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19.決断

 庭園を眺めることの出来る邸内の一室は、扉を開ければ平安御所の一室そのものであった。

 三十畳程あるはずの一室は、御簾と几帳で細かく六畳ずつに区切られ、ガレリウドは何故にここまで細かく区切るものかと首を捻った。

 御簾越しでは顔を正確に見ることは出来ず、美しく鮮やかな着物の色も遠くからは完全に色あせて見えてしまう。

 香子の部屋の調度品は全て異世界のものと同じ仕立てにさせ、不自由のないようにと努めたが、ここまで初めてみるものばかりとなると、ガレリウドの邸内であるのにここだけ本当に異世界のようだった。

 香子を愛妾にすると告げてから、翌日に調度品が揃ったために客間から、こちらの広い一室に居を移させた。

 イグネルフは邸内ではなく、戦から遠く離れた地に住まいを建てれば良いと言ったが、魔族が住む世界に人間の二人だけを置いて放り出すなどとはとガレリウドよりも、琴式部の方がイグネルフに食ってかかった。

 人という存在は蔑まれ、香子が領主の愛妾であるとしても、周囲の目はやはり卑下に見られるどころか、伯爵という立場からガレリウド自ら愛妾とした香子を利用する輩が居るのではないかという危惧もある。

 それを思うと邸内に留め置いていた方が安全は確保される。

 香子を利用されて伯爵という地位が揺らぐほどのことはないが、ガレリウドの怒りの矛先が向けば、領土内で内乱となってしまう。

 そのようなことが侯爵に知れれば、笑われるに違いないが、勢力争いというのは人が思っている以上に魔族の争いは激しい。

 どちらかが滅ぶまで続けられるのだから。

 殲滅将軍と言われるガレリウドに楯突く輩は少ないとはいえ、戦は個人ではなく軍勢として多くの者が関わる。

 愛妾がらみの無用な内乱をするなど、あってはならないこと。

 最も、ガレリウドの危惧は愛妾同士での妬み合いを心配している。

 エンディリシカのようにあっさりと引く愛妾も居れば、嫉妬深い愛妾も居るのだ。


「こうまで変わると、……我の邸内とは思えぬな」


 苦笑交じりにガレリウドは御簾の中に入って香子へと声をかけた。

 本来は、御簾越しに話さねばならないと言うが、愛妾に迎えた以上は御簾はあってないようなもの。

 だが、イグネルフなどの文官が訪れる場合には御簾越しで、と琴式部に言い含められている。


「申し訳ありませぬ……式部が拘ってしまったようで、わたくしは客間のままで良かったのですが」

「何を言うか。そなたを愛妾にしたからには、客間には置けぬ。あぁ、調度品のことは気にしなくても良い。物珍しい品に職人たちも作る楽しみがあるようだ。それに我も眺めるだけで心が和む」


 他の魔族が居れば、ガレリウドの言葉に耳を疑っただろう。

 何よりも戦好きな者が、「心が和む」と言ったのだ。

 だが、香子はほんの少し気を良くしたように微笑んだのみ。


「部屋を移して早々ではあるが。侯爵閣下より、出征命令が出た故、明日には軍を率いて邸宅を発つことになった。邸の留守中は全てイグネルフに任せておく。そなたは――どうしたい?」

「どう……、とは?」

「ついてくるか、邸で待つか。邸で待つなら、血の契約の渇望期がわからぬので我の血を置いていくつもりだ」


 血を飲むというのは好かないと香子が言っていたが、戦場に行く間は血液以外の体液を置くというのは難しい。

 凝固させてタブレットのようにさせてしまえば飲みやすいのであろうが、一日二日で作れるようなものではない。

 吸血鬼の類の魔族がタブレットを使用しているが、あれは一粒で必要な血液を一週間は補充するような特殊なもので、美味しくないからワインと一緒に飲むのだとか、愛妾の一人でもある吸血鬼の娘が言っていた。


「戦場に……ついて行っても、わたくしなど、お邪魔になります」

「当然そなたを戦兵としては扱わぬ。ただ、我の陣幕で戦が終わるまで待つことにはなるが――」


 ガレリウドは戦に関して負け知らずである。

 今回の戦も、ガレリウドの領土から一週間ほど兵を進めた所が戦場のため、侯爵閣下が遣わした。

 戦には出さないと豪語していたが、暫く平定していた地であったから、この近辺で戦にはならないだろうと踏んでいたからだ。

 だが、いつの時でも例外はある。


「そう心配しなくとも、戦はすぐに終息する。邸に居ても、ついてきても、そなたの安全は保障しよう。そなたが決めるのだ」


 ガレリウドに決定権を委ねられたなら、当然ながら香子を戦場に連れていく。

 邸に留め置いていたら、心休まる時間がないどころか、侯爵閣下に提示された三ヶ月の猶予期間がもったいない。

 香子は困ったように首を傾げて悩んだ。

 邸に居ることを決めれば飲みたくない血を飲まねばならないし、戦場にまで連れられれば血を飲むことはない代わりにガレリウドの邪魔にはなってしまう。

 それなら血を飲む方が良いのか、いやいや血を飲むためにはガレリウドの血を採取することになるのだから、それもまた申し訳ない。

 そもそも、殿方というのは女子は邪魔だとして政に利用はしても、戦になどは連れない。

 連れるというガレリウドは一体何を考えているのか、香子には理解出来ないものだ。

 あまりにも悩んでしまった顔がいじらしく見え、ガレリウドは香子が決断するまで待とうとしていたが、思わず腕の中に抱きとめてしまった。


「っ……ガレリウドさま」

「すまぬ。つい……困っている顔をしていると、思い出されるのだ」


 香子に初めて会ったときのことを――。

 困って、泣き出してしまわないかと、女一人に戦の権化と呼ばれた己が振り回されている。

 そう自覚していながら、ガレリウドは自分の心を隠すことはしない。

 腕の中で見上げてくる香子の頬を撫で、長い髪を梳いた。


「決めました」

「そうか。……では、改めて聞こう。邸に残るか、それとも我の傍を離れず寄り添うか」


 その言葉だけで香子を縛り付けているようなものだ。

 魔族の相手を支配したいという根底にある性質が、大切にしたいと思える愛妾にさえ向けられる。

 ガレリウドを見上げたまま、香子はそっと言葉を添えた。


「――わたくしを、連れてくださいませ」

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