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虚ろなる英雄  作者: 春風
第一章
12/39

黒の謀

 四人は酒場の円卓を囲むように座っていた。腰に差した剣が少年のあどけない顔と不釣合いで、まとまりのない、ちぐはぐとした印象を与える。


 話によると、彼の母親は幼い頃に病気で亡くなり、父親は二年前、帝国の手により命を落としたようだ。身寄りのない彼は農業を営む叔父の家に引き取られた。その叔父とルベリオの祖父、フォルジュ・ロンに親交があったため、ディシェイはルベリオと顔馴染みであるという。時折畑で採れた作物を彼女の元へ届けるよう遣いを頼まれ、そのついでに彼女から剣についての知識を学んだらしい。


 そして先日、いつものように採れた作物を彼女の元へ届けに行った際、彼女が普段にもまして上機嫌な事を不思議に思い、どうかしたのかと尋ねたところ、レグナッド達が訪れた事を話してくれたという。そうしていてもたってもいられなくなり、彼女の制止を振り切り、着の身着のまま剣だけを携えて一目散に山を降りてきたという次第である。


「まったくとんだ猪小僧だな」


 話を楽しそうに聞いていたレグナッドが少年に向けて言う。


「だから小僧じゃないですって! それにほら、昔からよく言うでしょ? 若者は剣と心意気で旅路を行け、って!」


 勢いよく立ち上がり、同意を得るように三人の顔を順に覗き込むが、三人とも疑問符を浮かべている。はあ、と大袈裟にため息をついて椅子に座り直す。


「とにかく、俺は新しい旅の第一歩を踏み出したんだ。〜ッ!」


 拳を握りしめ、足をばたつかせて喜んでいるようだ。レグナッドとサジュは顔を見合わせて微笑み、イジャルは小さくため息をついた。







 ドゥーハスと合流したのは明くる日の夕暮れ時だった。大柄な彼の後ろには数人の男の姿がある。どうやら今回は勧誘に成功したようである。しかしドゥーハスと共に発ったリュゼの姿が見当たらない。


「ああ、あいつなら仲間から情報が入ったとか言ってどっか行っちまってよぉ」


 なるほど、リュゼらしい理由だ。彼は以前から独自の情報網を各地に張り巡らせ、他の仲間の代わりに情報の真偽を確かめてくる事が度々あった。彼の情報量は反帝国勢力には欠かす事の出来ない重要な要素のひとつであり、今日こんにちまで帝国に対峙できているのはリュゼの尽力あってのものだとレグナッドは考えていた。


 先にミルビナファール聖教会へ戻っている旨の手紙を鷹に括り付け、サジュが放つ。鷹は舞い上がり、東へと飛び去って行った。


「あん? なんだこの小僧は。新入りか?」


「どいつもこいつも小僧、小僧って! 俺はこれでも十六だ!」


 ドゥーハスがディシェイに興味を示しジロジロと睨みつけながら言った。見た事もないような巨漢に睨まれ、萎縮するかと思いきや、どうも自分が子供扱いされる事が何よりも嫌いらしく、威勢良く言い返した。


「おお、威勢がいいじゃねえか! はっはっは! 悪かったな小僧!」


 悪気があるのかないのか、ドゥーハスは再度ディシェイを小僧呼ばわりして笑い声を上げた。憤怒の表情でディシェイが何か言っているが、まるで気にせずに笑っている。


 時間的にも遅く、ドゥーハス達の疲労も考慮し、無理をせずロッコスに一泊する事となった。明くる日、いよいよミルビナファール聖教会へ発つが、あまり大人数で行動するのは目立って良くないということで、二手に別れて行動する事にした。先にレグナッド、イジャル、サジュ、ディシェイの四人が出発し、その後間隔を置いてドゥーハスと彼が率いてきた男たちがロッコスを発つ、と言う事で決議した。







 先行隊がミルビナファール聖教会に到着した一時間後にドゥーハス達も到着した。ちょうど日が真上に登り、辺りは暖かな陽光に包まれているが、彼らがいるのは地下である。部屋を蝋燭が照らしている。日中ではあるものの、冷たい空気が充満する地下で、身を震わせながら座る男たちを尻目にレグナッドはサジュと密談をしていた。


「……これから兵士の数も増えてくるだろうから、そろそろ新たな拠点も考えなくてはな」


 相槌を打ち、サジュが男たちの方を見やってからレグナッドに視線を戻す。


「いつ仕掛けるつもりだ?」


 単刀直入に尋ねる。レグナッドは目を据えたまま、黙っている。彼の黒い瞳に蝋燭の火が映り込む。


「……まだ早い」


 含みを持った言い方でレグナッドが返した。それを敏感に察知し、サジュが眉をひそめる。


「確かにまだ兵が少ないな。だが、それだけではないだろう?」


「…敵わないな、あんたには」


 口元を緩めてレグナッドは言う。サジュの眼差しがより一層鋭いものになる。しかしレグナッドはその目を見ようとせず、虚空を見つめていた。


「セリューノ・キドラに会った」


 多少の衝撃には耐えるよう覚悟はしていたものの、想像を遥かに越えていたのでサジュが目を見開く。


「なんだって?……それで、どうした」


 レグナッドはもたれかかっていた壁から背を離し、サジュと向き合う形になる。普段の温和な眼差しとは違い、深く静かなものに変わっていた。


「殺そうと考えていたが、考え直した。奴は今、疑心暗鬼に陥っている。上手く利用出来るかも知れない」


 冷たい口調だった。レグナッドの真の表情と言っても過言ではないだろう。目的の為には手段は問わない。犠牲も厭わない。彼の信念はただひとつ、帝国への復讐だった。


「今はまだ泳がせておく。……この件は他言無用だ、サジュ」


 そう言って彼はその場から静かに離れていった。サジュは傍に置いてあった酒瓶を手に取り、口に流し込む。彼も長い間レグナッドと共に帝国に反発し、争い続けてきた。そんな彼の経験が彼に悟らせていたのである。レグナッドには何か考えがあると。








 翌日鷹がもたらした知らせは思いも寄らぬものだった。


ーーー皇帝暗殺未遂及び反逆罪として、首謀者セリューノ・キドラとその共謀者を斬首刑に処す。執行日は5日後、満月の晩なりーーー


 リュゼからの連絡だった。彼自身は帝都キドレリアに潜入し、公布された情報をすぐさまこちらに送ってくれたのである。それを目にし、他の仲間が喚き立てる中、レグナッドだけが眈々と獲物を狙う獣のような眼差しを手紙に向けていた。


 思いのほか早くに動きが生じたので多少驚きはしたが、レグナッドはすかさず行動を起こす。サジュ、イジャルを呼び集め、緊急で話し合いを行った。


「好機だ」


 レグナッドはまずそう言った。二人は真剣な目付きの彼を注視する。レグナッドが続ける。


「サジュ、昨日の話の続きだが、俺はある策を練っていた。…セリューノ・キドラをこちら側に引き入れる」


「なんだって! 正気か?」


 イジャルも彼と同じ気持ちだろう。レグナッドの意図が読めない。しかしそれは当然である。イジャルにもサジュにも、あの天幕の中での会話の詳細は話していない。


「俺は大真面目だ。そこでイジャル、お前に奴を連れてきてもらいたい」


「ちょっと待てレグナッド、セリューノ・キドラは処刑されるんだぞ? という事はどこかに囚われているはずだ。だが場所も分からない、分かったとしても! 連れ出すのは困難だ」


 サジュの意見はもっともである。イジャルは沈黙を続けているところから、サジュに同感のようである。しかしレグナッドは食い下がる。


「まだ処刑まで時間はある。それまでに何とかして奴を連れ出す方法を考える。だが考えてからでは間に合わない。行動しながら考えるんだ。折り返し鷹を放ち、リュゼにもこの事を知らせる。方法は考えつかずとも、下調べはしてくれるはずだ」


 サジュの肩に留まる鷹を指差しながらレグナッドが言った。段々と納得してきたかのようにサジュが頷く。


「言ったように、お前に任せる、イジャル。リュゼと合流して、なんとか奴を連れ出してくれ。きっと身軽なお前の方が俺より適している」


 イジャルの赤い瞳を見つめる。その眼差しには微塵の躊躇もなかった。


「分かったレグナッド。すぐにキドレリアへ向かう。リュゼに俺が向かっていると伝えてくれ」


「待て、イジャル」


 その場を後にしようとした彼を呼び止める。


「ディシェイを連れて行け。昨日剣の太刀筋を見たが、良い物を持っている。それに、何かと人手が必要になるやも知れん。お前も年下の方が使いやすいだろう」


 微笑みながらレグナッドが言った。イジャルは頷き、自分の剣と荷物を担ぎ上げ、歩いていった。


「俺たちは全員川を越えた所にある廃村へ向かう。仮にイジャル達が奴を連れて帰ってくる場合、必ず追手が来るだろう。それに迅速に対応出来るように準備だ。ドゥーハスには俺が上手く言っておく。お前は兵たちに伝えてくれ」


 了解した、と迷いが晴れたようにサジュが応え、駆けていった。レグナッドは目を瞑り、大きく深呼吸をした。そして慌ただしくなった地下をゆっくりと歩いてその場を後にする。


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