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仕方なく、怒りを堪えて、世の中の不条理を恨みつつあたしは小林輝次郎に消しゴムを拾ってやった。背中を向ける際に一睨みする事も忘れない。
しかし、それにしてもなにがごめん、だ。小林輝次郎の顔は、謝っている表情では決して無かった。まさに、自分の為に他人が動いてくれることが当たり前とでもいう様だ。調子こいてんじゃねえぞ。
口には出さずに悪態を吐き、あたしは授業へと意識を向ける。そういえば何か、忘れている気がするけど……。
コケコッコー。
いきなり聞こえた鶏の鳴き声、そこであたしの脳裏に朝の出来事がフラッシュバックする。ていうか、鶏の鳴き声が教室で聞こえるのはおかしいだろ。まさか、あの時の鶏だろうか。
みんな変に思っているのだろうかと思い、周りを見渡すと誰もいなくなっていた。て、え?
教室には誰もいなくなっていたのだった。
「朝方ぶりだな、少女よ」
そして聞こえた渋め声。あたしは僅かばかりの既視感に頭痛を覚えつつ、羽を広げ敵を向かい打つが如く胸を張る鶏を見やった。
「お、お前は……!」
「ふっふっふー、私の姿を見て驚いているな。驚いているな少女よ!そうその通り。私はキサマが今朝蹴り飛ばした鶏だ!」
「な、なんてこった。これは夢?」
だとしたらどうしよう。あたしは古典の授業を結局寝てしまったって事か。くそ、内申が……。
「ノーーーーン!これは夢幻ではない!…あぶしっ」
「本当だ……。触れる」
試しに鶏を叩く様に触ってみると、なんと、しっかり感触があった。という事は夢じゃないのか?だとしたらなんなんだ、この怪奇現象は。
「いったいなんなのだ、と疑問に思っているのだろうな少女よ。キサマの疑問は実に正しい!不可解な状況は人を不安にさせる。しかーし、案ずる事なかれ、私は断じて怪しいものではない!」
「ああ、うん。もう怪しいどうこうの次元じゃないよね」
「こう見えて、私はれっきとした派遣監察官なのだ!」
あたしの言葉など聞こえないかの様に、鶏は話を続ける。別に鶏の語る事などどうでもいい。あたしとしては授業がどうなっているか気が気でない。
「派遣監察官ってなんだろう?と思ったな、キサマ!」
「え、いや思ってない…」
「そんなキサマに私が教えてやろうぞ!」
「いや、聞いてない」
「派遣監察官とはーー!」
要らない説明をしだす鶏はいったい何をしに来たのだろう。帰って良いかな?
誰かあたしに帰り方を教えて欲しい。帰り方が判らない。というか、ここはどこなのだろう。
やっぱりこれ夢じゃね?
「あのー、その節は踏み潰そうとして誠に申し訳ありませんした。なんか良く判らないんすけど、もう帰してもらえませんかね」
取り敢えず下手に出てみる。謝り倒して放してもらおう。
「謝る事は大事だ!人は過ちを受け入れて大人になーる」
あんたは人じゃないけどな。どっからどう見てもキジ目キジ科なアレだけどな。
「しかし少女よ!今キサマに必要なのは、私の話を聞く事だーーー!黙って聞けいっ」
どうやら、あたしの誠意でここから帰してもらえる、なんて事は無いらしい。
どうしようかと悩んだが、どちらにしろ選択肢はそう多く無さそうなわけで。
「話聞いたら帰してくれんの?」
「おう、勿論」
「そんじゃあ話しな。あ、手短にな」
鶏の話など信じられないが、何かにつけて嘘を吐くのは人も同じなので、取り敢えず話だけ聞いてみる事にする。
嘘か真かは聞いてから判断しよう。
「私は悪魔だ」
「はい、ダウトー」
いきなりそうきたか。真っ白なボディーでなにが悪魔だこの嘘吐きめ。
「嘘ではない。確かに私は悪魔という役職を担っている」
「悪魔の役職う?なにそれ、人を誑かす感じの役職か?」
「ノーーーン!それは人間が作り出した勝手な想像上の悪魔だ。一方、私はなんと現実の悪魔だ!」
「いや、うん」
「悪魔とは本来、人の才能を摘み取る職業の名称なのだ!」
「まさに悪魔の所行だな」
しかし、職業とはいったいどういう事なのだろう。こいつはまるで、何か組織めいたものの下、命令に従って働いているかの様な言い方をするな。はて。
内心首を傾げるあたしに鶏は大袈裟な身振り手振りで続ける。いや、羽振りか?
「ただ闇雲に摘み取るわけではない!枯れかけているやつとかだけだ」
「は?なにそれ、植物かなんかみたいに」
「そう、まさに植物だ!才能とは天使が植えて、人間が育て、枯れたら私達悪魔だ摘み取る。そしてその才能の種がどこから出来るかと言うと、才能の大本“種心”なのだ。ここまでは判るな?」
「いや、さっぱり」
自慢じゃないが、頭の出来はそれ程良くない。それだけじゃなく、ファンタジーな設定に付いていけないというのもあると思う。
「ふむ、まあ難しくせずに結論から言えば、その“種心”が何者かに盗まれた」
「直球だー。それで?なんであたしをここに連れてきたのさ」
「キサマに種心奪還の協力を要請したい」
ううむ、と難しい顔をして言った鶏に、あたしは言葉が出ない。ううむ、じゃねえよ。