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どういう意味だろう。王宮が嫌いという事か。確かに、王宮なんて悪の巣窟だし、勇者一行ともなれば気持ちの悪い的外れなおべっかを使われたりしたのかもしれない。
ここは私が全ての者を代表して謝るべきなのだろう。狸共の顔を立てる気はさらさら無いけれど、ここでただ、そうなの、とは流石に私も言えない。
そして何度も言うようだが彼らはこの国の命運を握っている。今回の成果を見て、少なくとも役たたずでない事も判った。機嫌を害ねる様な事はあってはならないのだ。
「ごめんなさい。王宮には世間知らずな方々もいて……。何某かがテトラルド様のお気に障る様な事を申したのですね」
「いや、違う」
違うのかよ。
でもだとしたら、いったい何が嫌なのかしら。ベットの柔らかさ?そんな馬鹿な。
「俺は鳥を食べない」
最初、話に脈絡が無くて何を言いたいのか判らなかったが、少し考えればすぐに理解できた。
食事か。
「ああ、気付かずに御免なさい。鳥がお嫌いでしたのね。すぐに厨房に伝えるよう……」
「違う」
「え」
何が違うのか。彼は今鳥が食べられないと言ったのに。
他民族とは面倒な。言葉でのやり取りに不安になる日なんて、今まで想像もしなかった。だのに、彼は言葉を尽くして説明しようとすらしてくれない。私が困っているのは貴方のせいなんだけど。
「鳥は嫌いじゃないぞ」
「ア、アレルギーか何かかしら」
その言葉には彼は首を傾げた。通じていないみたいだ。本当に面倒な。
「じゃあ…」
なんだっていうの。
不意に、彼が指を口元に当てて息を強く吐いた。そこから、何とも表現出来ない高く澄んだ音が生まれる。指笛というやつだ。生まれて始めて見た。私がやるのを私の教育係が見たら発狂して倒れるだろう。
ともかくその、人間から生まれているとはとてもじゃないが思えない音を彼が発した。すると、空に影が横切る。
突如、茶色い旋風が彼と私をめがけて舞い降りてきた。それは大きく私達の周りを旋回すると、そこが定位置であるかのように彼の肩に舞い降りる。実際、その場所はそれの為の場所なのだろう。肩には傷だらけの鞣し革が当てられている。
ぎろり、と獰猛そうな瞳が私を見据えた。私は臆さずに微笑む。まあ、立派な大鷲ね。そんな感じに、微笑む。
そう、彼の肩に止まったのは、翼を広げれば四メルダ(メートル)弱はあるだろうという大鷲だった。近くで見ると圧巻だ。
「アグ・アグルタスは鳥を友とする。友を食べるわけにはいかない」
アグ・アグルタスが何かは判らないが、彼は彼の友達が鳥である故に、他の鳥も食べる事が出来ないと言っている事は判った。
「そうですか、判りました。それでは次の料理から、貴方の皿に鳥を出さないように料理人に言っておきますわ」
「ああ」
満足した様に彼は言って、大鷲の頭を撫でた。一応はこれで解決だろう。
彼が私を王族と知って顔を顰めたのは王宮からの連想の為か、それとも他に何かあるのか、知らないが、知らなくて良いだろう。彼はどうやら気になる事は誰だろうと言う人間だと判ったのだ。何かあれば言うだろうし、言えない事は聞かされても困る事が大抵なのだから。
「それで、パレードのほうはどうされたのですか」
長らく違う話をしていて忘れかけていたが、そもそも彼がここにいる事がまずおかしい。何故いる。
「俺がいなくとも、構わないだろう。とても面倒だ」
「……抜け出して来たというわけですか」
「そうなる」
私は呆れて物も言えない。彼が元より奔放な性格をしている事は謁見の間で見た時になんとなく判ったが、これはもう奔放とかそういう段階の話じゃ無い気がする。自由過ぎるよ。
「仲間の方々が困るのではないですか?」
「そうでもない。いつもの事と思うだろ」
いつもの事なのか。
溜め息を吐く私を尻目に彼はここから去ろうとする。もともと、特に目的も無くぶらついていて私に行き当たったのだろう。私はもう何かを言う気力は無く、そのまま彼を見送ろうとする。
と、彼が振り返った。
「さっきの話」
「え」
「王宮の事、俺がそういう風に嫌いだと思ったのは、あんた自身がそう思っているからじゃないか?」
言われて最初理解出来ず、理解したら理解したで頭に血が上ってきた。とても失礼な事を言われたのだ。
「なっ」
「あと、あんたの話す言葉はよく判らない」
「はっ!?」
言いたい事だけ言って、彼はさくさくと去っていってしまった。残されたのは怒りに震える私だけ。ここは普段わりと人通りの多い場所なのだが、その事は今の私の頭には無く、私は淑女にあるまじき声量で叫んだ。
「あんにゃろーーっ!!」
□□□
「パレードを無事に終えられた事を皆に感謝する」
王が上座で杯を上げた。それに習う様に皆がそうする。
パレードが終わると瞬く間に夜になり、勇者一行との会食会が行われた。正直言うと私は昼間の事があるので決まり悪げに食事をしていたが、正面少し斜めにいるテトラルドは気にした風も無いので馬鹿らしくなって意識するのを止めた。
メインディッシュの皿の上には鶏肉が乗っている。彼の皿には豚肉が用意されているだろう。料理長が急遽用意した物だ。気に食わない相手の要望を叶えた私を、誰か褒めて欲しい。
「そういえばテトラルド、あなたはパレードに出ていませんでしたね。気分でも悪かったのですか?」
王の近くに座した王妃が言った。彼女はマナミ達の冒険譚を聞いているまだ幼い第三王子を世話しながら、さして興味が無い口振りで訊ねる。冒険譚に夢中になっている我が子にそろそろ食事に集中して欲しくて、話を反らしたか。
王妃は第三王子を甘やかし過ぎだ。八歳にもなって口周りを母親に拭かせる子供など、国中探しても彼一人だけだろう。
第三王子は初めて生まれた王妃の実子だった。私を含めた王の他の子供達は、側妃という妾から生まれたのだ。それ故、若い彼女はたった一人の我が子を儚い花でも愛でるかの様に慈しんでいるのだった。それはもう、過ぎる程に。
王妃の溺愛ぶりに、他の王子や王女は冷たい視線を向ける。家族だったら溜め息一つで許せるだろうが、私達は家族ではない。
私達は一つの統制されたからくりの部品だった。王の言葉に追従し、機嫌を取り、せめて自分に悪い様にならない為に、上手くいけば王位継承者になれる様に、上手に王家を家族として回す為の部品だった。父上はこの茶番に気付いているのだろうか。貴方が私達の母だと紹介した王妃は、私達に一瞥も寄越さないわよ。
そんな冷たい食卓で食事を強制されて、勇者一行もさぞや良い迷惑だろう。
そこまで考えた時、テトラルドが王妃の質問に答えた。
「人混みに流されて迷っていた…です」
不遜な物言いにウェルフが厳しい視線を向ける。そうするとテトラルドは肩を竦めて語尾に小さく付け足した。敬語には全くなっていないと思う。
しれっと嘘を吐く彼の声を聞きながら、私は小さく切り分けた鶏肉を口に入れた。こんなに美味しいのに食べれないだなんて、哀れだなあ。
「今後は王の御意向に沿って行動する様に、気を付けなさい」
王妃が彼を見る事も無く言った。手は第三王子を甲斐甲斐しく世話していた。
□□□
食事が終わって、各々自分の部屋に帰る。途中マナミが声を掛けてきたけれど、二言三言話しただけで別れた。そういえば、彼女は私を友達だと認識していたのだったな、と思い出して、もう少し親しげにするべきだったと考える。
反省終了。
ドアノブに手を掛けて、私の背後に付き従い完璧な礼を見せる騎士と侍女に、挨拶をする。彼らが去っていくのを見送ってから扉を開けて部屋に入った。
そこで私は動作を止める。
月明かりだけが光る暗い部屋。確かに私の部屋だ。
その筈なのに、何故だろう。いつからいたのか、そこにはテトラルドが立っていた。