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虚ろなる英雄  作者: 春風
第二章
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一対の剣

 リュゼや部下の伝令により、各地から数多くの男たちが集結した。畏怖の対象であったセリューノが仲間に加わったときて、打倒帝国を望む者が次々と立ち上がったのだ。帝国の権力の前にひれ伏し、悶々とした気持ちを押し殺して生活してきた者たちが、溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように雄叫びを上げ、そこかしこで怒号が飛び交っている。


 セリューノはその一種独特な熱狂に多少の困惑を覚えた。これは明らかに『士気』と呼ぶには常軌を逸している。それ以上の何か特別な感情の昂ぶりを感じる。この広く澄み渡る夜空を照らすようにして燃え盛る炎の如く、煌々と燃え盛っている。


 彼の表情から心なしか不安げな気持ちを察知したのか、レグナッドが近くに歩み寄ってくる。


「なんの不自由もなく生活していたお前には分からないだろうが、民衆は常に不満を抱えている。国を治めるとは、言い換えれば民衆を治める事だ。民衆を見ればその国の内情を知れるのさ」


 そこまで言って異様な熱気に包まれる人集りに目を向ける。


「お世辞にも良い統治をしていたとは言えそうにないな」


 苦笑いを浮かべながらレグナッドが言った。なるほど、民衆を見れば国の内情が分かる、か。あながち間違いではないように思える。セリューノ自身、父の政策には首を捻る事が少なからずあった。民衆は不満を訴えるも、力でねじ伏せ黙らせる。そういった事が多かった。


 彼は常勝の将として民衆から人気があったため、非難の標的にはなったことがなかった。しかし、皮肉な事だが、今では帝国史上最も嫌われた人間になってしまっている事だろう。


「ともかく、この『熱』は使える。もっとも、冷めないうちにだがな」


 そう言ってレグナッドは一際目立つ、大きな瓦礫の上に飛び乗った。かつてはハウルテッド王国を守るように聳えていたであろう城壁の欠片に立った男に視線が集まる。同時に、喧騒さの代わりに静寂が場を支配する。


「みな、よくぞ集まってくれた。我々は同じ志を胸に、ここに集った」


 薄汚れた軽鎧に身を包んだ男は語りかけるように話し始める。


「帝国が覇権を握ってからというものの、我々は不遇な扱いを受けてきた。豊かだった大地は痩せ、人の心はすさみ、毎日のように人の血が流れた」


 焚火が跳ねる音が静かな廃墟に響き渡る。


「しかし、時は来た! 天地は我らに味方し、帝国を打倒する好機を与えて下さった! 間もなく夜は明ける……我らの手で、光を掴むのだ!」


 力強く発した言葉と共にレグナッドは拳を天に突き上げる。それと同時に、決壊した堰堤えんていから流れ出す濁流の如く、怒涛の勢いで雄叫びが轟く。勇ましい男たちが一様に一人の男の名を叫びながら拳を突き上げている様子は、鳥肌が立つ程の圧巻な光景だった。


 この男は人心掌握に長けている。普段の飄々とした態度からは想像できないほど、時に猛々しい。その男が不意に自分に視線を向けたのにセリューノは気付いた。来い、という事なのだろう。興奮冷めやらぬ男たちの目線より一段高い瓦礫の上に躍り出る。男たちの目の色が変わった。


「知らぬ者はいないだろうが、紹介しておこう。我らの大敵、キドラ帝国の第一王子にして、常勝不敗の将、セリューノ・ソルバルドだ」


 レグナッドがそこまで言うと、どこからともなく殺せ、という言葉が発せられた。それに乗じて雑多の罵声がセリューノに浴びせられた。騒ぎ立てる者、剣を抜き払う者、あれこれ構わず投げつける者。それもそのはずだ。セリューノはかつてはキドラ帝国の将としてこの目の前の男たちと戦いを繰り広げてきた。ここにいる者の親兄弟、仲間、妻に子供。直接セリューノに殺された訳ではなくとも、彼の率いる軍との衝突で何かを失っているのだ。仇敵とも言える男が目の前にいれば、その命を奪いたくなるのも当然であろう。セリューノは、自身の命のともしびが消えかかっているように感じられた。


 自身の血を欲しているかのように妖しく光る剣にすくみながら、投げ付けられた石やら野菜やらを払い落としつつも、セリューノは顔を背けようとはしなかった。それを見てレグナッドは満足気な表情で漆黒の鞘から光り輝く刀身を抜いた。そしてその神々しいまでに美しい刃を、セリューノの首筋に当てがった。


「おい、あの男何を考えている!」


 少し離れた所で様子を伺っていたエリウッドはレグナッドの行動に驚愕し、歯を食いしばって剣の柄に手をかける。しかしその上から隣に佇んでいたリュゼが手を被せ、押さえつける。


「何か意図があるはずです。ここはレグナッドさんに託しましょう」


「し、しかしッ!」


 こうしている間にも群衆の熱気は高まる一方で、いつレグナッドの刃がセリューノの首を刎ねるのかと待ち望んでいる。傍目からすれば公開処刑のクライマックスと勘違いしてしまってもおかしくはない。エリウッドはリュゼの制止を振り切り、抜刀して二人が立っている瓦礫へ疾走する。しかしその足はすぐに止まることになる。


 レグナッドが群衆の罵声を切り払うかのように剣をなぎ払い、一歩群衆に歩み寄る。瓦礫の淵に仁王立ちし、大地を揺るがすかのような大声で叫んだ。


「こいつを殺して何が変わるッ! 得られるのは貴様らの一時的な快楽だけだ! 貴様らは何を望む、何が欲しい? こいつの命か、快楽か? 違う! 我々が望むのは真の平和だ!」


 先程までとはうって変わって、場は沈黙している。ただ、レグナッドの声だけが誰しもの耳に届いている。


「もしこいつを殺せというのなら、俺は貴様らを皆殺しにする! それ程の価値があるのだ、この男には! 我々が帝国に勝ち、真の平和を勝ち取るには、このセリューノ・ソルバルドがいなければ成し得ないのだ!」


 この数の男を相手に皆殺し、などとは気が確かではない。しかしレグナッドの言葉には相応の重い響きがあり、やると言ったらやる、という強い意志を感じさせる。彼は剣を鞘に収めた。


「償いは戦でしてもらおう。それに見合った、いや、それ以上の成果を上げてくれるはずだ。我々にとって、この上なく強力な切り札となる」


 優しい口調だった。取り囲む男たちを見渡しながら、セリューノの肩を軽く叩き、微笑んでみせる。


「過去の因縁にはケリをつけるべきだ。しかし、その前に成し得なくてはならない事がある。絶対的な敵などいない、昨日までの仲間が敵になることだってある。己が目的を達成しようというのなら、チンケな自尊心を捨てる事だ。セリューノ・ソルバルドは、我々の同志だ! 異論はあるまいな?」


 またも沈黙だった。沈黙ではあるものの、そこには強力な賛同の意が示されていた。再び満足気な笑みを浮かべたレグナッドはセリューノに向き直り、剣を抜き払った。そして刀身をセリューノの方へ傾けて掲げる。


「同志よ、剣を抜きたまえ。一対のつるぎが重なりし時、悠久の結束を誓わん」


 ハウルテッド王国騎士団に古くから伝わる結束の誓いの儀式だった。セリューノも聞いたことはあったので、剣を抜いた。そして目の前に立つ、大男の澄んだ黒い瞳を覗き込む。レグナッドに似つかわしい豪胆な剣に自らの未来を託すかのように剣を重ねた。




 一対のつるぎが細く小さい金属音を立てて重なった。それと同時に、何度目かの怒涛のような雄叫びが上げられた。

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