扱っとる装身具も東の彼方、西の果てから運ばれてきた品ばかりじゃよ」
「確かに、いい物がそろってるみてえだな」
そうつぶやきながら、俺はぐるりと周囲を見回した。
石造りの小さな店だ。店内は窓が小さく、灯器をともしてねえこともあって薄暗い。けど、壁際に置かれた棚や、真ん中にでんとすえられた円卓の上にゃ、金銀宝石をふんだんに使った装身具が何百と並べられ、華麗な輝きを競い合ってる。
じいさんの言う通り、あるもんは東方から絹や香辛料、陶磁器と一緒に駱駝の背に揺られ、またあるもんは西方から、小麦や蜂蜜、葡萄酒や毛皮、木材と共に船で運ばれてきたんだろう。どれも異国情緒豊かで、見るからに高そうな品ばかりだ。
「たとえばほれ、これなどどうじゃ?」
じいさんは手近な棚にあった腕輪を一つ手に取り、俺の前に差し出した。
ずっしりと重たげな、黄金の腕輪だ。とぐろを巻く蛇をかたどった、重厚な意匠。鱗の一枚一枚まで丁寧に仕上げられた、職人技の結晶だ。金持ちの商人や贅沢好きの王侯貴族にゃお似合いの品だろう。
けど……豪華すぎて、あの二人には似合わねえし、第一、俺の手が届く値段じゃなさそうだ。
「いや、もう少し安い品はねえのかい?」
引きつった笑みを顔に貼りつけ、俺は両手を左右に振ってみせた。
「俺と一緒に旅してる冒険者が二人いるんだけどさ。その二人にちょっとした贈り物をしてえんだ」
日頃世話になってることへの、感謝の印に――と、心の中でつけ加える。
「高いもんじゃなくて構わねえ。俺の手持ちで買える、ささやかなもんでいいんだ。じいさん、何か手頃な品は置いてねえかい?」
「ふむ、なるほど。そういうことなら、確かこちらに……」
その後、店内の商品をあれこれ見せてもらった結果、贈り物にちょうどよさそうな装身具が二つ見つかったんで、早速代金を支払うことに。
二つ合わせてお代は三百六十リーレムなり、と。このときのために少しずつ貯めてきた金で、どうにか買える値段だ。
「ほっほ――毎度あり。お前さんの冒険仲間二人が、喜んでくれるとよいがの」
「ああ。ありがとな、じいさん」
笑顔で手を振ってきびすを返し、店を出ようとした、そのとき。
「メリック!」
俺の名を呼ぶ、高く澄んだ声がした。
「げっ! その声は……まさか」
買ったばかりの二品を、急いで背後に隠す。
声の主は、店の戸口に立ってた。丸みを帯びたほっぺたを、焼きたての麺麭みてえにふくらませて腕組みし、足を軽く開いて通せんぼしてる。
「んもう! 買い物の途中でふらっといなくなって、一体どこへ行ったのかと探してみれば、なーにこんなところで洋観覧の油売ってるのよ!」
開口一番そう言って、そいつはつかつかと、足早にこっちへやってくる。
小柄なせいで子供っぽい感じはするものの、その分親しみやすい雰囲気を持つ美少女だ。丸っこい――けど顎だけは心持ち尖った顔に、後ろで三つ編みにした金髪。ぱっちりした藍玉の瞳と、その上で緩い弧を描く眉が人目を引く、愛らしい女の子。
服装は、広い鍔つきのとんがり帽子に、上下一続きの水着みてえな革服。その上に白銀の胸当てをつけ、青黒い外套を羽織ってる。もう、見るからに魔法使い、魔女っ子って感じの格好だ。
こいつはマイムサーラ、愛称はサーラ。俺が今、贈り物をしようと思ってる冒険仲間の一人で、「天才魔法使い」を自称する魔女だ。さっぱりしててつき合いやすい奴なんだが、極度のお節介なのが玉に瑕。同い歳の俺を弟分扱いして、隙あらば世話を焼こうとする。
ほら! 今も、自分より背が高い俺の前で姉貴ぶって、こんなことを言いやがる。
「このあたりは人通りが多いし、曲がり角もたくさんあって迷いやすんだから、勝手にあたしから離れないでって言ったでしょ?」
「そんなこと言ってたっけ……?」
「言ったわよ、この忘れん坊」
ポカン! 手にした杖で、頭を軽く一撃された。
「い、いててて……」
何しやがるって抗議しかけたところで、うっかり卓上の商品に触れちまい、床に落っことしそうになる。
「うぅわわわっ!」
落ちる寸前、手で押さえ――ふう、やれやれ間一髪。
忘れっぽくて、間が抜けてる。俺のどうしようもねえ欠点だ。
ほっと一息ついたところで、サーラがずいっと詰め寄り、顔を近づけてきた。
「いっ……!」
ぷんぷん怒った顔のサーラに見上げられ、ぐっと言葉に詰まる俺。
この魔女っ子の目――水の精が泳ぐ湖底を映したような青い瞳に見上げられると、俺は何も言い返せなくなっちまう。それこそまるで、魔法にかけられたかのように。
気まずくなって視線を落とすと、サーラのほどよくふくらんだ胸とか、むき出しの白く滑らかな太腿が目に入って、ますます言葉が出なくなる。
どうやらこりゃ、降参の白旗を掲げるしかなさそうだ。
「わ、悪い! 面白そうな店を見つけたもんで、ついふらっと寄っちまってさ……」
こめかみに汗を一筋流してわびを入れつつ、後ろ手に持った贈り物を、そっと腰につるした財布にしまい込む。これを買ったってことは、渡すときまで内緒にしておきてえからな。
「まーたそんなこと言って。デュラム君だって、今頃あちこち駆け回ってあなたを捜してるんだから。会ったらちゃんと謝りなさいよね?」
「わ、わかったよ、サーラ」
人差し指の先で、ほっぺたをぽりぽり引っかきながら、うなずいてみせる俺。
まあ、目当ての品は買ったんだ。これ以上の長居は無用だろう。サーラと一緒に店を出て、もう一人の冒険仲間――デュラムと合流しよう。
「邪魔したな、じいさん」
「いや、なんのなんの。お役に立てたのなら何よりじゃ。縁があったら、また――」
「ああ……っと、そうだじいさん」
出入り口の扉に手をかけながら、俺は肩越しにじいさんを見やって、呼びかけた。
「さっきあんたが言ったこと、一つだけ間違ってるぜ」
「なんと、間違いとな?」
虚をつかれた顔をするじいさんに、俺は「へっ」と笑みをこぼしてみせる。
「俺、生まれはイグニッサなんだが、このところずっと異国を旅しててさ。ここへは、あの国から来たわけじゃねえんだ」
扉を押し開け、外へ出る。途端に街の喧騒が、どっと耳に流れ込んできた。
扉が閉まり切る前にこう言ったが、その声が果たしてじいさんの耳に届いたかどうか。
「俺たちゃ、これから行くところなんだ――俺の故郷、イグニッサへ」