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虚ろなる英雄  作者: 春風
第三章
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霧を抜けて

 反帝国勢力の面々を残し、泥濘ぬかるんだ道を馬で駆ることおよそ六時間。三人は目的地であるオズナ砦のすぐそこまで来ていた。雨に煙るオズナ砦が、良好とはいえない視界にぼんやりとそびえている。


 美しい金髪をフードで隠したセリューノは、身を潜めている草むらからかつて自分が拠点としていたオズナ砦をじっと見つめる。ここで危険粒子掃討部隊西域部隊長として反帝国勢力と対峙していた頃は、まさか自分自身が反帝国勢力の一員となり、父、そしてキドラ帝国に楯突く事態になろうとは微塵も思っていなかっただろう。


 そして、そのような事になった発端であり、大きな要因となった男はもういない。過去という逆らう事の出来ない時間列の中に取り残され、未来を見ることが出来ぬ場所へと行ってしまった。我々を残して。


「気分が優れませんか? …いえ、野暮な質問でしたね」


 深妙な面立ちをしていたのだろう。心配した様子でリュゼが声を掛けるが、自身の問い掛けを自ら打ち消す。


「いいんだ、気にしないでくれ。あなたの気遣いには助けられている」


 少し顔を伏せたリュゼに向き直り、僅かに口角を上げる。それなら良いのですが、と口にしながらも、なお心配そうな目付きで自分を見つめるこの男の助力には頭が上がらない思いだ。常に最善の判断を選択出来ているのは、エザフォス地方各地に張り巡らされた情報網から逐一報告される鮮度の高い情報の賜物と言っても過言ではないだろう。リュゼの尽力無くして、レグナッドを失った反帝国勢力の存続は不可能だったかもしれない。


「……しかし、今回ばかりはどう転ぶか。見当も付きませんね」


 セリューノの心の声を代弁するかのように、一歩引いた場所に屈んでいるエリウッドが、頬を伝う水滴を煩わしそうに払いながら言葉を発する。その通りだった。


「あの父上の事だ。恐らく、私が反帝国勢力に身を寄せた時点でオズナ砦に駐屯していた危険粒子掃討部隊には何らかの小手入れがなされているはずだ」


 それは十中八九事実であろう。危険粒子掃討部隊西域部が駐屯していオズナ砦はキドラ帝国の帝都キドレリアから最も離れた場所にある帝国の軍事拠点である。言い換えれば最も敵対する者達との距離が近いという事だ。その言わば最前線の拠点を指揮する統治者が離反したとなれば、早急に手を打つのが賢明というものだろう。


「詳細は不明ですが、私の部下からもそのような情報は入ってきていました。皇帝から何かしらの通達はあったようです」


「それがどのような内容のものであったのか、それが重要になってくるという訳ですね」


 エリウッドが自らに言い聞かすように言う。リュゼも確かめるように頷き、更に続ける。


「しかしその後オズナ砦や危険粒子西域部隊に関する情報は特にありません。撤退したという話を聞かない所、まだ駐留はしていると考えていいでしょう。更に、部隊を離れたセリューノさんの代わりに指揮を取る者を派遣した様子はないようです。……あくまでも情報に過ぎませんが」


 注意深く最後にそう付け加え、リュゼはセリューノとエリウッドに向き直る。


「……これは私的な意見ですが、西域部隊は帝国の権力下に置かれてはいるものの、忠誠はセリューノさんにあったのではないでしょうか?」


 リュゼはそう言い、ほんの僅かだがエリウッドをちらりと見やる。


 忠誠。その言葉に反応した事をセリューノは心の中で認めた。そう、そこなのだ。いくら頭で考えても、最後にそこが引っ掛かるのだ。こればかりは自分の目だけでは正確な判断を下す事は難しい。


「……その確信が私には、無い。私は反帝国勢力との戦いを終わらせる為だけに日々を送っていた。部下が私の事をどう思っていたかなど、考える余地も無い程、頭はその事しか考えていなかった」


 それは謙遜でも嫌味でもなく、紛れもない事実だった。周囲の声など聞こえない程、あの頃は毎日黙々と淡々と、亡き母が夢見た平和を目指して邁進していた。


「サジュさんが言っていたように、その有無で天と地の差があります。…博打は嫌いですが、私はあなたを信じていますよ」


 リュゼが優しい柔らかな笑みを作り、語りかける。喉に引っ掛かる小骨が取れたような、不思議とすっきりとした気持ちになった事にセリューノは気付いた。


「安心して下さい。いざという時は、私がセリューノ様を守り抜いてみせます」


 エリウッドも拳を左胸に当てがいながら忠誠を示し、セリューノを勇気付ける。頼もしい仲間に囲まれ、自嘲気味の笑みを浮かべて彼は立ち上がった。


「ありがとう、二人とも。迷いはもう消えた」


 そう言うと彼は一歩、また一歩と足を進め始める。リュゼとエリウッドもそれに続き、彼を追うように歩き始めた。





「なるようになる。我が天命を問うてみよう」


 そうセリューノが言葉を発した時には、三人は既に砦の門前の目と鼻の先にまで歩を進めていた。


「止まれ! 名と要件を述べろ!」


 見張りに立っていた二人の門番の内の一人が険しい目付きで三人に向けて尋ねる。セリューノは一度目を閉じ、大きく深呼吸をした。それから間を置いて、金髪を隠したフードを脱ぎ、碧い瞳を門番に向けて口を開く。


「我が名はセリューノ・ソルバルド。どうか門を開けて頂きたい」

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