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虚ろなる英雄  作者: 春風
第一章
2/39

亡国の騎士

 サベムの街を発ってから、一日と少しが過ぎていた。ちょうど太陽は真上に座し、暖かな風が頬を撫でて通り抜けてゆく。旅、もとい放浪に必要な物資はサベムで調達していたので、あと四日程度は食事には困らないだろう。当てのない旅路だが、もう慣れて久しい。思えば、もう十数年も各地を転々としているのだ。慣れないほうがおかしいといえばそうなのかもしれない。


 隣を歩く寡黙な青年との出会いは、この放浪の旅が始まった時期とほぼ同等になる。彼がまだ物心つく前、その頃の記憶はないだろうが、戦火に巻き込まれた小さな村の崩れ落ちた家の前に、顔をぐしゃぐしゃにして座り込んだ幼い少年がいた。周りに大人は見受けられなかった。いわゆる戦災孤児というものだ。


 その少年はこちらの存在に気付くと、ぐしゃぐしゃな顔をさらにぐしゃぐしゃにして泣きわめいた。小さな体に宿る防衛本能だろう。恐怖を抑えられるほどの自制心はないのだから、仕方のない事だった。


 当時の男は今よりもかなり若かったが、顔は今よりも悲壮感に溢れ、死に直面した人間特有のギラついた目をしていたはずだ。おまけに顔は血と泥で汚れていたのだ。子供が怯えない理由がない。男は大きな手で顔を拭い、少年に近付いた。


 少年は幼いながらもその体を駆使し、全力で逃げようとした。しかし、これは大人にも言える事だが、動揺し、恐怖に駆られる幼い子供がまともに動けるはずもなく、すぐにつまずいて転んでしまった。男は自分を見つめたまま恐怖におののいている少年にゆっくり歩み寄り、片膝をついたまま薄汚れた麻袋に手を突っ込む。そして未だ怯えきっている少年の眼前に、一切れのパンを差し出した。


 泥と涙で汚れた顔に埋まる一対の赤い宝石が、それまでの感情とは違う色合いを映し出した。


「パンは嫌いか?」


 少年は男を見つめたまま、首を横に小さく振った。それを見て男は少年の手を取り、パンをその小さな掌に乗せた。まじまじとパンを見つめては男を見つめる。それを二度繰り返したあとに、少年はパンにかぶりついた。余程腹が減っていたのだろう、一心不乱に咀嚼そしゃくし、すぐに食べ終えてしまった。そして煌めく赤い目を男に向ける。


 男はその様子を見て、無性に悲しくなった。この子には何の罪もない。純粋でけがれを知らぬ無垢な子。そして何よりも、その眼差しには生への執着が垣間見えた。まだ親の手が必要なはずの、こんなにも幼い子供がそのような眼差しを自分に向けるのだ。


 いつの間にか男の目からは生暖かい涙が溢れ出して来た。ここ数ヶ月、何回も泣いたが、どれもが冷たい涙だった。少年は不思議そうな目で男を見やる。その後も小さな少年の目の前で、大男が声を上げながら泣き喚く不可思議な光景がしばらく続いていた。







 暖かな風に吹かれて歩くなか、少し前を行く青年の背中を見つめて、古い物語を思い出していた。あれから十七年、小さかった掌も、逞しく成長したものだ。だが、あの頃の透き通った赤い眼差しは変わっていない。今でも時たま見せるあの鋭い眼差しを見ると、出会った頃の事を思い出す。


「イジャル、ここらで一息つこう」


 大昔に地殻変動でもあったのか、それとも河川の浸食によるものなのかは分からないが、左右に切り立った岩壁に挟まれる街道に差し掛かるところで男は言った。イジャルと呼ばれた青年は男の方を振り向き、辺りを見回してから頷いた。


「この街道を進めば今日中にはロッコスの街に着くはずだ。ロッコスには美味い酒があるんだ。若い頃先輩の騎士に無理矢理飲まされてなあ、ひどく酔ったものだよ」


 手にした木の器に水を注ぎながら、しみじみとした表情で男が言うと、イジャルはひとつため息をついた。


「酒は俺にとって一理もないですよ。酔っ払いの介護をする羽目になる。さらにその酔っ払いは、たちが悪いときた」


 そう言って彼は葡萄の房から実を一粒摘み、口に放った。やれやれ、酷い言われようだな、と笑みを浮かべながら男は木の器を口に運んだ。しかし、男が水を口にする事はなかった。木の器は男の手からこぼれ落ち、中に注がれた水は地面へと散った。


 乾いた土の上に出来たシミの中央に、矢が突き刺さっている。


「イジャル!」


 横に飛び退いた男の呼び掛けに応じるように、イジャルは傍に置いてあった二本の剣のうちの片方を放った。男は鹿革で出来た鞘を掴むと、すぐさま剣を引き抜く。第二第三の矢が射られ、風切り音が耳のごく近くで鳴き喚いている。矢を避けながら岩陰に身を隠す。イジャルも弓の弦に矢をつがえながら、向かいの岩陰に隠れていた。


 危うく敵の奇襲で命を落とすところだったが、弦を絞る微かな音が耳に届いた事が幸いだった。ふう、と一息つくと、自分が隠れている岩のすぐ横に刺さっている矢を見る。方向、角度からして切り立った岩壁の上からの攻撃のようだ。放たれた矢の数からも、それほど多くはない。せいぜい多くても、四人か五人といったところか。


「イジャル、援護を頼む。煙幕を張って視界をくらまして、敵に接近する。俺が煙幕を張ったら奴らに矢をお見舞いしてやれ」


 イジャルも射られた矢の角度から、相手のおおよその位置を把握したのだろう。向こうの岩陰で彼が頷くのを確認し、男は腰のポーチから球体のようなものを取り出した。その球体から飛び出している導火線に、同じくポーチから取り出した火打石を使って、火を付ける。導火線の長さとタイミングを図りながら、寸分のところで岩陰から放り投げた。


 小さな炸裂音とともに灰色の煙がもうもうと立ち込める。男は大きく息を吸い、肺に酸素を溜め込んでから煙の中へ飛び込んだ。それを見たイジャルもすぐさま弓を構え、敵がいるであろう方向へ矢を放った。大当たり、と言った具合に敵のひとりに矢が突き刺さり、うめき声が聞こえた。


 男はその隆々とした肉体に秘められた力を存分に利用しながら、体格に似合わぬ物凄い速度で煙を飛び出した。ちょうどひとりの敵が左の胸に矢を受けて崩れ落ちようとしたところだった。男は勢いを落とさずに混乱している敵のひとりに背面から体当たりを食らわせた。骨のきしむ音と共に敵は吹き飛び、小高い岩壁から下へと落下してしまった。


 男の存在に気付いたあとの二人が剣を抜き、猛然と男に斬りかかってくる。一人目の斬撃を受け流してかわし、次の敵の斬撃を剣で受け止める。鈍い鉄の鳴き声が響き渡る。男はすかさず膝で腹に蹴りを入れ、相手の体勢を崩すと、首の付け根の辺りを剣の柄で強打する。意識の糸が途切れた敵は、そのまま前のめりに倒れ込む。先程躱した敵が雄叫びを上げながら再び迫ってくるのを見て男は体勢を立て直し、受ける体勢を作るが、斬撃は来なかった。


 斬りかかる敵の脇腹にイジャルの放った矢が突き刺さり、そのまま横に倒れてしまった。岩壁の下を覗き込み、落ちた敵の生死を確認するイジャルを見てから、剣を鞘に納めた。よく敵を観察すると、何やら目のような模様が描かれた黒い装束を身に纏っている。


「まさか、これが……」


 男が片膝をついて、敵の素性が判断出来るような物がないか探っている所にイジャルが駆け寄ってきた。


「レグナッド、こいつら、例の?」


「ああ、“目と耳(グーラ・ズホ)”と呼ばれる連中だ。皇帝カミュドラル・キドラ直属の選りすぐりの諜報部員だ。ここ最近の度重なる仲間の捕縛には、こいつらが一役買っていると聞く」


 レグナッドと呼ばれた、艶やかな黒髪を無造作に伸ばした長身の男は真剣な眼差しで言う。特にめぼしい物が無かったのか、レグナッドは立ち上がってイジャルに向き直る。


「いつからつけられていたか分からないが、以前よりも警戒を強めなければな。とにかく今は身を潜め、次の召集の便りが来るまでは迂闊に動かないようにしよう」


 眼光鋭いレグナッドの言葉にイジャルは頷き、二人はその場をあとにした。







 それから召集の便りが届いたのは、三日経った日の事だった。例の如く鷹を使った連絡で今回の召集の場所が決まった。


「幸運だな、ここからそう遠くないぞ」


 レグナッドは、粗末な紙に走り書きされた文字を読みながら言った。ロッコスの街の外れにある小さな洞窟に声が響く。


「すぐに出発しよう。今から出れば日が沈むまでには着けるはずだ」


 イジャルはよし、と一言だけ言ってすっと立ち上がり、燃え盛っていた焚き火に足で砂をかける。それを数回繰り返すと火は消えた。昼間とはいえ薄暗い洞窟を後にし、目的地であるミルビナファール聖教会に向けて歩を進める。






 その教会はひどく廃れていた。到着した時間帯も関係してか、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。道中雨に降られ、ぬかるんだ道を歩いてきたので、思ったよりも時間を費やしてしまった。辺りはすっかり暗くなり、鬱蒼とした森からは夜行性の動物たちがひしめく気配が感じられた。かつてこの辺りはハウルテッド王国の領地であり、この近辺にも多くの村が点在していた。ミルビナファール聖教会は、ハウルテッド王国の国教であるエザフォス教を信仰する人々が訪れる場所であった。


 エザフォス教は、古来よりこのエザフォス地方に伝わる習慣や風俗が宗教に発展したものだ。もともとこの地域には自然が多く存在した。その事から自然を崇めるようになり、木には木の、水には水の精が存在するとした。


 しかし、この地も十七年前の大戦の戦火に巻き込まれ、山は燃え、地は荒れ果て、それまでの豊かな自然が存在した事を示す事すら危うくなってしまった。このミルビナファール聖教会の周りには未だに鬱蒼した木々が茂っているが、それはまったくの偶然といっていいだろう。


 人々が訪れなくなり、忘れ去られ、自ずと朽ち果てていく教会の前にふたりは立ち尽くしたいた。


「安らぎを求める人々が集う場所に、謀反者たちが集うというのも、皮肉なものだな」


 レグナッドは雨除けに被っていたフードをひょいと上げて呟いた。


「さて、こんな所に突っ立っていても仕方ない。中に入るとしよう」


 二人は老朽化が進んで悲鳴を上げながら開く扉を擦り抜けて、カビ臭い室内へと足を踏み入れた。


 雨が降っているという事も相俟って、聖堂は重たい空気が漂っている。まるで俺たちの訪問を歓迎していないかのようだ、とレグナッドは心の中で呟いた。


 朽ち果て、背もたれがぼろぼろに剥がれ落ちた木の長椅子の横を通り抜け、祭壇の前へとやってきた。


 かつてそこには壮麗な祭壇画があった事を忍ばせる、色褪せた紙切れとその額を見やる。レグナッドは遥か昔、王国の聖教会で見た祭壇画を思い出した。見上げる程に大きく壮大で、色鮮やかに描かれた精霊たちの姿。若年でありながらも、その美しさと迫力に感動した事は、はっきりと覚えている。しかし、黄金こがね色の麦畑に囲まれていたあの聖教会はもうない。あの祭壇画も、もうない。


「……祭壇画の下、だったな」


 物思いにふけっている自分に気付き、我に返るとレグナッドは足元に視線を落とす。わずかに埃を被っていない部分がある。しゃがみ込んでその部分に指を添わせると、木がひっくり返り、取手が現れた。


 取手を持ち上げると、舞い上がった埃とともに、地下への階段が姿を現した。階下は聖堂よりも暗く、冷気で満たされているようだ。イジャルが肩にかけていた麻袋から松明を取り出し、火打石で火をつけた。だいだい色の炎が闇を照らす。松明を持ったイジャルが軋む階段に足をかけ、ゆっくりと降りてゆき、レグナッドもそれに続く。少し下った所で振り返り、自分達を飲み込んだ口を静かに閉じた。大きく空いた口は、埃を立てて元に戻った。


 古びた武器や防具が壁に立て掛けられている。錆び具合からみて、かなり昔のものだという事が分かる。どうやらここは、かつて地下組織が密談や隠れ家に使用した場所らしい。松明の光を頼りに奥へと進んで行く。途中道が二手に分かれた。レグナッドは左右の道の頭の高さの辺りを見比べる。右には蜘蛛の巣、左にはない。


「こっちだな」


 躊躇せず左へ向かう。少し行くとまた二手に分かれたが、同じ理由で今度は右へと曲がる。奥へ奥へと進むと、ある部屋から微かに光が漏れ出しているようだ。さっと扉に近付き、鉄格子のある窓から中を覗くと、ひとりの男が椅子に腰掛けている。それを確認してレグナッドは鉄で出来た扉を二度叩く。中の男が扉の方を向き、合言葉は、と尋ねてきた。


「剣は薔薇」


 レグナッドが応えると、男はゆっくりと腰を上げ、扉に近付いてくる。ガチャリ、と重そうな音を立てて鍵が開いた。


「ご苦労だったな、レグナッド、イジャル」


 男が二人を室内に招き入れる。


「まだあんただけなのかい、サジュ」


 雨に濡れた上に、この馬鹿寒い地下の空気によって冷え切ったマントを脱ぎながらレグナッドが尋ねた。


「あいにくな事にまだ俺だけだ。なに、じきに来るさ」


 先程まで座っていた場所に腰を下ろし、渋みのある声でサジュが応える。イジャルは松明を壁の窪みに置き、レグナッドがそうしたようにマントを脱いでいる。


「捕まった奴らについて、何か情報は?」


 これはイジャルが発した言葉だ。喉をくぐもらせてサジュが腕組みをしてみせた。


「……とりあえず、生かされているようだ。だが交渉してくるような素ぶりはない。あいつらが口を割るとは思わないが、良い状況ではないな」


 机に頬杖を突きながら、レグナッドはその言葉を聞いていた。敵の目的は何なのだろうか。自問自答をしてみるが、答えは導き出せない。


「“若き銀獅子”か……」


レグナッドがぽつりとこぼした。“若き銀獅子”。レグナッド達にとって敵である、キドラ帝国第一王子にして危険粒子掃討部隊長という長ったらしい役職に就き、我々を苦しめているセリューノ・キドラの異名だ。


 セリューノ・キドラは非凡な才を持ち、たった十六歳で軍隊の指揮官を務め始めた。その結果としてここ最近では、レグナッドら反帝国勢力の規模は縮小し始め、主要な仲間を立て続けに捕らわれている。その功績によって、つい最近になって定着した異名だが、功績のみならず、その優れた容姿、性格も名に反映している。戦場では常に純白の鎧を身に纏い、その頭髪は黄金。まさに金のたてがみを生やした白銀の獅子、というわけだ。性格は誠実で正義感が強く、無駄な殺生はしないと言われている。


「最近ではその話題だけで、小一時間は話が尽きないな」


 皮肉めいた口調でサジュが言った。この男もレグナッドとともに、長い間帝国に抗い続けており、皺も目立ち始めた。かつては連絡員として王国のために尽力していた。南部の限られた部族のみが扱うという、鷹を使った連絡術を用いる。反帝国勢力での連絡は、全てこのサジュが執り行っている。


「是非一度お目にかかりたいものだな」


 レグナッドが含みのある笑みを浮かべながら呟く。腕組みをしたままのサジュがまぶたを閉じ、ひとつため息をついた。


「仲間が捕らわれているっていうのに、呑気だなあ、お前って奴は」


 イジャルは壁に寄り掛かって腕組みをし、目を閉じている。いつもそうしているのだ。


 と、不意に鉄を叩く音が聞こえてきた。三人は扉の方に視線を向ける。


「……合言葉は?」


「剣は薔薇」


 サジュが先程やったのと同じように、扉へ近付いて鍵を開けた。扉をくぐって入ってきたのはレグナッドにも引けを取らない大男と、痩せた長髪の男だった。


「お、もう集まってたのか。待たせちまったな!」


 野太い声をした大男が、歯をみせて笑ってみせる。


「レグナッドさん、イジャルさん、お早いお着きで」


 痩せた長髪の男が繊細で美しい、女性的な声で言った。


「久々だな、ふたりとも。さあ、掛けてくれ」


 右手で座席を示し、レグナッドは二人に座るよう促した。彼らはマントを脱ぎながら示された席へと歩を進め、腰を下ろした。


「またあの若造にやられたってなあ! 早いとこ動こうぜ!」


 座って早々に、大男が声を張り上げて主張する。痩せた長髪の男を挟んで座るサジュが大男の方に向き直った。


「ドゥーハス、お前の気持ちも分かるが、まずは話し合いだ。お互いの情報を提供しあって、最善の策を練るんだ」


 制止を受けて、ドゥーハスと呼ばれた巨漢は腕組みをして鼻を鳴らした。直情的なだけで悪気はないのだ。その様子を見て、レグナッドが微笑む。


「私とドゥーハスさんはレネスの街へ赴いていました。これといって耳寄りな情報はありませんが……兵を募っても、思うように成果は上がりませんでした」


「あんな若造が恐ろしいなんて、腰抜けにもほどがあるぜ!」


 まあまあ、と長髪の男になだめられながらも、ふん、と鼻を鳴らす。


「……しかし、ドゥーハスさんの言っている事は間違いではありません。セリューノ・キドラの名声は高まる一方。帝国に不満を持つ者も、その名を聞くだけで萎縮してしまっています」


 ふうむ、とサジュも腕を組み思索しているようだ。


「リュゼ、お前はこの状況をどう見る?」


 レグナッドが痩せた長髪の男、リュゼに向けて質問を投げかけた。あおい瞳をレグナッドに向けてリュゼは応える。


「そうですね…私個人としては、まだ動くべきではないと思います。とにかく、ここで一度態勢を立て直してからでも遅くはないと思います」


 リュゼが淡々と述べて行く。ドゥーハスの眉がぴくりと上がるのが分かる。


「では、今は捕虜を放っておくと?」


 腕組みを解き、リュゼに向き直ったサジュが言った。


「言い方は悪いですが……そうなります。しかし、その点は問題ないでしょう。何せ…」


「銀獅子は慈悲深いからな。そうすぐには捕虜を殺すような真似はしないって事だろう、リュゼ」


 レグナッドが言葉を遮ったにも関わらず、リュゼはにこりと笑って頷いた。


「まさにその通りです。セリューノ・キドラは殺生を軽視していません。道徳的な思想を大事にしているようです。捕虜も差別する事はないはず、命までは取らないでしょう」


 ドゥーハスは吐き出しそうな言葉を必死に抑えている。彼なりにも我慢はするようだ。


「それに、仮にこのまま敵と当たり勝てたとすればそれは良いでしょう。ただ問題なのは、もし負けた場合……セリューノ・キドラの名声の勢いは更に上がり、両勢力の士気に多大なる差が生じるはずです。そうなればもう…」


「終わり……か」


 それまで黙って話を聞いていたイジャルが口を開いた。またしても言葉を遮られたにも関わらず、気にする素ぶりもなくリュゼは頷く。


「そうならないためにも、至急態勢を整える必要があります。サジュさんには商人と交渉して頂きたい。この中で一番その世界に詳しいですからね」


 サジュに向かって微笑んでリュゼが言うと、サジュは任せとけ、と胸を張って返事を返した。


「レグナッドさんとイジャルさんには武器の調達と、可能なようなら兵を募って頂きたい。ペルダンの鍛冶屋は腕前が良いと聞きます。屈強な男も多いでしょう」


「ペルダンか。丁度いい、そろそろ剣も寿命がきていた頃だ。ついでに見てくるとするか」


 レグナッドはイジャルの方を見やる。イジャルもレグナッドに目配せし、こくりと頷く。


「それでは決まりですね。私とドゥーハスさんはもう一度レネスの街へ伺います」


「よし! 腰抜けのケツを引っ叩いてやるか!」


 意気揚々とドゥーハスが言いながら立ち上がった。それに倣って皆が立ち上がる。それでは皆さんご武運を、とリュゼが付け加えて、各々準備が整い次第壁に置かれた松明を手に取り部屋を後にする。


 部屋には誰にもいなくなり、暗闇と静けさがいれ違いで流れ込んできた。


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