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18.血の契約2

 身体が気怠い――。

 と、目覚めたときに感じた。

 エンディリシカの金縛りは解けていたが、この気怠さの理由は別のところにあると、香子の身体が知っている。

 情後の倦怠感。

 だが、いつもと違うのは隣で寝ている相手が帝ではなく、ガレリウドであること。

 そして、全く動けそうにないこと。

 薄い天蓋のカーテンから見える窓の外は夜闇に包まれているようで、一体何時なのかわからない。


 帝との情事は淡泊で、ただ子を為すだけの行為でしかない。

 夜分に部屋に訪れて肌を重ね、夜明け前には帝が帰られ、後朝の歌が届く。

 帝にとっては寵愛しているように見せかけて、世継ぎを孕ませることが仕事と化していた。

 香子が入内したのは、帝に皇子がおらず、既に四十を超えていた帝の中宮や数多の女御、更衣も年老いており、それまで在位していた中宮が病で臥すと、香子の父が適齢期となった香子を帝と結ばせて、皇子を為すようにと進言したからだ。

 三日三晩続く結婚の儀で、帝に閨を躾けられたが、その作法とガレリウドの情事は全く異なった。


 香子が宮中で覚えた閨は痛くても声をあげず、抵抗せず終わるまで我慢するだけのもの。

 ガレリウドとの閨は、恥じらいを暴かれて甘美と艶を含んだ声音を響かせ、幾度も悦楽に溺れさせられた。

 後朝の歌はないけれど、閨の中で何度もガレリウドに言葉にされて辱められた。

 いつ終わるのかと思うよりも、意識を先に失くしてしまったのは香子の方で、後で怒られるのではないかとそわそわし、ガレリウドの様子を伺った。

 殿方の寝顔を見るのは初めてで、伯爵級の魔族というガレリウドは、気苦労も多いのかいつも表情が強張って、時には眉間に皺が寄っているのだが、寝顔は至って穏やかで皺一つなく人間と変わらない。

 魔力のあるなしを除けば、魔族も人間も変わらないのではないかと思ったが、魔族は人型をとれる種ほど高位で、原型は烏であったり、剣の化身であったり様々なのだと言う。

 人型は生活しやすいという点で、その形を留めているだけに過ぎず、魔力が尽きたり死に近しい状態になると原型に姿が戻って、やがて塵と化して消えてしまう。

 だからガレリウドは香子が死んで輪廻転生を望んだときに「死すれば無だ」と言ったのだ。

 意味を理解するまでに、数日かかったものだ。


「……そのように見つめられると、我の顔に穴が開きそうだな」

「――ッ!」


 ガレリウドの目は開いていないのに、囁かれて温かく大きな腕が香子の背を抱いた。

 ゆっくりと、その目が開いて、口元は口角が僅かに吊り上っている。

 ガレリウドの肌と触れ合うと、また抱かれてしまうのかと香子の顔が赤面して手で顔を隠そうとすると、ガレリウドの唇が手指の先を捉えた。

 それだけで香子の身体が震えた。

 身体に記された記憶が、ガレリウドの触れ方一つを逐一に思い起こされる。

 だが、それ以上、ガレリウドは戯れようとはしなかった。


「夕飯の時間を随分過ぎてしまったから、琴式部に怒られておいた。そなたの分の夕飯も、我の部屋に運ばせてあるが……」

「琴式部……が? あ、あの……式部が、お部屋に来たのですか?」

「来なければ怒られまい。揃いも揃ってイグネルフにまで小言を言われたが、そなたが気に病むことではない」


 気に病むわけではなく、ただこの現状を見られたり、知られたりしたのだろうかと香子は目を潤ませた。

 だが、ガレリウドは香子が恥ずかしがっているなど、露にも思っていない。

 ガレリウドはゆっくりと身を起こすと、天蓋のカーテンを開けてベッドサイドのテーブル置かれていた封書を手に取った。

 身動きが侭ならない香子は、その仕草をぼんやりと見つめるだけ。


「近日中には、そなたを愛妾として娶るつもりだ。血の契約に則って庇護することは勿論、そなたを傍に置く」

「――ガレリウドさま……」

「嫌か?」

「そうではありませぬ。でも……わたくしで、宜しいのですか?」


 愛妾という形でなくとも、客のままでも、邸宅の下仕えでも、ガレリウドの傍に居られるのであれば形は問わない。

 問答をしたときに、ガレリウドから簡単には愛妾にすることが出来ないと言われ、気持ちを確かめられただけで満足したものだ。

 扇を贈ってくれた名も知らぬ公達のように、ガレリウドがただ傍に居て自分を見てくれているだけで、心細さはなくなるのではないかと感じていた。

 ガレリウドは香子よりもずっと長生きで、愛妾にと言われてもガレリウドにとっては、ほんの一時程しか生きることのない娘を娶るよりも、もっと相応しい魔族の娘が居るに違いない。

 あの、勝気なエンディリシカも、戦好きなガレリウドにとっては良き相手だと思えるし、何故愛妾止まりで妻ではないのかと不思議に思っているが、その問いを今かけることは無粋だろうと口を噤む。


「香子が良いのだ」


 ガレリウドにはっきりと告げられると、香子は恥じらって身体にかかっていたシーツを引き上げて顔を隠した。

 その様子に忍び笑いをしたガレリウドの声が聞こえ、香子はもぞもぞと身を丸くした。

 封書を手にしたままのガレリウドは、中身を見ながら、香子に向けていた穏やかな顔が一変して険しくなる。

 侯爵からの手紙で、出征の要請だった。

 妃を娶るまで戦に出さないと豪語していたが、数週間のうちに香子を邸内に囲ったことが伝わったのか、それとも余程切迫した事情があるのか、用件だけしか書かれていない。

 シーツに包まって、まるでミノムシのようになっている香子に視線を向けると、封書をテーブルに戻してシーツを引き剥がした。

 出征すれば数週間は戻ってこれないだろう。

 香子が寂しがってしまわないようにというより、ガレリウド自身が香子の温もりを忘れてしまわないように抱きとめた。


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