『クレヴァーの夜明け』第3話
リーネンブルク侯爵領西部、クレヴァー城ーーーー
イリーナ様に子爵位を叙勲されてから2年経ったが、クレヴァー城は活気に満ち溢れていた。なぜなら空家が目立つ閑静な城だったがいつの間にか城に住まう民の数が倍に増えていったからだ。クレヴァーの住民は最初はジークリンデが連れて来た流民たちだけだったが、東から新たな新天地での成功を夢見て訪れる農民や商人、南からは部族間の紛争から逃れた獣人難民、そして一番気になるのは北から流れてきた王都の住民たちだった。彼らが言うには、王都では貴族間での抗争が激化しており、被害が平民にまで出ているということで、難を逃れてここまで来たという。いやな予感しかしないが、情報がないならば不安に思っていてもしかたがないと、今はこのクレヴァー城の発展に力を注ぎ、南のロータス村の復興を支援することに集中しようと思った。
「…………よし、この書類はこれでいいな。次はっとーーーー」
「ユウキ〜 お茶入ったよ~」
「あぁ、リン。ありがとう」
俺は羽根ペンを机に置くと、ソファに座ってリンが用意してくれた茶と茶菓子を貰った。俺が今いるのはクレヴァー城の最上階、執務室と寝室が合わさったような部屋で作業しており、執務机の隣りにあるベッドではアヤノが昼寝をしていた。
「どうだ、リン。侍女見習い達の様子は」
「なかなか筋が良くてね。なんかもともと貴族や小国の王に仕えていた者が殆どだからかもしれないね」
「なるほどな」
リンはイリーナ様の下から暇を貰って、クレヴァー城において侍女見習い達の育成に努めてくれた。
「でも不思議よね、ジークリンデさんが連れて来た流民達。普通に平民やってた人もいれば元騎士や元貴族の人もいて」
「まぁ、安住の地を探していろいろ旅をしていたようだからな。頃合いを見てジークリンデに訊いてみるよ……… そう言えばジークリンデは今日何をやってるんだ?」
「今日はフェリアードさんを供に市場を観に行かれたよ」
「そうか」
ジークリンデの連れて来た流民の殆どはクレヴァー城で『市民権』を得て、城下で生活を営んでいるがジークリンデとフェリアードはそれを拒否した。その代わり、客人として城に住み、難事には協力すると提案した。俺は驚きはしたが了承し、今も時々、相談を訊いてもらったりしている。
「失礼します、ユウキ様。税収に関する書類がまとまりましたって、休憩中でしたか」
ノックして入って来たのは書類の束を持ったフウカだった。金色の尻尾を揺らしながら入ってきたフウカは書類を執務机に放り投げると、俺の隣りに座って茶菓子を頬張った。その間、リンはフウカの分のお茶の用意をした。
「フ、フウカ。書類はもっと大切に、な」
「はいはい。あ、これお母さんのお店のお菓子」
「そうよ。先程、買い物途中にサユリさんのお店の前を通りかかった時にサユリさんからもらったの」
「………そういえば、サユリさんって店出したんだっけ。まだ顔を出してなかったな」
俺は窓の外に広がる城下を眺めながら呟いた。リトルベルク城市において宿屋で働いていたフウカは、念願の喫茶店をここクレヴァーに出すことが出来た。クレヴァーの人口が増えてきた頃ぐらいから店は繁盛し始めているようで、ウィリアムの妻、イリアも店員としてここで働いている。何故彼女がクレヴァー城にいるのかというと、彼女の夫に原因があった。ウィリアムはあの戦いの後、真っ先にロータス村に入り復興や農作業に取り組もうとしたが、どうやら傭兵稼業以外はてんで不器用らしく、仕事が増えるだけだと村を追い出されクレヴァーに居を移すこととなった。そして今は妻は喫茶店の店員、夫はクレヴァー城の守備隊隊長として日々を過ごしている。
「今度暇が出来たら店の方に顔でも出しに行くか」
「そうしてあげてください。母も喜ぶかと………… あ、そうだ顔を出すと言えば」
フウカは茶菓子を置いてこちらを見た。
「さっきアレイン隊長に会ったんですけど、ユウキ様に兵の鍛錬に顔を出すよう伝えてくれと頼まれました」
「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたな」
今朝の朝会議の終わった後にアレインから言われていたことを今、思い出した。アレインはあの戦いの後も俺に付き従って支えてくれ、現在はサイトウ子爵軍総隊長を務めている。そしてアレインを補佐するのはサイトウ子爵軍副隊長のクロウ、クレヴァー城守備隊隊長のウィリアムの他、流民の中からも数人抜擢して兵の鍛錬と指揮を任せている。お陰で今クレヴァー城が擁する兵の数は2000にまで膨らんだ。
アテナとニコルとフウカは俺の下で税政と刑罰に関する法の作成を行なってもらい、今は戸籍作りに勤しんでいるが、なにせ急に城内の人口が増えたため、仕事が増え、ニコル達や役人は悲鳴を上げている。もちろん彼らの上に立つ俺も同様であるが…………
「わかった。あとで行こう」
「お願いします」
俺は茶菓子を食べ、茶を飲むと重い腰を上げ、再び仕事をしようとした時だった。ノックとともに部屋に入って来たのは侍女見習いの一人だった。
「失礼します。ユウキ様、王都より使者が来ております」
「王都から? ………分かった、丁重にもてなしてくれ」
「………」
「どうした、まだ何かあるのか」
「はい、その……… 使者の方の様子がかなり慌てている様子だったので、その………」
「分かった。すぐに会おう」
俺は着物を整えると侍女見習いの後について行った。
クレヴァー城築城から2年、平穏を得たクレヴァー城は王都からの使者、正確には王家からの正式な使者によって否応なく動乱の世界へと引き戻されていった。
使者曰く、「アークランド王国国王、ガイゼル・アークランド国王陛下崩御」
ーーーー黒之戦記 第1章『戦火の花嫁』 完
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