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5.声の主

 転送陣から転移した先、眼下に広がるのは緑とピンクで彩られた山。

 見える街並みは碁盤目上で、街自体が要塞のように連なる建物。

 高いビルが並ぶわけでもなく、科学の発展した機械や、魔術の発展した魔力は感じられず、文明レベルはそれほど高くないようだ。

 ガレリウドに呼びかけられている声の主を探すために、転移してきたものの、どうにも異世界というより異次元レベルで違うのかもしれない。

 街ではなく、山の中に陣が敷かれたのだから、少なくとも山に声の主が居るのだろう。


「まさか、迷子というわけでもあるまいな……」


 独白を零しながら、小さく嘆息すると辺りを見渡した。

 声だけが頼りであるから、どのような姿の者なのかは見当もつかない。

 具体的な場所がわからなくとも、姿がわかり、己の所有物としての印でもつけていれば、転送陣であっという間にその者の居る場所へと飛べる便利な魔法陣だが、全てが万能というわけではない。

 ガレリウドは目を閉じて耳を澄ませてみる。

 微かに聞こえるのは、数人の足音、トーンの高い女性と思わしき声、脳裏に流れてきていた声とはやや異なる。

 ここよりも上から聞こえるようだ。

 ふと、見上げれば突然視界に入ってきたのは、緋色と黒を基調にした丸くて大きなものだった。


「なっ……ん、ぐっ――!?」


 それはガレリウドを避けることもなくまっすぐに向かってきていた。

 何かの罠かと思い、咄嗟に帯剣していた剣の柄に手をかけたが、近づいてくるにつれて徐々にそれがはっきりとしてくる。

 幼さの残る顔が黒い塊から覗けば、それが人であることがわかる。

 剣を握る手は自然と抱きとめる形となったが、幼い顔とは裏腹にそれは予想していたよりも重みがあった。

 重みの理由が、着ているもののせいだと気付いたのは、受け止めたときの感触で気づくことになる。

 黒い塊は、長く艶のある髪。

 落ちてきた時に煽られた風のせいで、その髪はぐしゃぐしゃになっていたが、さらさらと真っ直ぐに地面に垂れる。

 気を失っているのか、余計に重く感じる女の身。

 足場の悪い場よりも平たい場の方が良いかと考え、ずしりと重い女を抱きかかえたまま、山道の獣道を歩いた。

 緩やかに開かれた木の根の近くに凭れ掛からせるような形にして、支えていた身体をゆっくりと落とすと、改めて髪を手櫛でかき分けて顔を晒す。

 年端もいかぬような顔は、白く明らかに化粧をしている……それも厚化粧とも思えるほど、眉は随分と高い位置に薄く引かれ、唇は中心部のみ紅が乗せられただけで、全体的にはのっぺりとした顔。

 着ている服は一体何枚着こんでいるのかと思うほどに、色とりどりの襟が幾恵も見えており、袷が開いている。

 魔族が住まう世界とは明らかに、異郷の地で、異文化と言える。


「……ん、っ……」


 僅かに、女が呻いた。

 気が付いたのだろうかと、ガレリウドは覗き込む。

 異郷の地で会った娘が、声の主であるかどうかを確認するためにも、色々と問わねばならない。

 薄く開かれた瞳は切れ長で、ぼんやりとしている。


「気が付かれたか」


 言葉が通じるかどうかまではわからないが、ガレリウドが声をかけてみると、女の視線と交錯して一瞬の間が合った後。


「きゃぁっ――!」


 甲高い悲鳴をあげられて着ていた衣服の長い袖で顔を隠された。

 思わず、ガレリウドも目を瞠る。

 それほどまでに吃驚されるとは思っていなかったが、だがこの娘の異文化感たっぷりの風貌では、ガレリウドの軍装姿というのは、この世界ではミスマッチなのかもしれない。

 悲鳴は一瞬だったが、甲高いそのトーンは聞き覚えがある。


「あの声は、そなたであったか」


 再び声をかけたが、娘は袖で顔を隠したまま頑なに身体を縮こまらせた。

 上から真っ逆さまに降ってきたにしては、随分とまた臆病者である。

 足を滑らせて転落したのか、それとも突き落とされたのか、どちらにせよ低い文明レベルでは娘に空が飛べるという理屈は通りそうにない。

 娘の悲鳴が大きかったせいか、頭上では騒がしい足音が土を鳴り響かせている。


「言葉がわかるのであれば、何か申してみよ。そなたは願ったのだろう、『助けて』と。――形は違うかもしれぬが、死ぬ手前では『助かった』はずだ」


 ガレリウドがゆっくりと言葉を向けると、娘の袖口で隠す顔が僅かに動いた。

 ぐしゃぐしゃの黒髪が斜めに傾き、首が傾げられたような仕草。

 それでも顔を隠したままというのは如何なものか。

 怪訝に表情を向けるが、恐らくガレリウドの表情など見えていないだろう。

 そして、漸く空から落ちてきた娘が口を開いた。


「……わたくしは、死ぬことが出来なかったのですか?」


 それは、ガレリウドを誰かと問うような普通の問いではなく、助けた御礼とも違う絶望の声。

 どうやら言葉はわかるようだ。と、ガレリウドは心内で安堵する。

 彼の抱える愛妾の中には言葉が通じない者も居るために、コミュニケーションをとるのにとても苦労するのだ。


「死にたいと願うのであれば、殺せなくはない。だが――」


 そう、ガレリウド自身はこの脳裏に流れてくる声の主を探して、気の滅入る声を消したいのだ。

 だから、願い通りに助けてほしいなら、助けて解決する。

 殺してほしいと願うなら、殺して声が聞こえなくなることを望む。

 だが、彼が殺すのは己が仕える侯爵閣下に仇なす敵のみ。

 レヴィンのように、罠をもって敵味方関係なく無差別に殺すという美徳は持ち合わせていない。

 殲滅将軍と異名をとるが、己の信念を曲げることはない、魔族の中でも戦いに美徳を持ち込む変わり者だった。


「――だが、何ゆえに死にたいと願うのか聞かせてみよ」

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