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黒之戦記  作者: 双子亭
第1章 戦火の花嫁
9/33

『ちから』第2話

    リトルベルク東部の丘ーーーー




 リトルベルクの街から東へ数分歩いたところに、小さな丘がある。丘には季節によって色とりどりの花が咲き乱れており、今の時期は『ユメミルの花』が丘一面に咲いていた。普段は街の子供たちが遊んでいるのに今日は見かけないな、と思いながら丘を上がっていくと1本の木の下で目的の人物がお茶を飲んでいた。



「イリーナ様」

「あら、ユウキ、早かったわね。ネルも呼びに行ってくれてありがとう」

「いえ………あれ、そういえばお姉ちゃんは?」

「リンならこの木の裏で昼食の準備をしているわ、ネルも手伝いに行ってあげてちょうだい」

「はい、わかりました」



 ネルはそう言うと、木の裏へと駆けて行った。その様子を微笑みながら見送ったイリーナ様は俺の方に向き直った。



「ユウキ、少し疲れているように見えますけど、街で何かありましたか?」

「いえ、特には何も……… 少し傭兵に絡まれましたが」

「まあ、大丈夫だったの? 怪我はしていない?」

「はい、アレインに助けてもらいましたから」



 そう、なら後で彼にお礼をしなくてはいけませんね、とイリーナ様は安堵しながら答えた。



「それにしてもユウキが傭兵に絡まれるなんて、珍しいこともあるのね」

「そのことなんですが、相手はリトルベルクを拠点としない、他所の傭兵らしいですよ」

「………らしい?」

「はい、アレインと一緒に私を助けてくれた『火の民』の少年が教えてくれました」

「その子の名前はわかるかしら?」

「名前は確か……… ウィリアム・クリスフォードだったと思います」



 名前を聞いたイリーナ様は何か考えこむように、いつもの癖の人差し指を顎に当てて、瞳を閉じた。



(クリスフォード……… どこかで聞いたことがあるような………)

「……リーナ様、イリーナ様」

「! あらユウキ、何かしら」

「えっと、少し相談があるのですが、いいですか?」

「えぇ、いいわよ。でもそれは食べながらでもいいかしら」



 その時、ちょうど昼食の準備が出来たのだろう、リンとネルが木の裏から顔を出して俺たちの会話が終わるの待つようだった。



 


 




 昼食は野菜メインのヘルシーなサンドイッチと紅茶、レーム茶だった。イリーナ様の体調を気遣った食事のため、ここ最近はこういった内容の食事だが、育ち盛りの身としては多少物足りないものもあるが、まぁ、しかたがないだろう。



「それでユウキ、相談事とは何かしら?」

「あ、はい。実は先程も言いましたが、私が傭兵に襲われたときに………」

「何っ!!」



 俺の言葉に驚くように反応したのは、リンだった。



「ユ、ユウキ…… 傭兵に、襲われたのか………」

「へ、あぁ、そうだけど………」

「だ、大丈夫だったか!! ケガはしなかったか!!」

「いや、大丈夫だから、落ち着いて、リン」

「いや、しかし、だが………」



 そういって、ケガがないこと確かめるために、俺の肩や腹を心配そうな顔をしながら確認していくリンの姿を見て、苦笑いを浮かべた。一年前までは、屋敷で顔を合わせるたびに俺に殺気のこもった視線を投げつけてたリンが、今では殺気を投げかけていた相手の身を案じているのだ。



「リンもユウキに対して丸くなったわね」

「へっ! い、いえそんなことはないですよ! ユウキは私がいないとすぐにケガしたり問題起こしたりするので、私がしっかり見てないといけないんです!」

「………でも、お姉ちゃん。ユウキさんが出かけるたびに、仕事を私に押し付けて付いて行くのはちょっと………」

「ネル!」

「ふぇ! ご、ごめんなさい!」

「あらあら」



 ……………ここ最近、出かけるたびに誰かに見られている感覚だったのはリンのせいだったか。まぁ、へんな者に追いかけられるよりは、頼りになるストーカーかもしれない。

 イリーナ様の下で侍女として働いているリンにはもうひとつの顔があり、それは『赤猫族二之戦士』である。赤猫族のほとんどはリトルベルクの中に居を構えており、彼らは部族の中で自警団のような組織を作り、同族の子供や女を外敵から守っている。これは、赤猫族に限らず、獣人族ではそれぞれの部族ごとで武力集団を形成し、部族を守っている。



 リトルベルクではイリーナ様に仕える騎士やその従者がいるので、必要ないように思えるが、人間の国で立場が弱い獣人たちを考慮して、イリーナ様が獣人たちの戦闘集団の創立を認められた。当然、これをよく思わない人間もいるわけで、そういった人間たちが、今の俺にとって悩みの種だったりする。



 話を戻すと、俺が頼りになると言ったのは、彼女の戦闘力である。500人はいる戦士の中で二番目に強い戦士だ。よっぽどのことがない限り、負けることがないし、何度かそういった荒事から助けてもらったこともある。



「まぁ、今度からはリンが暇のときはついてきてもらうようお願いするよ」

「そ、そうか。まぁ、そう言われては断れないな!」



 どことなくうれしそうな顔をして、リンは頷いた。



「それで、傭兵に襲われたときに何かあったの?」

「あ、はい。実は傭兵との諍いの原因となった剣を手に持った時、不思議な言葉が頭に浮かんで………」

「不思議な言葉?」

「はい、あれは多分…… 物質の名前をを示していたと思います」

「……………」



 イリーナ様は何か思案するような顔をしていた。そして、おもむろに顔をあげるとまっすぐ俺の目を見て、



「ユウキ、私はあなたに伝えなければならないことがあるの。ただそれを聞くとあなたは今までの平穏な日常が崩れ去ってしまうかもしれないわ。それでもあなたは聞きたいかしら?」









 ーーーー俺はまだ、イリーナ様のこの後の言葉で人生が決まるとは、夢にも思っていなかった。




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