14.問答4
今、この目の前にいる女は何をのたまったのだろうか。
空耳とはいえないぐらいに、はっきりと聞こえた。
己を慕っている。そしてまた、己が香子を好いているのだろうと聞いてきたのだ。
ガレリウドは改めて香子に向き直ると、扇の下に隠れている顔をじっと見つめた。
「そなたは……我のどこを気に召したというのだ。少なくとも、助けた恩だけで好いたわけではあるまい」
「はい。――ガレリウドさまは文を書く道具や、異国の装飾品などをくださいました」
「それだけで?」
「それだけで十分でございます」
ガレリウドの目が点になりそうだった。
香子の国では、男性が歌を贈り続けて女性を口説くというが、歌の代わりに物を贈ったと捉えたようだ。
つい先ほども、衣服を琴式部に預けてきたばかりだ。
だが、確かにどの時代でも男が女に物を贈るというのは、下心が少なからずもあるからだ。
それは色々な意味を含んでいる。
純粋に好いて贈るだけではなかったりすることも、魔族の世界では多々あることだ。
そういった意味でも、香子は純粋すぎた。
「他の女にも物を与えてはいるぞ?」
「それはガレリウドさまの『愛妾』のお話でしょう。ガレリウドさまは、わたくしを『客』だとおっしゃいました。ただの『客』にお贈りするようなお品でしょうか?」
「生活に困らないようにするためのものであろう」
「ですが、高価なものであったり、生活には必要ではないものもあります」
「そなたが喜ぶであろうと思って贈っただけだっ!」
つい本音が出てしまった。
不意に香子が持っていた扇を畳んで、袖さえも顔から外して素顔を晒した。
眠っていたときにはわからなかった黒い瞳は、恥じらいのせいか潤んで、頬は紅潮している。
あどけない少女から脱却しつつある娘の顔つき。
誤魔化すように繰り返した問答の答えにある毒気を抜かれた。
「香子――。そなたに惹かれておることは確かだ。だが、そなたはこの世界に来てまだ数週間――」
「魔族は人間を嫌うものだと、イグネルフさまから聞きました。それをわかっていて連れてきたのは、ガレリウドさまではありませぬか。嫌う存在なら、何故助けて連れ去ったのですか?」
「っ……それは。――えぇい、わかったわかった。そなたには負けたわ」
降参とばかりに肩を竦めると、ガレリウドは続けた。
「侯爵閣下に急かされてはいるが、二千年前にこれ以上愛妾を増やすなとイグネルフに釘を刺されておるのでな。好いているからとて、そなたをそう簡単に愛妾にするわけにはいかぬのだ。だが――そなたには傍に居てほしいと思う」
「いいえ。その答えだけで十分です。これは問答、なのですから……お答えを頂いただけで、十分なのです」
再び、香子の扇が開かれた。
だが、顔を隠されることはなく、ぱたぱたと仰いでいるのみ。
まるで、気にしないようにとでも手を振られているようなものだ。
表情には哀しみがあるわけでもなく、漆黒の瞳は何を考えているのか色を全てシャットダウンしている。
「質問はまだ終わりじゃないのですよ、ガレリウドさま。わたくしがこの世界で生きる上で、知らねばならないことが沢山ありそうですから、お答え頂かなければ困ります。稚児でもわかるように説明なさってくださいましね」
何か吹っ切れたような物の言い方。
香子は続けて、この世界の仕組みや、魔族について事細かに聞いてきた。
異世界に、馴染もうとしている。
それに答えてやらねばならないだろう、香子を連れてきたのは、ガレリウド自身なのだから。
全く、見ていて危なっかしい娘ではある。
物を贈ることの意味を疑うこともせず、ただ純粋に受け止める。
「あの声に答えたのが、我でなければ、そなたは利用されていたかもしれぬな――」
「? 何のことですか?」
「いや――何でもない」
ガレリウドは小さく苦笑すると、香子の質問に次々と噛み砕いて答えることにした。
ただ一つ、変わったのは香子を客としての扱いではなく、寵愛を傾けられる者としての扱いに変わったこと。