13.問答3
「それを誰から――いや、イグネルフから聞いたのか?」
ガレリウドは額を抑えながら香子に尋ね、拾い上げたまま持っていた扇を差し出した。
香子は扇を受け取ろうと、手を伸ばそうかと身じろいだが、中々伸ばそうとはしない。
手を伸ばせば、ガレリウドに顔を晒してしまうからだ。
既に、寝顔を見られてしまったとはいえ、自ら晒すといった行為はしたくないようだ。
仕方なく、ガレリウドはソファーから立ち上がって香子に背を向けた。
扇を取ったのだろうと思われる衣擦れの音と、扇を開いた紙の音が聞こえた。
「――もう、お座り下さって良いですよ」
香子の声に、ガレリウドはソファーに座りなおして、コホンと咳払いをした。
すっかり扇で顔は覆われてしまって、袖よりも無機質な扇は柄は確かに美しいのだろうが、味気ない。
扇を渡さなければ良かったかもしれないと、ガレリウドは少し後悔した。
「正確にはイグネルフさまが応対していたお客様が、仰っておりました」
「どういうことだ?」
「イグネルフさまの執務室を通りかかった際に――『ガレリウド伯の27人の愛妾の中でも、エンディリシカが一番魔力が強い。そうに違いないだろう』と、とても大きな声で仰っておられました。御姿は見ておりませぬので、どなたが仰ったのかはわかりません」
イグネルフの執務室に訪れて、そのようなことを言うといえば、配下魔将ではなく、別の伯爵級の魔族がエンディリシカを戦力として借りにきた、というところだろうか。
エンディリシカは、ガレリウドの愛妾の中でも特に魔力の強い女で、戦となると嬉々としてついてくる変わり者だ。
実力もあるからこそ、戦への従軍には好きにさせている。
ガレリウドが任されていない戦へも、勝手に参加しているようで、特にレヴィンとも親交がある……とすれば、またレヴィンがエンディリシカを借りにきた可能性は高い。
「そうか……。それで我に愛妾が居ることを知ったのだな」
「それだけでなく、わたくしが最初にここへ来た折も、イグネルフさまが『また愛妾にする気か』とお聞きになっておられましたし、ガレリウドさまは御子が授かる方法をお聞きになっておりましたから、少なくともご結婚されているものでしょう」
結婚。
その単語に、ガレリウドは笑ってしまいそうになった。
愛妾の意味を、香子はどのように捉えているのだろうか。
魔族に婚姻の概念というのは、とても薄い。
人のように役所に届けを出すわけでもない、誰が誰と結ばれようと関係ないのだ。
だが、そういった魔族にはない概念を持ち出してくる香子は面白い。
「どうして27人も居るのか、だったな……。主に9人は迎えた当時身寄りのない子供や忌み嫌われた女、9人は戦がしたくて溜まらずついてきた女、9人は侯爵閣下に宛がわれた番い候補や手に負えない戦好きの女だ。行き場のないものを保護して置くには、それなりに理由がなくては置けないものたち故に、我の『愛妾』として置いている」
「――無理やり、置いているわけでは……ないのですね」
「中には『愛妾』と言いながらも独立して生活している者も居る。数千年も経てば、形として置いても廃れるものだ。――ただ、それを利用しようとする者も居るのも否めないが」
時折、様子を見に行くものも居れば、全く見ていない者も居る。
愛妾と言いながらも、そこに普遍的な「愛」は存在しない。
「しかし――意外だな。香子がそのようなことを聞くとは……」
側室として愛妾と同義の身であったから、気になったのだろうか。
もっとも、香子は中宮としてまで帝の寵愛を受けた身であるなら、愛妾の不憫さというのものも知っているからか。
そう考えていたガレリウドだったが、香子の答えは意外なものだった。
「以前にガレリウドさまが、わたくしの伴侶のことをお聞きになったから、反対に聞いてみただけでございます」
中宮の意味がよくわからなくて、詳しく聞いたことはある。
政略結婚として結ばされた香子にとって、帝という伴侶はただ子孫を残すためだけの道具のような扱われ方であったとか。
「聞いて面白いものではないと思うが……」
「いいえ。ガレリウドさまと、わたくしは誰かを愛することを知らずに、伴侶を迎えた同士ということがわかりました」
またガレリウドが咽そうになった。
女というのは、どうしてこう……愛だの、恋だのという話になると花が咲くのだろうか。
顔を晒すことは恥じらうのに、この手の話は随分と強気なことだ。
ほんの少し意地悪をしてやろうと、ガレリウドは香子を困らせる質問をするべく、投げかけてみた。
「香子。我がそなたを愛妾にすると言ったら……どうする? 我は侯爵閣下に伴侶を迎えて子を為せという命令を受けた後、そなたの声を聞いて邸に迎えた。この意味がわかるか?」
また道具のように扱われると泣くだろうか。
それとも、怒るだろうか。
「ガレリウドさまは、……とても変わったことを仰いますね」
「変わったこと?」
「はい。わたくしは、異国から離れることが出来るのであれば、この身がどうなろうと厭わない覚悟でおりました。ガレリウドさまが、望むのであれば恩返しができます」
「そこに、そなたの望む愛だのというものがなくてもか?」
質問するべきではなかった。
香子に惹かれていると気付いた時より、手に入れたいと思っても今までのように『愛妾』として置きたいわけではないのだ。
香子の答えは、ただ恩返しという身を捨てようとした自害と同じ形。
そのようなことをさせたいわけではないのに――。
「あら。わたくしはガレリウドさまをお慕いしておりますが――ガレリウドさまは、わたくしを好いておられぬのですか?」
今度こそガレリウドが咽たのは言うまでもない。