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12.問答2

「ガレリウドさま。こちらが注文の衣服でございます」


 邸に来客――頼んだ衣服を作らせた仕立て屋が訪れた。

 琴式部が、いくつか衣服を持ち込んではいたが、さすがにあれだけ嵩張る唐衣裳装束というのは、そんなに持ち込むことが出来なかった。

 そのため、衣服を作る職人を使い、デザインや色目を香子から聞き出して作らせたものだ。

 季節によって着る色目が違ったり、柄が違ったりするそうだ。

 イグネルフはマットレスなどと簡単に言っているが、その作りや製法はマットレスよりも実に技術のいるものであると知った。


「うむ。ご苦労だったな」

「いえいえ。久しぶりに手の込んだ衣服に、楽しく作ることが出来ました。ところで、このような風変りな衣装、またどちらの愛妾をお迎えに?」

「――愛妾ではないのだが。……我が邸に身を置いている貴人にな」

「ほう……。気になって調べたのですが、この衣装は人の和の国の古い民族衣装であるようで」

「そのようだな。異世界というより、異次元より連れてきたのだ」


 仕立て屋は納得したように頷く。


「愛妾というより、……使用人ですか」

「使用人は既に足りている。和国の王の元妃という身分、そのような貴人に使用人になどはせぬ」

「はぁ……。まぁ、ガレリウドさまの『客人』というからには、珍しいと思った次第で。人間に着せる服というのは、余り好まないことですが、このような珍しい衣服ならば、また承りますよ」


 そういうと、仕立て屋は次の仕事があるとばかりに、客間を退室していった。

 残された衣服は、見事に色目や柄の美しい単が数枚。

 香子は喜ぶだろうか、それとも……困惑してしまう方が先かもしれないな。

 ガレリウドは早速とばかりに、香子の居る別の客間へと赴いた。



 ノックをすれば、その物音にもだいぶ慣れてきた様子で琴式部が扉を開けた。

 琴式部は、若干きょとんとした様子である。

 香子は相変わらず顔を隠したままのことが多いが、世話をすることが多い琴式部は、邸内に慣れてきてからは顔を隠すといったことがない。

 最初は初対面というのと、得体が知れないという警戒もあったからだそうだ。


「香子は居ないのか?」

「一刻ほど前に、貴方のお部屋へ行かれたようですが。入れ違いになられたのですか?」

「あぁ……。客間の方に……。だが――…いや、良い。これは仕立てさせた服だ、柄や色目はそなたらの持っているものとは異なるかもしれぬが、近しいものには仕上がっていると思う」


 衣服の入った箱を琴式部に渡すと、琴式部は目を細めている。


「まぁ。良い色目でございます。中宮……香子さまが戻っていらっしゃったら、早速お見せ致します」


 表情を柔らかくした琴式部が、箱を長テーブルへと置いた。

 この部屋も、洋室のままであるから、和室のように変えてやりたいものだったが、まだそちらの調度品の仕立ては時間がかかっている。

 琴式部は、香子のことを人前では中宮さまと呼ぶことの方が多いようで、もう異世界に来たのだからと香子に諌められて、どのような時でも「香子」と呼ぶようにと言われたそうだが、その癖はなかなか抜け切れないようだ。

 イグネルフは二つ名があるなどと、怪訝そうではあったが、中宮の意味が妃に等しい意味であると知ると、それほど煩くは言わなくなってきている。

 衣服を渡すと、今度は私室に戻るべく足を向ける。


 それにしても、香子がガレリウドの私室を尋ねるというのは珍しい。

 普段なら、呼ばなければ来ないものだ。

 香子の世界では、男の方が女の下へと通う文化があるという。

 女はずっと邸に篭りがちなのだと。

 それでは退屈だからと、香子は宮中に入内しても、時折花見や寺や神社にお参りと称して出かけていたそうだ。

 よくあることだったから、香子が花見と称して出かけても、自害するなどとは誰ひとり思わなかったようだ。

 私室の扉を開けると、香子が問答をするときのように、柔らかなソファーに横になっている。


「香子?」


 声をかけてみたが、眠っているようだ。

 私室を出たのは2時間ほど前、イグネルフの執務室で書類と仕事の話をしてから、15分ほど前に仕立て屋を出迎えた。

 琴式部は1刻ほど前に私室に訪れたというから、本当に一時間もこの私室で待っていたというのだろうか。

 長く艶めいた髪がさらりとソファーにしなり、眠っているせいで扇が顔から外れてソファーの下に転がっている。

 扇を拾いあげて、ソファーで横になる香子の顔を見やる。

 少女のような少しあどけなさが残る女の顔。

 触れてみたいとばかりに、頬へと手を伸ばすと、髪と同じくしっとりと柔らかな肌。

 不意に、その瞳がパチリと開いた。


「きゃ――っ!?」


 吃驚したように、ソファーから身を起こした香子の袖が、素晴らしい速度で顔を隠した。

 琴式部と違って、顔を見せる習慣が殆どと言ってない香子には、まだ慣れるということが無理なようだ。


「すまぬ。待たせてしまったようだな」

「っ……。ガレリウドさま……。あ、あの。いつから……」

「つい先ほどだ。そなたこそ、一時間も前から待っていたのだろう?」


 寝起きで頭の回転が鈍くなっている香子を宥めながら、ちょうど香子と直角にあるソファーへと腰を下ろした。

 対面で話すということが常であるが、わざと直角に座ったのはどこまでパーソナルエリアを許しているのか測るため。


「すみませぬ。……突然に、来てしまって」

「いや。構わぬ。ここ暫くは査察で出かけていたから、香子とゆっくりと話すことが出来たのは一週間ぶりであろう」

「はい……。御仕事の合間、申し訳ありませぬ」

「良い。それで……何か用があったのではないのか?」


 先を促すと、香子は小さく首を傾げる仕草。


「いいえ。何も……」

「は?」

「琴式部が部屋の清掃をしだしたので、邪魔になるわたくしが、こちらへ逃げてきたのです」


 そのようなことは一言も琴式部から聞いていないが。

 どうやら、勝手に抜けてきたというより、本当に逃げてきたようだ。

 邸内で香子がうろつける場所と言えば、客間か、ガレリウドの私室ぐらいなものだ。


「そうか。では、暫くここに居るが良い」

「でも、ガレリウドさまのお仕事は? お邪魔になるようなら――」

「邪魔だと思うぐらいなら、邸になど留め置かぬ。それに、今日の分は終わったところだ」


 正式には、イグネルフに書類の束を押し付けてきただけであるが。

 そのほとんどは領土内の収支報告の束であるから、そういった細かな集計は会計の得意な者に任せるに限る。


「で、では……あの。わたくしが、ガレリウドさまに、質問をしても……宜しいでしょうか?」

「そうだな。いつも我が聞いてばかりであった、そなたの気が済むまで聞くが良い」


 そういうと、香子がしゃっきりと背筋を伸ばして、嬉々とした様子が伝わってくる。

 一体、何を聞いてみたいと思っているのか……内心で、ガレリウドも楽しみにしている。


「では、ガレリウドさま。……ガレリウドさまは、どうして――27人も愛妾がいらっしゃるのですか?」


 香子の問いは、ガレリウドを数秒絶句させた。

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