ver.07
人間、だった。
女性で、もっと詳しく説明すると、私と同じ女子高生だ。
私との相違は、セーラー服を着ているというところ。私はブレザーだ。その女子高生が、小部屋から出てきた。制服が違うから、別の学校のコ。すらりと背が高くて私よりも頭半分高い。無表情だったけど、大人っぽい顔立ちをしている。さらりとした髪が、背中まで伸びていた。それが歩くたびに、髪が緩やかに揺れて、この女子高生の放つ得体のしれない雰囲気に拍車をかけていた。
私の姿を確認すると、両手で掴んで持っていた工作用カッターを降ろした。
「び、びっくりしたー」
どこか懐かしいと思うような、不思議な声色で、女子高生は喋った。カッターを慌てて背後へ回して隠す。
「誰?」
私は構えを解かずに、問うた。
女子高生は、一度小さく深呼吸をして、愛嬌を込めて顔を横へ傾ける。
「わぁ、構えないでくださいよ。私も、この通りにカッターを床へ置きますから。大丈夫ですよ、私もあなたと同じ人間です。あのエイリアンみたいな生物ではありません。私も、あの生物から、逃げていたんですよ」
「だから、名前を教えて」
「普通、名前を人に聞く時は、自分から名乗りません?」
女子高生は棒読みで言う。まるで、まだ自分の声に慣れていないかのように。
私は、少し間を空けて、「セセラギ」と名乗った。
突然出てきて、慣れた声で話すコイツに、本名を伝える気にはなれなかったからだ。あのケータイに表示されていたニックネームを名乗ることにした。
「せせ、ら、ぎ……さん? えっと、珍しい名字ですね?」
女子高生は、少し面食らったかのように、言葉を重ねる。まるで、名前、違いますよね? とでも言わんばかりに。なんだコイツは。
「うん。ね? マコッ」
私は横目でマコに『私に合わせろッ』とアイコンタクトを送った。
「う、うん。どうも初めまして。僕は、弟で、セセラギ、マコト。マコトって呼んでください、へへ」
マコはどもりながら答えた。アホッ、それじゃあバレるだろ。それに、綺麗なお姉さんが出てきて、鼻の下伸ばすな気持ち悪い。
「この子、弟さんですか?」
ちらりとマコを見て、私に聞いてきた。
「そうだけど、何か?」
女性はまた私とマコの顔を見比べる。「いえ、こんなところに姉弟で一緒にいるだなんて、少し驚いただけです。あ……それじゃあ、私のことは、ミナミと呼んでください」
「それは、名字?」それじゃあ、ってなんだよ。
ミナミは小気味よく笑う。「どっちでもいいじゃないですか?」
「はぁ?」
「はぁ? じゃなくて、そういうセセラギさんだって、名前教えてくれませんよね? 本名とも言い難いですし。お相子ですよ」
笑顔のまま、ニコっと、私のことを……睨みつけてきた。目が笑っていない。刺すような敵意が、私に向かって発せられている。理由なんて知らない。だって、今ここで初めて会ったはずだもの。恨まれるはずがない。
「まだ手を降ろしてはくれないのですか? まだ、私があの怪獣の仲間かもしれないと、疑っているのですか?」
「ん、……まぁ、そうだよ。まだ私はあなたのことを完全に否定出来ない、ね」
マコが声を上げる。「ねーちゃん、この人はどう見ても人間だよ。さっきのサソリが人間化けているとでも思っているの?」
あわわ、二対一だ。マコめ、身内の癖に、裏切りやがって……。
まぁ、でもそれを証明する手立てなんか無いんだし、別にいいか。いがみ合っている暇なんか無いもんね。
そう判断して、私が手を下げる前に、ミナミはポケットに手を突っ込むと、ケータイを差し出してきた。
「これを見ても、まだ信用してくれませんか?」
ミナミ
DP SP
250/250 9/9 ●●●●●●●●●
① アツイ ②ツメタイ ③イカツチ ④カイフク
ミナミのケータイには、私達と同じような表示があった。ってか、【SP】多いな。スキルも多いし、私が一番スキルも能力も中途半端だ……。
「ん、ごめんね、疑って」
私は腕を降ろして、構えを解いた。戸棚に腰をかける。力を抜いたところで、集中が切れたのか、右腕にぴりっとした痛みが走る。時間が経つにつれて、右腕から脳に響く痛みが生まれるようになっていた。
「怪我しているんですか?」
ミナミは足元にあったカッターを拾い、近づいてきた。甘い香りがする。なんだか、幼少期を思い出させるかのような香りだった。
「サソリにやられたの。超痛くて」
「見せてください」
「いや、結構グロいから、見ないほうがいいと思う」
「そうじゃなくて、……あの、私には治す力があります」
ミナミはケータイを開く。【カイフク】という文字にカーソルを合わせて開いた。
カイフク
特殊
タイプ――無
消費SP ALL
対象者の【DP】を二〇〇回復、および体に受けた傷を回復させる。
【一晩寝ただけで、何もかも修復された気分になる】
「このスキルを使えば、その程度の怪我なら治せます」
「本当? だったら、お願いしていい?」
「はい」
私は躊躇無く腕を差し出した。――ように見せかける。何か変なことしたら、喉へ指を突き立てる準備を左指で完成させておいた。
「えっと、対象を指定します。そして、【カイフク】」
ミナミがそう言い終えた瞬間、ケータイがピンク色に光る。その光は、ミナミの指先からも溢れてきて、私に降りかかった。すると、あら不思議、腕にある全細胞が脈動したのを感じると、次の瞬間には、爆発するかのように皮膚と肉が動く。筋肉や骨や皮が次々に作られて張りかえられて、腕が再生していく。
一分も経たないうちに、右腕は元通りになった。
「す、すごい……」
思わずそう呟いた。軽く拳を作ってみたけど、もう痛みは無い。ひゅんっ、と空を衝いても、以前と変わらず腕が動く。内心で心配していた後遺症などは、全く感じられなかった。
「私も初めて使用しましたけど、……なんか凄いですねー」
ミナミも心底驚いているようで、二人してスゲースゲー言い合っていた。それを掻き消すように、「ねーちゃん!」とマコが背後で大きな声を出した。
「何?」
「もう腕治ったんだから、そろそろ武器を探そうよ。早くしないと、またアイツらが来る」
そうだった、私は武器を探していたんだ。それを思い出して、腰を上げようとした瞬間、ミナミが私の前に立ちはだかった。
「セセラギさん、これ、あげますよ」
と、カッターを手渡してきた。もちろん刃は収納されている。よく見ると、……赤い血がこびりついていた。
「私が、ここにたどり着くまでに、このカッターを使用したいたんですけど、もう必要ありません」
「なんで?」
「もともと、私には武器が必要無いんです。スキルを使えば、どうにかなりますから。【SP】を回復するまでの間、時間稼ぎに使用していただけです」
「そう、それじゃあ遠慮なく……待ってよ、ってことは、ミナミはその時間を稼ぐために、私達と一緒に?」
「はい、もちろん一緒に行きます」
あらら、やっぱりそうなるのか。正直、私はミナミと一緒にはあまり行動したくなかったので、この提案は困った。だけど、一人で頑張って下さい、と流石に言えない。「よろしくね」と一応言っておく。
「こちらこそ。お二人も、この校舎にあったプリントに文字を記入しましたよね?」
マコと一緒に頷く。
「セセラギさん、職員室に入った時、プリントが何枚ありましたか?」
職員室と言われ、中心に置かれていたプリントをぼんやりと思い出す。確か、「二枚あった」
「私とマコ君、そして、セセラギさんを入れれば、数は会いますね。だから、今、この一階には、私達三人しかいないんだと思います」
「俺もそう思う。あのサソリ以外、この一階には、俺達しかいないんだ」
「待って待ってよ、なんでそう簡単に言い切れちゃうの? もしかしたら、まだ他にも誰か居るかもしれないじゃん」
反論しながらも、薄々は気づいていた。この世界には、私達三人しか、人間がいないことに。ケータイはもう通常の機能は使えない。この学校は巨大な壁で覆われている。このドッキリファンタジーな世界への鍵は、多分あのプリントだ。
私達は、それに記入をしてしまったから、この世界に迷い込んでしまったのかもしれない。
あの職員室には、三枚しかプリントが無かった。もしプリント枚数が大きく変わっていたら、流石にマコも気づいただろう。それに、このアプリの持たない人間が、この世界に紛れ込んでいたとしたら、……あのサソリに殺されている可能性が高い。助ける義理は無いし、そもそも迷い込んでいる人間が居るとは思えない。
「断言出来る根拠はありません。しかし、あのプリントを記入した人数は三人です。私達でもう揃っています。もし、他に居たとしても、多分、手遅れの可能性が高いです」
マコも隣でうんうん頷いている。
そんな二人を見て、私は『よかった……』と思った。だって、「まだ他に人間が居るかもしれません、探しに行きましょう!」と気合の入った顔で宣言されたら、超めんどくさいじゃん。だけど人間的に否定は出来ない状況に陥ってしまう。そうなると、自身を危険に晒しても、助けに行かなくてはならなくなる。それだけは嫌だった。でも、二人が合理的な判断が出来る人で、助かった。
ミナミはケータイを開いた。【カイフク】で使った【SP】は元に戻っていた。
「私の力は、三種類の魔法のような攻撃を使います。お二人は近距離系の攻撃しか持っていませんでしたよね。だったら、私が加われば、楽になると思います」
確かに人数が多いことに越したことは無いよ。別にね、私にはミナミを拒む理由はどこにも無いんだよ。だけど、頭の奥で、小さい警報が鳴っている。
気をつけろ。
と。
「ミナミ、プリントは、どこに置いた?」
「え、あのおかしな形をしたテーブルの上でしたけど?」
ミナミは、毅然とした態度で答えた。それ以外、ありえないといった声が読み取れる。これだけだと、ミナミが、あのプリントを床へ置いたとは確定出来ない。
――そういえば、私とマコの攻撃スキルについて何も言って無い。でも知っている。あの調理室で聞いていたのかな。あと、何故、調理室の奥にいたのか。隠れていたというよりは、待ち構えていた? あのサソリを? それとも……誰を?
そんなことを考えながら、私は調理室を後にした。どうせ、今考えたって無駄だ。