第四話 陰る太陽と満ちた月
「もうやめなさいよ、あの子の所へ行くのは。」
あれから何度も娘の元へ足を運び、段々と仕事をやらなくなっていた死神に、見かねた天使が警告した。
でも死神は余計なお世話だと聞かない。
「・・・うるさい。お前には関係ないだろ。」
「自分の仕事を投げ出して、神様に叱られますよ。」
どうしてあの娘の所へ仕事をおろそかにしてまで行くのだろうかと天使は不思議でたまらなかった。
しばらく考えて、思いついた。
「・・・好きなんですか?あの子のこと。」
もう一度死神は関係ないだろと言って、また人間の世界に下りて行った。
返事は聞けなかったけれどきっとそうなんだと天使は思った。
「なんてことを。傷つくのはあなたなのに。」
天使はもしも死神が死神をやめたら、もうそばにいられないと思った。
寂しいのは嫌だったから、娘と死神を引き離すことにした。少しだけ乱暴で酷い方法で。
天使は死神のことが少し、好きだった。
今日は歌が聞こえない。
いつもそよ風のように流れてくる歌が聞こえない。
気になった死神が窓から部屋を覗いた。
そして目に映るものが死神を心から打ちのめした。
娘と、いつかのアランという青年が口付けを交わしていた。
いつも紡がれる歌声は、なるほどその中に吸い込まれていたのだった。
死神がいることは知らない二人が誓いをたてる。一緒にいよう、ずっと一緒に。
「結婚しよう。」
「はい。」
二人は幸せに結ばれた。誰にも祝福され。
すぐに式は挙げられ、告げる鐘の音は遠くまで響く。
鳥は歌い花は咲き誇り、太陽はやわらかく照らして、人々は拍手とおめでとうで迎え。
世界が色づき輝いて見えた。間違いなく二人は幸福だった。
教会の屋根からそれを見下ろして死神は絶望する。
歌は止み世界は黒白。天は重くのし掛かり人々の声は嘲笑うようにしか聞こえない。
「だから言ったでしょ。やめなさいって。」天使の仕業だった。二人を結んだのは天使の思し召し。
ゆらりと力なく振り返りながら、死神は天使に恨みの言葉を吐き捨てた。
「お前の仕業か・・・どうしてこんな・・・」
「あなたのためです。」
「黙れ!この悪魔が!」死神は天使にあるだけの言葉で罵った。
「消えろ!」
この世界も
「消えろ!」
全て
「消えろ!!」
目の前から
「消えろ!!!」
この胸を引き裂くような鋭い痛みで何も分からない。
ひと時の幸せは割れて粉々になったガラス。
その破片で貫かれた心が血を流し悲鳴を上げた。
「痛い」
力なく地面に膝を付く。
「痛い・・・」
死神は気づいた。
そうか、これが人間が嫌う、失う痛みかと
それっきり、死神は仕事をやらなくなった。
さまよう魂たちが世界を埋め尽くしてゆく。
困った神様は死神にどうすれば仕事をするか尋ねた。
うつむいたまま死神は言った。星にさえ秘密だった、いつか願ったたった一つの願い事。
人間になりたいと。
「では、1千万魂を導きなさい。そうすれば、人間にしてあげましょう。」
死神は急いで仕事をした。
早く会いたかったから。もう一度会いたかった。
でも死神は人間が大嫌いになっていた。娘を奪ったのは人間だったから。
急いで、急いで仕事をやった。
あまりに急ぎすぎたから、してはいけないことをしてしまった。
まだ生きている人の体から、命を引き剥がした。
つづく




