ver.01
登場人物に必殺技を叫ばせつつ闘わせたい、と思って執筆に至った物語です。
私の学校は本当に、ホントーに、馬鹿ッ。
だってね、今、私は高校三年生になって、前期後期のうちの後期がやっと始まったんだけど、普通の高校なら、受験勉強に集中させる環境を整えてくれるはずじゃん。受験生頑張れ! って背中を押せばいいのに、私の学校は、わけのわからない総合的な学習とやらを強制してきやがる。
噂によると、この総合的な学習は他の高校との相違点となり、宣伝文句の一つになっているとかいないとか。それに、何故か教育委員や親からも評判が良いらしい。一応はAO入試などでこれを考慮してくれるらしいけど、それだったら部活を三年間頑張って成績を残したり、入試に向けて猛勉強させてくれたりしたほうが、あきらかに嬉しいんだけど。
で、私は仕方なく、総合的な学習――総学のために、小学校へ向かっていた。
テーマ
『学生の食生活』
小学生から、中学、高校と、どのような食生活を送るかによって、思春期の体にどんな影響が出てくるのか、などを調べていた。調べたと言っても、パソコンで適当に文献をコピペして、文体を崩してレポートにまとめるだけの簡単なお仕事です。その程度なら文句も言わずにやれ、と責めたくなると思うけど、総学には、一つ厄介な点がある。それは、自分のテーマに近しい場所へアポを取り、インタビューや体験をしなければならないという、めんどー極まりないイベントがある。しかも、これまたレポートにまとめて、期限までに提出しなければならない。
だから私は仕方なく、昔に通っていた小学校にアポを入れ、給食を作っているオバサン達や、栄養士さんにインタビューをすることにした。
夏を終えて、冷たい風が肌の温度を下げる。放課後の夕焼けが、昨日雨が降って出来た水たまりに反射していた。どこからかカレーの匂いがやんわりと鼻をつく。
私の通っていた小学校は、私の高校から歩いて十分ほどの場所に建てられているので、すぐに着いた。狭くて汚い校庭があり、その先に古い校舎が見えた。私は卒業してから何度も目にしているので、懐かしい、という感嘆は湧かない。むしろ、変わらない姿に、少し落胆していた。
校門を通り過ぎた時だった。突風が、私を遮るように流れた。短いスカートが捲れそうになるのを咄嗟に抑えて、目を瞑った。すぐに通り過ぎたので、そっと目を開いた。
校庭から見上げた空は、夕焼けを通り越して、赤と黄色が混ざったような不安定な色合いを放っていた。変な色だと思いつつ、校庭の真ん中を歩いていると、おかしなことに気づく。
誰も校庭にいない……。クラブ活動の子や、放課後の校庭で遊ぶ子供の姿が、どこにもなかった。違和感を覚えた私だったけど、そういえば、私が小学生だった頃は、週に一度、放課後は先生の集まりがあり、遊んではいけない日があったことを思い出す。今日が偶然重なったのかな。まぁ、頭の悪そうなガキにジロジロ見られなくてよかった。小学校に、ブレザー制服で短いスカートを履いた女子高生は、とんでもなくイレギュラーなので。
足元にある千切れかけたトラックの線と、奥に見えるゴムタイヤが半分だけ飛び出して作られた跳び箱モドキを眺めていると、不意に懐かしさが込み上げてくる。昔は、私もあれでよく遊んでいたな。一つ思い出すと、その他の遊具に対しての思い出が、脳内に記憶を無理やり流し込むかのように広がってきた。
小さな靴がいくつも並べられた下駄箱にたどり着く。上履きが行儀よく並べられ、その先に廊下が続いている。確か、生徒用の下駄箱の横に、来客者用のスペースがあったはずだ。記憶をたどって進むと、スリッパが二つ並べられていた。そのすぐ前に、細長いテーブルが置かれているんだけど、これがとても面白い。だって、見たことの無い形をしている。金属かプラスチックかよくわからない材質で作られたテーブルは、この小学校には似合わない。いや、この国のどんな小学校でも似合わないだろうな。おかしなインテリ野郎が好んで部屋に置きそうなテーブルの上に、プリントが何枚か広がっていた。一枚を取って眺めると、氏名などを書く欄がある。
あ、来客者はこれに記入するのかもしれない。
氏名: 是々木恵
性別: 女
年齢: 十七歳
趣味: カラオケ、ショッピング、テレビゲーム
……と、ここまで書いて、ボールペンが動かなくなる。趣味、と書かれた欄を見て、これも書くの? と不安に思ったけど、そんな迷いを吹き飛ばすような記入欄が、あとに続いていたからだ。
――まず、
あなたは童貞ですか? それとも処女ですか?
って何ッ? しかも、横の隙間に、ご丁寧に【※ 本番行為を持って、喪失したことになります】いや、そりゃそうでしょ。って突っ込む私に、問題はそこじゃないだろ、と突っ込む。
ちょっと待ってね、ここは、小学校、だよね? 私なんか小学生の頃は、少女マンガから知識を得たませた子以外、う●こ、ち●こネタで男子が騒いでいたくらいだったよ。処女なんて言葉、ましてやそれに値するレベルの用語は、中学に上がってから入手したはずだったよ。
イタズラ……だよね? そうに決まっている。でも、この用紙、先生が配るような藁半紙で、しっかりと印刷をされている。他の用紙も、同じことが書いてある。
うわぁ、なんて手の込んだイタズラだ。呆れよりも感嘆を受けた。普通なら怒ったり、無視したりすると思うけど、私は、少し考えて【非処女。中学三年の秋に亡くした】と記入した。
……読めたね。きっと、このプリントを仕込んだ奴は、今私が書いている姿をどこかに隠れて監視しているんだろう。女子高生が小学校に来ると情報を仕入れたとある生徒が、私を驚かそうと、この罠を張ったに違いない。
ふふふ、赤面して恥ずかしがっている姿を想像していたと思うけど、生憎、私はお淑やかで可愛い乙女じゃないんだよ。彼と別れるまでは、ア●ルまで開発していたんだから、と心の中で胸を張った。
次は、
あなたのニックネームを記入してください。このニックネームは、ひらがな、カタカナ、英数字のみとなります。
卑猥な質問が続くと構えていたのに、拍子抜けた。それに、ニックネームって、渾名ってことだけど、さっきの質問と、これは関係があるのか? うーん、私は、メグとかメグミちゃんとか、名前で呼んでもらっているから、それがニックネームでいいのかな? 数秒悩んで、【メグミ】と記入しようとしたところで、間一髪【セセラギ】と記入した。
セセラギとは、私がテレビゲームをする時に主人公につける名前だ。私は、昔から、主人公の名前を考えると、最低でも一時間は悩み、無駄な時間を過ごすことが多かった。デフォルトの名前は微妙だし、でも自分の名前をつけるのはなんだかなーと思っている時に、閃いたのが【セセラギ】だった。“せせぎ”に一文字たして、“セセラギ”にした。川のせせらぎ……って、なんだか風流でしょ?
で、これを流用する。さて次は……
あなたの考える、カッコイイまたはカワイイと思う言葉を記入してください。何個でも書いて大丈夫です。※この質問は、現在記入しなくても、後程、また考える時間がございます。
……もうね、質問の意味からよくわからない。ガキのイタズラかと思っていたけど、違うのかな? でも、結構真剣に書いている私がいる。おいおい、私は、今日インタビューをするためにここに来たのに、何しているんだろう……。
電光石火
と書いておく。エターナルフォースなんちゃらとかは、もう高校生になったので書けないよ。笑われるでしょ。だから、無難に? いや、これも結構非道いなぁ……。うん、そうだね、自分に正直になろう。
【電光石化】を消して、【閃光】と書く。
以上で質問は終わります。ありがとうございました。この用紙をお持ちになって、職員室にお入りください。
それ以上、この用紙には何も書かれてはいなかった。さっと辺りを見回し、この時になって、今、この空間に私以外の人間が存在していないことに気づく。たとえ放課後だとしても、委員会の生徒や居残りの生徒、ましてや先生など誰かしら人間が残っているはずなのに、誰も居ない。廊下を人が通る気配がどころか、この学校に人の気配を感じられなかった。薄らと黄色い電気が廊下を照らしているだけだった。
胸が強く鳴った。心臓が体を内側から叩いている。私の体が、ドクンドクンと脈打って、この異様に警戒していた。
恐怖によって、じゃない。
程よい緊張感が私をぎゅっと包んでいるんだ。それがちょっと楽しい。私は、幼少の頃から、非日常的な物語が大好きなので、それに迷い込んでしまったようで、ちょっぴり嬉しくなる。
私はプリントを掴むと、スリッパではなく、靴を履いたまま廊下に上がった。だって、スリッパだったら、咄嗟に動くことは出来ないから。咄嗟って、なんだよ、と一応突っ込んでおく。でもね、準備はしておかなくちゃ。
コツンと、足音が廊下で反響した。確か、職員室は、この廊下を真っ直ぐん委に進んで、右に曲がってすぐの場所にあったと思う。校舎を大規模なリフォームしない限り、私の記憶通りの場所にあるはずだ。
果たせるかな、窓から得体の知れない光りが私を照らす中、廊下の曲がり角に職員室があった。私の記憶と違うのは、上部に設置してある『職員室』という文字だ。
扉は閉まっている。一応、コンコンと、小さくノックをしてから、開く。
開いた瞬間、背後から、犬の遠吠えのような唸り声が聞こえた。慌てて振り返るけど、何もいない。どこかで、犬が喧嘩でもしているのか。そんなことを考えながら、職員室に入った。
予想はしていた。それに、こんな摩訶不思議な世界に迷い込んでしまったのでは? という期待と不安の入り混じった思いはあった。だけど、それはある種の冗談で、私の予想では、扉を開けたら残っている先生方が居て、なんで靴を履いているんだ! と怒られて、私の高校は上履きが無いから、間違えてしまいました、と弁解する、自信があった。
ここで、異世界疑似体験は、終了すると、思っていた。
だけど、中には誰も居ない。
ピンと張りつめた空気が、肩にのしかかってくる。偶然、先生方が皆外に出ている、……なんて感じでもないよ。気配が無いんだ。それに、この職員室は、少し歪な形をしていた。
部屋の中央に、何も置かれていないスペースが空いている。普通なら、先生の机が隙間無く敷き詰められているはずなのに。そこに近づくと、……数枚のプリントが落ちているのを発見した。
――二枚ある。
ここからでも、私の持つプリントと同じだとわかる。誰が書いたのか見てみようと思って、部屋の中央に近づいた。
その時、ガチャンッ!
と、背後から音が私を叩く。振り向くと、扉が閉められていた。誰か居るの? と思いながら、扉を開けようとしたけど、向こう側から、何か木の棒を扉の間に挟んだのか、びくともしない。一瞬だけ、扉についている斑模様のガラスに、影が映ったから、人が居るらしい。
「開けなさーいッ」
私は声をやや高くして言う。「これ以上イタズラをするなら、お姉さん、本気で怒るよー!」
ドンドン! と軽く叩いてみたけど、反応は無い。
「駄目だよ、こんなイタズラしたら。後で絶対に怒るから。頭叩くよ。モンペ呼んで来たって、私は負けないからね、覚悟しなさいよーッ!」
思い切り体当たりを喰らわしたけど、駄目だ壊れない。前蹴りや掌底を腹いせにぶつけて、私は部屋の奥にある、もう一つの扉へ向かった。こっちから出て、絶対に頭をぶん殴ってやる。多分男子だと思うから、股間も蹴り上げてやる。
そう息巻きながら、もう一つの扉に近づいて驚いた。何故なら、扉には巨大な南京錠がかけられ、しかも鎖まで巻いてあるからだ。私一人の力以前に、これを素手で壊せる人間はいない。
舌打ちをしつつ、また閉じられた扉へ戻って、何度か懇願してみたけど、一向に開けてはくれない。それより、人の居る気配が無かった。
ため息をついて、数歩下がる。そこにあったテーブルに腰かけた。と、このテーブル、あの下駄箱に置いてあった意味深な形のテーブルにそっくりだ。瓜二つと言ってもいい。二つでセットなのか、……なんてどうでもいいことを考える。
その時になって、窓から外へ脱出すればいいと気づく。運が良いことに、私は靴を履いているのだから、そのまま外に出ても特に問題は無い。今日は一端帰ろうかな。先生も居ないみたいだし、後日何か言われたら、生理がヤバいので失神しかけたから帰りました、と言い訳しよう。
ケータイを開いて時間を確認する。夕方の五時を過ぎた辺りか、いつもならこの時間には、友達から定時連絡のようにメールが届くのだけど、今は一通も来ていない。
そして、
私は、振り返り、窓を眺めて、
一瞬意識がぶっ飛んだ。