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10.問答

 香子を客人として迎えて三日が過ぎた。

 実に、この三日、文化が違いすぎて苦労したものだ。

 食事を出せば、ナイフとフォークの扱い方がわからず、食べ物だと言っても中々理解されなかった。

 結局、スプーンだけで、様々な種類をほんの少しずつ口にしただけである。

 後から聞けば、それが雅な食べ方だということらしい。

 気にせず好きなだけ食べれば良いと言い含めて、なるべく食事の出す量を減らすようにしてからは、器に残ることはなくなった。

 着の身のまま訪れたこともあって、こちらの文化に慣れるまで困るからという理由で、一度異世界に琴式部だけが必要な荷物を取りに戻ったことがある。

 荷物の中には、イグネルフが嫌がっている分厚い服――唐衣裳装束というらしい――や、恐らくあの長い髪を手入れするものと思われる薬品などが持ち込まれた。

 転送陣を香子が住んでいたという藤壺の間に開いたために、人目につかず騒ぎにはならなかったようだ。

 顔を隠すという文化は、相変わらず理解出来なかったが――。

 本来なら声を聴かせることすら、香子の場合は滅多にないという。

 琴式部のような女房と呼ばれる侍女が、全て代弁して世話をし、声や姿は肉親や夫のみが知るもので、普段は御簾と呼ばれる薄いカーテンのような壁越しであるとか、直接会っても顔を見られることは恥じらうものだとか、説明をされたが全くもって面倒なことである。

 結局、問答をするにも、扇で顔を隠されたままであった。


「――この三日、そなたの文化のことばかりを問うてばかりだったが。今日は別の問いをしたい」

「はい……」

「そなたは子を為していたそうだが。子を無事に産むに当たっては、気をつけねばならぬことなどあるのか?」

「はい?」


 問答をすると称して、私室にソファーに座らせてから聞いた問い。

 香子は吃驚したように首を傾げるような仕草が、長い髪が傾いたことで知れる。


「あ、あの……ガレリウドさまは、その……。御子を授かっていらっしゃるお方様が、いらっしゃるのでしょうか?」

「居た。というべきだろう。産み月になるまえに全て流れてしまうが――」

「申し訳ありません……」


 何故、そこで謝るのかはよくわからない。

 ガレリウドは気にしなくても良いとばかりに、首を振る。

 扇の隙間からガレリウドの仕草は見えるようで、小さく縮こまったような香子がおずおずと続けた。


「わたくしの国では、出産は『穢れ』と言われ宮中から宿下がりをして、出産の間までに祈祷をして物の怪を寄り付かせぬように致しております」

「物の怪、だと?」

「はい。出産までにある不幸は全て物の怪の仕業で、祈祷が足りないと物の怪に命を奪われるそうです」


 人の世界での出産は命がけとはよく言ったものだが、文明レベルの発達している時代ではそうでもないと言う。

 だが、魔族にそれが当てはまるかというと、――当てはまらない。

 祈祷などというのは、忌々しくも神頼みということになる。

 宛てが外れたとばかりに嘆息したガレリウドは、頭を抱える。


「他にも、冷えや服毒でも子が流れることがあります。ガレリウドさまは、わたくしたちのような人間ではないとお伺い致しましたから、物の怪を倒してしまわれるのであれば、そういった理由からかもしれませぬ」


 嘆息したガレリウドに、香子が付け足すものの、あまり役に立てなかったとばかりに香子が沈んだ。

 結局のところ、ガレリウドが抱えている謎は解明されない。

 だが、香子を三ヶ月は邸に置くと決めた以上は、野放しに出来ない。

 それに――。


「貴重な答えだ。我はそなたの数千年以上も生きているのに、そういったことには疎い。それに、そなたの文化や意見には退屈な時間ばかり過ごしていた我に、新鮮な風を巻き起こしてくれている」


 普段なら、三日も邸に篭っているということはあまりしない。

 が、気になって邸に篭っているというのは、ガレリウド自身が知っている。

 イグネルフからは、査察の予定や、溜まった書類をどうするのだとせっついてきていた。

 生活に慣れるまでは後回しにすると言ったせいで、イグネルフの機嫌はすこぶる悪い。


「……邸内には、まだ慣れぬだろうが。もう少ししたら、邸のことはイグネルフに任せて、出掛けねばならん」

「どうぞ。お構いなくお仕事を優先なさってくださいませ」


 まだ異世界にきて三日で不安もあるはずだというのに、随分と健気だ。

 控えめに、慎ましくが雅とするように育ってきたというから、我儘を言うこともない。

 侍女の琴式部が、香子を思って時折イグネルフを通して要望を出してきているようだが、香子に「必要なものはないか?」と気を遣って聞いても「何もありません」と返されてしまう。

 イグネルフが琴式部に頼まれた物を届けさせれば、香子はしきりに御礼を言うので、「マットレス2号の扱い方は更にわからんっ」と憤怒していた。


「邸内だけでは退屈かもしれぬが……。困ったことがあればイグネルフに全て申し付けよ」

「はい……」


 そうは言っても相変わらず、何も要望は言わない。

 琴式部が居なければ、本当に何もいらないと言いそうで、生活出来るのか怪しいほどだ。

 そういった意味では、転送陣にうっかり足を踏み入れたばかりか、香子の下に行きたいと願った琴式部が異世界でも一緒というのは、香子にとっては良かったのかもしれない。

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