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1.命令

 その日、ガレリウド・グレイム伯爵は不機嫌を露わにしたまま、石畳の回廊に靴音をいつになく早足に響かせて歩いた。

 回廊で話し込んでいた下級貴族や、伯爵とお近づきになろうと声をかけようとしていた貴婦人も、一様に怒りを帯びた様子に、只事ではない気配を察して道を開ける。

 戦場に出ればガレリウドの後にはぺんぺん草すら何も残らないと有名で、ついた渾名は「殲滅将軍」だの、「黒伯爵」だのと呼ばれている。

 ガレリウド自身、その渾名は好んでいないわけではない。

 戦に勝ち続ける美徳は、己が仕える閣下の戦功として認められるのだから。

 全ては自分に戦の才能を見い出し、引き出させて生きるための目的を与えてくれた師父のためなら、これからも戦勝をもぎ取って見せる。

 そう、それがいつもの命令だった。

――しかし、今日ばかりは違った。

 豪奢な扉の前までくると、衛兵が「謁見中です」というのも憚らず、押しのけ重い扉を半ば爆砕させる勢いで開けた。


 ズガ――ン!!


 響き渡る謁見の間は、粉塵を巻き上げて、怯えた先客の一本角を持つ男爵級の文官が飛び退いた。

 粉塵を軽く払いながら、年老いた老爺が飄々とした笑みを浮かべて、一段高くなった台座の豪奢な椅子に顎肘をついて座っている。

 彼の師父であるガレヴァーン侯爵、戦場では鬼神と呼ばれていたが、このところは隠棲気味の主君である。


「また派手に壊してくれたもんじゃのぅ。御主の財の使い方にまでケチはつけぬが、この扉の修理代にばかりかけておるようでは、妃を迎えるなど出来そうにないのぅ」


 ガレヴァーン侯爵が手を翳すと、粉塵は消え失せる。

 呑気な言葉にガレリウドは収まらぬ怒りを、近くにいた文官に向けて無言で散れと命ずる。

 男爵級と伯爵では、明らかに伯爵の方が力が強い。

 怯えた文官は、ガレヴァーン侯爵に頭を下げると逃げるように壊れた扉の隙間から這い出た。


「追い返さなくとも、御主が扉を壊したところで、会話は全て筒抜けであろう?」


 からからと笑うガレヴァーン侯爵に対し、儀礼的に腰を折るものの、ガレリウドは不機嫌のままだ。

 軍装の懐より手紙を取り出し、ガレヴァーン侯爵のテーブルの前に突き出す。


「閣下、単刀直入にお聞きしますが、これはどういうことですか?」

「どういうことも何も、そのままの意味じゃ」

「冗談は寝るか死んでからにして頂きたい」

「死んだら孫の顔が見れぬではないか」


 しれっとしてまだからかうガレヴァーン侯爵に、ガレリウドはブチっという音がしそうなほど血管を眉間に浮きだたせた。

 その様子が面白かったのか、ガレヴァーン侯爵は長く立派に生やした顎鬚を撫でながら問う。


「御主は何人の愛妾を囲うておるのじゃったかのぅ?」

「……27人おりますが、閣下」

「そうじゃろう、そんなに抱えておるのに、不思議と子が出来ぬではないか」

「閣下が心配なさることではありません」

「心配ではない。ただ孫が見たいだけじゃ。愛妾ばかりで妃の一人も作っておらぬのは、御主だけだからのぅ」


 はぁっ、と深い溜息がガレリウドから漏れる。

 27人の愛妾のうち、ガレリウド自身が惚れ込んで娶った女は居ない。

 ガレヴァーン侯爵に無理やりあてがわれたり、戦場で孤児になった娘や、勝手についてきた戦好きの鬼女などが殆どだ。

 彼女らを嫌うわけではない、面倒を見るという名目での愛妾。

 彼女たちの間に何事もなかったわけではない。

 身篭った愛妾も居たが、全て産まれる前に死んでいる。

 殲滅将軍というのは、子どもも殲滅するのかと何度ガレヴァーン侯爵にけなされたことか。

 ガレリウドがガレヴァーン侯爵から受けた命令は、妃を連れて後継者を見せろという、戦とは全く関係のない内容だった。


「御主が妃を連れぬなら、また妃候補の娘を宛がうしかないのぅ」

「なッ――!? これ以上、厄介な愛妾など要りませぬ。連れて来れば良いのでしょう、妃をっ!」


 面倒は御免だとばかりに、フンっと息を荒げてガレリウドは身を翻した。


「三か月じゃ」

「は?」

「三か月以内に連れて来い。それまで、御主は戦場に出さぬ」

「閣下!」


 横暴だ。

 あまりにも、酷い仕打ちである。

 戦で勝つことが喜びで、生きる意味であるのに、三か月も謹慎のような生活には身体がなまってしまう。

 翻した身を、またガレヴァーン侯爵に向けたが、もう取り合う気はないとばかりに、手を振られる。


「ほれ、さっさと探すか愛妾を口説け。次の謁見がある。御主の予定ない謁見のせいで、今日の予定全てが狂うてしまうわい」


 憮然としながらも、儀礼的に一礼だけすると、ガレリウドは再び身を翻した。

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