ver.06
教室内の窓は、子供が落ちて怪我しないようにと人が通れるほど開かない。
だから、私達は廊下へ出た。武器を持っているマコを前にして、子サソリと対峙する。
「【暗黒雷・凶】ッッ!」
突然、マコは叫んだ。その声量に、私は腰が抜けそうになる。
「な、何? どうしたのマコ?」
「スキルを使ってんの! ねーちゃんも一度は使ったと思うけど、このケータイに表示されている文字を声にして出さないと、スキルは使えないんだ」
あ、だから、サソリに襲われている時に、【閃光】と口にしたから、スキル使用と判断されて、私の体を赤い電撃が纏ったのか。
マコは自分のスキル名の痛々しさに赤面しながら……だけど満更でもない顔で、バットを持ち上げる。野球というよりは、剣道の竹刀を構えるようにバットを持つと、一気に走り出した。私も慌てて後を追う。
マコのバットは黄色い光に包まれた。マコのポケットからも黄色い光が漏れている。
「おらッ」
子サソリと距離を詰め、怒声と同時に、マコはバットを振り下ろす。
ガッ
と、鈍い音と共に、子サソリを潰す。潰したはずなのに、刀で一刀両断したかのように、二つに分かれた。赤い体液が、噴水のように飛び出た。
「ねーちゃん止まるな! もう集まってる」
ちらっと背後へ視線を投げると、子サソリが先ほどいた教室からわらわらと出てくる。私達へ向かって接近しながら、数匹はハサミを頭上へ上げて、すり合わせてシャリシャリと音を掻き鳴らしている。その姿を見て、直感的に、仲間を呼んでいるのかもしれないと思った。
「走って」
空手は高校に入った時に辞めたので、それ以降、まともな運動は体育以外していない。おかげで、現役バリバリのマコに追いつくのがやっとだ。途中で吐きそうになるのをなんとか我慢して、必死に子サソリから逃げ切った。
「この部屋に隠れよう」
マコは先に入ってしまう。慌てて、私も中に入った。マコはそれなりに息を切らしながらも、でも余裕の表情で私を見下ろしている。ジロジロと気持ち悪い視線を浴びせながら。
私はその視線から逃れるかのように、フラフラと広いテーブルに座った。この部屋は教室ではなかった。奥に、巨大な鍋が何台も備え付けられていることから、ここが調理室だとわかった。
運命なのか、それともつまらない皮肉なのか、私はやっと望んでいたはずの調理室にたどり着いたんだ。本当なら、ここで平和にオバサンのつまんない戯言を聞いているはずだったのに……。おかしな世界に巻き込まれて、モンスターからスタミナを消費しながら逃げている。
調理室は、廊下と違って光り輝いているかのように明るい。この部屋には、まだサソリはいなかった。
だけど、よく考えれば、調理室に逃げ込むことが出来たのは、ラッキーだったのかもしれない。だって、調理器具、……包丁などがあるはずだから、それがこの世界では武器になる。私達は、早速武器の捜索を開始した。
しかし、
「何かあった?」
「いや、なんも無い。ねーちゃんそっちは?」
「同じく。このデカい鍋も溶接されて動かないし、なんで調理室に包丁がつも無いのよ。この際お玉でもしゃもじでもいいから、出ておいでー」
壁に配置されている棚には、何も入っていない。魔王を倒すことを押し付けられた勇者のように一通り部屋を荒らしたが何も見つからないので、私は疲れてしまった。マコに気づかれないように、私は床に座ると、窓から外の景色を見ることにした。空は、もう黒色に染まりかけていた。だけど、不思議なことに、暗いと感じられない。部屋の電気が明るいからじゃなくて、夜と、思えない。校庭を昼間のように見通せるし、さっき走った廊下もずっと奥まで見える。夜というよりは、黒色に染まっているだけで、光彩に変化が乏しかった。
「ねーちゃん、たそがれてないで探してよ」
「うっさい。疲れたの。マコが探して」
「ねーちゃんの武器だろ!」
「ブラックサンダーメテオうるさい」
マコは激しく動揺した。
「カ、カッコイイじゃん。それに、強そうだし……」
「どこが? お菓子の名前みたいで可愛い、ならわかるけど。ってか、暗黒雷・凶の凶がどうすればメテオって読めるのよ。今時の子供の名前か。それに、その声を聞いている身にもなってよ。恥ずかしくて腕に鳥肌が立つ」
まぁ、それは私も馬鹿に出来ないんだよね。この歳になって「ライトニングッ!」はちょっとなぁー。漫画やアニメのキャラクターって、必殺技を叫ぶことが多いけど、私には難しいや。スキルを声に出して言わないと発動しないって、このシステム、結構精神的に辛いかも?
私は大きく伸びをすると、近くにあった戸棚の中を探る。相変わらず、何もない。最初から、この部屋には小物が置いてあると設定されていないかのように。
「そういえば、マコはなんで職員室に来たの?」
「正確には。戻って来た」
「戻った? だって、あんた外で野球してたんでしょ?」
マコも探すのを諦めたのか、手を動かすのを辞めて、外を眺めながら口を開いた。「多分ねーちゃんと同じで、俺もこの学校へ来た時は、来客用の場所でいつも小さいプリントに色々書くんだ。なんか、昔に、馬鹿な不良が小学校で勝手に遊んでからは、この小学校には小学生以外の学生は許可無く入れないの。で、本当なら、いつものプリントを探していたんだけど、無くて、変なプリントがあった」
「あのイタズラみたいな質問が書いてある奴?」
「ねーちゃんも書いたの」
「書いた、よ。……あんたは?」
「一応、書いた。……なんだこれと思ったけど、時間があったから」
「ふーん」
……。
嫌な沈黙が流れた。二人して、質問の内容を思い浮かべてしまったからかもしれない。「それで、どうなったの?」と無理やり促した。
「俺もあれはイタズラだと思って適当に書いてから、職員室に向かった。でも、誰も居なくて、正面玄関にプリントが置いてあったテーブルと同じ形をしたテーブルが職員室にもあった。ねーちゃんも見たでしょ。俺は、そこに書いたプリントを置いた。適当に書いたから、どうせ見られても平気だし。先生は居なかったけど、俺はいつも練習に来てるから、先生もわかっているはずだし、帰りにいつものプリントをもらおうと思って、外に出たんだよ」
「で、練習が終わって、気が付いたらこの世界に居たのね。他に生徒はいた?」
「一緒に練習をしていた奴らは、先に帰ったから、どうなったのかは知らない。で、サソリが現れて、俺は、一旦職員室へ子サソリを倒しながら戻ったんだよ。そしたら、ねーちゃんが死んでた。必死におぶって、さっきの教室まで持って行った」
「生きてる。あ、じゃあ、あそこにあったプリントの二枚のうち、一枚は、あんたか」
そう言うと、マコは顔に?マークを浮かび上がらせた。
「ニ枚って、え、どういうこと?」
「私が職員室に行った時、プリントが二枚床に落ちていたのよ。そのうちの一枚が、あんただったのか」
「俺が最初に見た時は、一枚しかなかった、よ。ねーちゃんを助けた時は、確認してないけど……。それに、あのプリントは、床に置いていない……」
「え、教室の真ん中に落ちていたけど?」
「あの変なテーブルの上に置いたはず。それに、あのテーブルの上に置いたから、俺のケータイにこのアプリが送られてきた」
「あんたが職員室から出て、私が入るまでの間に、誰かがプリントをテーブルの上に置いた……かはわからないけど、ともかく、そのプリントを、職員室の真ん中に移動させた? どうして?」
「わ、わかんないよ。……でも、俺達二人以外に、人がこの世界に居るのは、確定でいいと思う……」
ゴクリと、マコは唾を呑み込んだ。私達以外にもう一人、この世界に紛れ込んでしまった人間が居る可能性が高くなった。
――私を職員室に閉じ込めた人間が、三人目なのかもしれない。私を、一人であのサソリと闘わせようとしたのか? しかも、この超能力を使えるアプリを送信させまいと、プリントをテーブルの上から遠ざけた。
あのサソリに、私を殺させようとした、から?
そんなことを考えながら、私は警戒するかのように立ち上がった。何に? と自分に笑う。結構、緊張しているみたい。
私は、もうこの部屋に武器は存在していないと思った瞬間、部屋の隅に扉を見つけた。廊下への扉ではなくて、奥に小部屋があるらしく、そこへ続いていた。もしかして、調理道具は全てこの中に隔離されているのかもしれない。
「……ねーちゃん、気をつけろよ」
マコが小声で言う。もう一人の存在を認識したからか、妙に緊張しているようだった。
ゆっくりとドアノブを掴んだ。
ぐっと力を込めると、――私が押すよりも先に、誰かが内側から扉を引いた。
「誰?」
私は咄嗟に背後へ飛ぶと、構える。腰を落とし、半身になって、右腕は隠した。
左拳を頬の横へ置いた。
いつでも殴れるように。
この距離なら子サソリが飛び掛ってきたり、……人が殴りかかってきたとしても、返り討ちにする余裕がある。
扉が開き、中を覗く。
小部屋の中は、窓が無いからか、真っ暗だった。
その空間だけ、色が抜き取られたかのように。
なんだ、誰も居ない。サソリも居ない。今の感覚は、私の勘違いだったの?
そう思って、腕の力を抜いた時だった。
息を飲む。
キラリとした光が、目に入った。
刃。
黒色から突き抜けてくる。