第一話 見上げれば死神
昔、死神の仕事は、命が尽きた人間の魂を、この世で迷うことなくあの世まで導くことだった。
だから、誰も死神を恐れることはなく、むしろ感謝していた。
でも、別れのときにしか姿を見せなかったので、人は無意識に彼に、死別の一切の悲しみを重ねて見ていた。
だから死神はある時、友人の天使に呟くように寂しげに言った。
「みんな俺を見ると泣く。」
それはとてもつらい事だったけれど、天使は「だって、あなたは死神だから」と切なそうに言った。
気配がする。肉体から魂が離れ、ふわりと浮遊する感覚。
今日もそれを感じて、行かなければ迎えなければと腰を上げる。
人は自分の行いを感謝するけれど、ありがとうとは言わない。出来れば連れて行かないでと懇願される。
それはどうしても出来ないと、何度逃げるように導いたか知れない。
途中、たまらなくなって神様に聞いたことがあった。
「どうして人は死ぬんだ。」死神の突拍子も無い質問に、神様は優しく答えた。
「死ななければお前はいらないよ?」
「なら創らなければよかったのに。俺なんて。」
「世界に生まれたら終わりが来るから、だからね、お前が必要だったんだよ。」
終わりがなければ誰も、きっとあんな世界に生まれたいとは思わなかったはずだと。
だけどあんなに泣かれて悲しまれるのなら、こんなにつらい仕事はない。
でも、誰かがやらなければならないなら、仕方が無いことだと死神は思った。
死神が死神を辞めたら・・・後は何にも残らないけれどと苦笑しながら。
向かった場所は、丘のふもとの小さな家。
父親と娘のたった二人暮し。でもきっと幸せな暮らし。
それなのにもうすぐ、過去の幸せ。
「お父様・・・お願い、わたしを置いて逝かないで・・・」
娘は手を握り締め、病床に伏せる父親を懸命に看病していた。
「ソフィア、すまないな・・・お前を看病のために家に閉じ込めていた・・・」
「だから、ね?早く元気になって一緒に出かけましょう?もうすぐ丘の蓮華が綺麗に咲くわ」
「そう、だな・・・またお前の作ったお弁当を持って・・・」
そこで一緒に食べようと父親はいつものように優しく笑いかけて、やわらかいソフィアのその髪を撫でた。
でもその手が弱くなり、力なく、滑り落ちる。
「お父様!」パタリと落ちた手を拾って叫んだ。涙がどうしようもなく溢れて落ちる。
いつも見る光景だと思った。死神はそれを部屋のすみでぼんやり眺めていた。
そして仕方なく声をかけ、迎えに来たと知らせた。
この娘は何と言うだろう。何と言って自分に悲しさを訴えるだろう。
「・・・誰?」
「死神だ。お前の父親を迎えに来た。」
「死神・・・?」
そう言ってきょろきょろと辺りを見回す娘に死神は首をかしげた。
こちらを向いても、目が合っても、一向に自分の姿を瞳に映さない。
「・・・あんた・・・もしかして・・・目が。」
娘がゆっくり頷いた。
娘は生まれてから一度も、光を見たことが無かったのだった。
つづく




