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少女時代

作者: 雪の星

「春って 眉間の辺りがむずむずするわ。」


お姉様はそう言って、

肩に落ちた桜の花びらを手に取った。


わたしは何も答えないで

その瞳に映る、桜を見ていた。


彼女の瞳を通して見ると

薄桃色の影のようだ。


華やかさと闇は姉妹で

いつでも手を取り合っている。


わたしは彼女の陰であり

彼女はわたしの光だった。


いつだったか、そう語ると

「おかしいわ、私は逆だと感じるのに。」

お姉様は口をとがらせた。


去年は一人で桜を見ていた。

入学式。


春はいつでも気が重いのに

新しい環境で、更に無口になる。


恵吏様の妹になった時

私は髪を切った。


ばっさりと。


おさげ髪がもう編めないのね。

そう言ってお姉様は哀しそうにしたけれど。


恵吏様を守りたいと思ったら、

長い髪が鬱陶しくなっただけ。


「手を繋いで頂戴。」


お姉様がはにかんで仰る声を

春の風は何処かへさらってしまった。


手を取って引き寄せる。

えんじ色のスカートが回る。


「離さないで。」


私は心の中で祈っていた。



二両編成の小さな列車が

春の花を割って進んでいく。


かたこと。かたこと。


お姉様の手に自分の手を重ねる。


「相手の方、私より十も年上でらっしゃるの。」


上気させた頬は、桜のよう。

いつもよりお喋りなお姉様。

私は何度も相槌をうつ。


ふいに、紋白蝶が窓から迷い込んできた。

お姉様の萌黄色のカーディガンにとまる。


「ブローチみたい、綺麗ね。」


お姉様はゆったりと微笑んだ。


この蝶に姿を変えて

彼女と一緒に居たかった。

お姉様が、今日の日を忘れてしまうまで。


お見合いの日。


隣町に用事があるなんて嘘をついて

駅までお姉様に付き添った。


お迎えに、黒塗りの車。

よく磨いた靴のようにぴかぴか。


一緒に、とお姉様は誘ってくれたけれど

不釣り合いな気がして、断った。


なんにも用事のない街を

なんの関係もない町を

ふらふらと放浪する。


鼻先をくすぐる春の風。

お姉様の新しい恋の風。


私は切符を一枚買って

もと来た道を、かたこと帰る。



「ねぇ、船が流れ星の様に見えるわ」


飛行機の小さな四角い窓から

海を流れる小舟の群れは。


波間に白い、線を引く。


お姉様は

ふたつになったばかりの娘を

膝にのせている。


陶器の様な白い肌に

眉の辺りはお姉様似。


瞳はわたしの知らない人。


「おかあさま」


つぶやく声はまだ淡く。

瞳の奥は仄かに白く。


「なあに」


お姉様の、

変わらない美しいその手は

今では沢山のものを握っている。


少女時代、

私たちだけだったあの頃とは違う。


桜は散った。

時は流れる。


すこしの嫉妬を心に隠して

わたしも小さな手を握る。


花びらは海の底。

静かに横たわっている。



黒と白。

黒と白の連立。


まるで殺風景なその場所に

哀しみに暮れたその人が立っていた。


はらはらと舞うのは桜。

今年生まれの桃色の花。


お姉様の忘れ物を届けに伺った時

一度だけ、その人の顔を見た。


爽やかな色香の男性。

肩幅は狭く、柔らかい声の。


神様は、

彼を長くこの世界に置いて下さらなかった。


長く哀しんだ人の顔をしている

わたしの大切なお姉様。


桜が散るだけ、

得たものは多く

また失ったものも多く。


「由貴さん」


わたしを呼ぶその声は、

あの時と何も変わらないけれど。


遠くへ来たわね。

ほんとに遠くへ。


彼女の細った指から

婚約指輪がぽろりと落ちる。


私は草の中からそれを拾って

お姉様の掌へ返す。


お姉様わたし、

あの日から

あなたの手だけを繋いできたのです。


独り身でい続けた訳を

聞かれたってあなたには教えない。




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