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短編あつめ

みずだまぽつり。

作者: 郁崎有空

 六、七歳ほどの女の子が窓の外を退屈そうに眺めていました。


 晴れ渡った外ではきれいに澄んだ無色透明のビー玉のようなものがぽつぽつと降っていました。


 それは、台風とは比べものにならないほど今も屋根をうるさく叩いています。


 かんころころ、かんかんころころろ。


 ビー玉が降り始めて今日でなんと三日目です。おかげで、窓のサッシには山のように積もっていました。


「お母さん、ミズダマはいつやむの?」


 女の子がふくれっ面で言いました。


 ミズダマとは空から降ってくるビー玉の名前です。


「分からないけど、きっといつかやむよ」


 お母さんが乾パンや懐中電灯などを入れた防災バッグを部屋に引きずり出していました。


 テーブルには電線が切れて電気がつかないので、ランタン(火を使わない方です)と、レトロな見た目のラジオが置いてあります。


 電線が切れたことにより電気は来なくなり、受信アンテナもミズダマによって折れているためテレビがつきません。文明の利器であるスマートフォンもタブレット端末も電池が尽き、わずか三日でラジオに頼りっきりの生活に後退しました。


『三日前から全世界にかけて空から舞い降りた脅威のビー玉、通称〈ミズダマ〉はいまだにやむ気配が見られません。危険なため、むやみな外出は控えましょう』


「はぁ……」


 お母さんはいつもと変わりない警告をするラジオにため息をつきました。

 外ではミズダマが大体の大人の肩ほど積もっており、出たくても玄関扉がびくともしないのです。女の子の家は一階建てなので、他の出口も同じです。


「ねえお母さん。お父さんはこんなときでもガラクタを作ってるの?」


「お父さんにも考えがあるのよ。きっといまお父さんが作ってるのは使えるガラクタだわ」


 詳しいことはお母さんにも分かりませんでしたが、お父さんは何かを作っているのです。



 お父さんは機械の部品と設計図が散らばるガレージを兼ねた自室で鋼材の溶接をしていました。


 電気がつかないので何個かのランタンを照らしています。


 溶接マスクを装着したお父さんは、必殺技を決めるヒーローのごとく、小型化してバッテリーで動く自作の溶接機で火花を散らしています。お父さんはヒーローではないので爆発は起こりませんでしたが、鋼材が見事にくっつきました。


 お父さんが作っているのは、かつて武器などを作る会社の偉い人が閉じ込められた時に即席で作って脱出した、かの有名な『ぱわーどすーつ』です。


 お父さんは車の会社で開発部を勤めているかたわら、日曜大工の代わりに機械を作っています。


 休みがあれば、誰も欲しがらないような『全長十センチのゴリラロボット』や『聞いた言葉に乱数で屁理屈を返す文字通りの口だけのロボット』などを作ります。


 お父さんは面白いと言って毎回リビングに飾りますが、毎度ながらお母さんや女の子には不評で、結局自分の部屋の棚に飾っていました。


 そんなお父さんが現在、何故『ぱわーどすーつ』を真剣に作っているのか。


 それは家族のためでした。


 作業を続けて数時間。気づけばそろそろ日が暮れるころでした。


「……できた!」


 お父さんは油臭いツナギの袖で顔の汗を拭き、完成された『ぱわーどすーつ』を見上げました。


 多少表面がデコボコで寸胴ではありますが、外骨格のフレームを覆う分厚い装甲がなんとも逞しく、これなら岩がぶつかっても大丈夫でしょう。


 お父さんは誇らしげにうなり、顎をさすっています。


 お父さんはピシッと締まった専用のウェットスーツ(ダイビングする人が着るような服を想像しましょう)を着て、ついに「ぱわーどすーつ」を装着します。


 普通の服の上から装着するとあちこち(特に股関節辺り)が蒸れてしまうからだとか。


 人工知能(『ぱわーどすーつ』の色んな面をサポートする見えない妖精さんです)の指示に従って足、腕、胴体、頭の順に装着します。そして、お父さんはヒーローそのものになってしまいました。


 色んな動作を確かめます。手をグーにしたりパーにしたり、歩いてみたり、『ぱわーどすーつ』のふくらはぎ外側に付けたホルスターから少し大きめのリボルバー銃を出したり、少林寺拳法を一通りしました。


「異常はありませんでした」人工知能は言いました。


 お父さんはスリットのようなバイザーのイカす覆面の裏で笑顔でした。なぜなら、これで家族が救われるからです。


 お父さんは自室の扉を開けようとドアノブをひねります。しかし、力が強すぎたため、ドアノブは折れてしまいました。



 夕方になってもミズダマは降ってきます。そろそろ窓ガラスが突き破られそうです。


 さすがに女の子も怖くなって、リビングの真ん中にあるテーブルの下で、お母さんと震えていました。


「お母さん! ミズダマはいつやむの?」


「大丈夫よ。やまない雨は無いように、ミズダマもいつかやむわ」


 お母さんは女の子を安心させるよう抱きしめます。しかし、お母さんの身体も恐怖で震えていました。


「お父さん……何してるのかな……」


 少女はお父さんの部屋の扉を見ました。部屋から何かが折れた音がしました。


「お母さん! お父さんの部屋からバキンって!」


「大丈夫よ……大丈夫だから……」


 ガムテープで一面を補強した縁側のガラス戸がピキピキ騒がしくなりました。このままではミズダマの雪崩で家がビーズの芳香剤になりかねません。


 すると、お父さんの部屋から爆発したような音がしました。見ると、お父さんの部屋の扉は蝶番が外れて倒れ、体全体がガチャガチャうるさい宇宙服体型のロボットみたいな人が現れました。


「遅れてすまない。だけど、もう大丈夫だ」


 頭が宇宙の刑事みたいですが、装甲がガタガタでとても不似合いです。


 女の子はぱあっと明るくなりました。


「お父さん! お母さん、お父さんが出てきたよ!」


 お母さんは一瞬困惑しましたが、すぐにお父さんだと分かってお父さんに近づきました。


「またしょうもないものを作って……」


「この『ぱわーどすーつ』を侮ってもらっちゃ困るな。これは、お父さんのテクノロジーをふんだんに使った最高傑作さ!」


 お父さんはさらに誇らしげです。


「お父さん、これで外に出られるよね?」


「もちろん。そのために作ったんだから」


 ついに縁側のガラス戸が破られ、家にミズダマが一気になだれ込みました。


 お父さんはすぐに背中に付けた小型のロケットエンジンを起動します。


 肩から合金(何個かの金属を掛け合わせた金属です。簡単に言えばかなり硬い金属)で出来た折りたたみの傘を開きます。


 ミズダマが足元を覆おうとする直前、お父さんは女の子とお母さんを抱えて天井へ飛び立ちました。


 天井は豆腐のように簡単に壊れ、ミズダマの降る外へ飛び立ちました。


 スーパーマンのように空を飛ぶと危険なので、一度屋根の上に降り立ちました。傘にミズダマがうるさく当たりました。


「ねえお父さん。これからどうするの?」女の子が聞きました。


「そうだなあ。まずは——」


 ふと、お母さんは防災バッグを置いてきたことに気づきましたが、お父さんが手に持ったものを見て安心しました。


「まあ防災グッズは一通りあるしな。まずはミズダマの少ない地域に行って避難用の装甲車を探すか」


 いつも使えないガラクタばかり作るひょうきんなお父さんは、今日はとてもたくましい家族のヒーローに見えます。


 家が崩れて屋根は溢れたミズダマと同じ高さになると、お父さんは家族とともにミズダマの地面へ踏み出しました。

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