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灼熱のメメット


人が恋に落ちる様を初めて見た。まさしくそれは落ちるかのような感覚を、彼は味わったのだろう。だって、何故判るかなんてそれは、隣にいた私すら落ちるかのような気分にさせたのですもの。底の無い沼の底へと。


□□□


「それでは、そんな困難な旅をなさってきたのですか。それなのに私は何も出来ずに……」


「え、そんな事無いわよ!メメットは私を悪い貴族から守ってくれたしさ。メメットのおかげで凄い助かってるわ!」


決まり切った社交辞令をさも心配したかのように言ってみせる私に、少女マナミは可愛らしく笑って答えた。必死に私のフォローをしようとする様は、まさに無垢な女の子といった感じで、彼は彼女のこんなところに惹かれたのかな、と自嘲気味に思う。


「けれど、こんな事を言ってはあれですが、召喚されたのが貴女のような方で本当に良かったですわ。こちらが勝手にやる事ですし、断られる事も考えておりましたのよ。それを貴女は本当に快く受け容れて下さって、感謝していますわ勇者マナミ」


止めてよ、と言って照れくさそうに笑ったマナミは、後ろに控えた騎士団長ウェルフと目を合わせて笑い合った。その光景は、まるで中睦まじい恋人のようだ。いや、実際私が知らないだけで、もしかしたらもう恋人なのかもしれない。


「最初はさ、急に知らない場所に喚びだされてびっくりもしたけど、今はこの世界を守りたいって思うんだ。メメットみたいな友達も出来たし、それに……」


頬を赤らめて言い淀むマナミ。先を促してやる。


「好きな人も……出来たし」


□□□


「あー、はいはい好きな人ね。御馳走様ー。ばればれなんだよあんた達。全くウェルフの奴は何の為に勇者に付き添わせているか判っているのかな?花婿修行の為じゃ、断じてないんだけど」


メメットよ、口調が戻っているぞ。それに、そんなに怒る事も無いだろう。危険な旅に恋は付き物だ。


「お黙り、アンタレス」


そう怒るな。


「おちょくってるの?私を誰だとお思い?」


広大な内海と肥沃な大地を持つ大陸アルバーヌ。その大陸を支配する王国メリオポの、灼熱の第四王女とは何を隠そう私の事だ。別に隠していないけど。


ついでにそんな私には、生まれ持っての重要な職務が有った。すなはちそれは、勇者召喚の巫女というものである。


勇者の紀元は遡ること約五千年。それは、建国の時の話。


この国の肥沃な大地とは、ただの神の恩恵ではない。決して死なない魔物、ナルタミレケの魔力故だった。


ナルタミレケ、この世界の創世神話に出てくる魔物の事だ。それはいかに魔物が長く生きているかを示している。この地に初代メリオポ王が国を建てようと決めた時既に、魔物はそこにいたそうだ。


奴はメリオポ史で初代メリオポ王によって殺されたとされているが、真実は違う。その強力な魔力の前にどうしようも無くなった王は、大陸に魔物を封印する事で奴が瞬き程も身動きが出来ないようにしたのだ。


その時王は、自分の魔力で足りない分の戒めを補おうと大地との盟約を交わした。この地で暮らすメリオポの民達が幸せである限り魔物は目覚めない、そんな盟約を。


盟約が厳守されている限り、この地は平和な筈だった。そう、人々が幸せならば。


「あーあ、良いご身分だよねー。西で内乱が起こるし、東で山火事が起こるし、ここ王宮では腹黒い狸親父どもが誰かの失脚を狙っているってのに、あそこだけ春のようだったよー」


実際に良い身分だろう。はしたないぞ、メメット。


豪華な部屋に設置された机に足を乗り上げる私にアンタレスが溜め息を吐く。溜め息吐きたいのはこっちなんだけど。


五代目のメリオポ王の時、国民は飢餓に苦しんでいた。するとどうした事だろう、大地に封じ込めた筈の魔物が目覚めたのだ。


魔物は再び封じられる事を恐れてメリオポ王を殺そうとする。アルバーヌと盟約を交わせるのが代々メリオポ王のみという掟故だ。


魔物は街を壊しながら王のいる王都まで迫っている。盟約条件の為に玉座から離れられない王は、神官達に魔物に対抗しうる力を持つ生き物を召喚させた。それが勇者召喚の紀元だ。


「…彼女は魔物を倒せるのかな」


私が呟く。心配や恐れなど私の中には無く、ただあの少女が憎らしかった。呟いた事に意味など無い。それなのにアンタレスは律儀に返す。


何を世迷い事を。オマエの召喚した勇者だろう。必ず遣り遂げる筈だ。


「………そうか」


アンタレスは判っていない。私が何を恐れていて、何を厭わしいと思っているかを。魔物なんかじゃ絶対無い。違うんだよ、アンタレス。


現に、あの小娘は北にはびこる魔物の手下を、仲間を集めて一掃してきた。なかなか手際が良いんじゃないか?明日は凱旋だそうだな。


面白そうにアンタレスが言う。不謹慎だ。


第一、仲間を集めただなんて言うけれど、マナミをいれてたったの四人じゃないか。その内一人は我が王国の騎士団長ウェルフだし。


「仲間集めに労力と時間はそう必要無いだろ」


少人数で無事に帰ってこれた事を指して、手際が良いとオレは褒めたのだ。なにか機嫌が悪いな?


「……ナルタミレケも可哀想に。ただ有りの儘生きていたところを突然現れた新参者に邪魔されて。暴れたくなる気持ちも良く判るね」


メメット、言葉が過ぎるぞ。


「……冗談さ」


神妙な声で注意してくるアンタレスに、私はなんとも言えず茶化した。アンタレスは気にしていない、と少し笑う。冗談なんかじゃないと気付いただろうか。


私はもっと不謹慎だ。


きっと疲れているんだろう。明日は休め。そうだ、バルコニーから凱旋を眺めたらどうだ?きっと気晴らしになる。


「凱旋?勇者とその仲間の?面倒くさいな。彼らは皆五うるさいし」


面識は無い。しかし、昨日王の間で彼らを迎えた時に一度だけ見た事があった。無駄に騒がしくて良く笑う四人。ウェルフとマナミを除いた他に、魔術師らしき小柄な少女と旅人の様な軽装をした青年がいた。


王の前でまるで行儀のなっていない行いの数々。ウェルフが焦っていたけれど、父上は気にせずに、むしろ彼らを気に入った様だった。


バルコニーにいれば、誰がうるさかろうとオマエまでは聞こえ無いだろう。


「……そうだね」


違う、うるさいから嫌なわけじゃないんだ。私は、私は―――。


不意に部屋の扉がノックされた。急いで姿勢を正して返事をすると、女中が入ってきて明日の予定を一通り聞かされる。予定にはなんと、勇者ご一行との会食が入っていた。王族は全員参加って、勘弁してよ。


「以上です。なにかお聞き逃しの点はございますか?」


「いえ。ところで、昼の凱旋には出た方が良いのでしょうか?」


「陛下方はバルコニーから見物なさるそうです」


「私、昨夜から気分が悪くて……」


「左様でございますか。でしたら、姫様におかれましては自室で休養という事になさったらいかがでしょう」


「そうしますわ」


それでは、と言ってあっさり女中は部屋を出ていった。


凱旋を見るのはやめるのか。


気分が悪いだなどと嘘だろうに、とアンタレスの気配が、言いはしないが責めてくる。


「……うん」


あまり嘘は良くないぞ。


「ごめんなさい」


アンタレスに咎められて謝る。それでも明日、バルコニーから皆で仲良く国民に手を振る気なんて到底おきる筈が無かった。


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